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穴だらけの推理


 「そこまで想像だけで物が言えるとは、大したものですな。佐々木先生」


 数十秒の沈黙のあと、落ち着きを取り戻した校長がようやく言葉を発しました。


 「まだ話が途中でしたな。佐々木先生はメモの答えを推理してくれました。そしてその答えを私が知っていたとも言った。その先はどうなんですかな? あの失踪事件について、なにか分かったことでもあるのですか? あなたの考えをお聞かせ願いましょうか」


 聞かれなくても話すつもりでしたよ。


 「ずっと考えていたんです。メモが場所を示す暗号になっているとしたら、そこには一体なにがあるのかって」


 そう。

 場所を伝えるための暗号をわざわざ用意するならば。

 その場所には、当然なにかがあると考えるのが自然です。


 当時の世間では「財産の隠し場所」や「矢倉棒銀斎の死に場所」なんじゃないかとも言われていました。


 「メモの文面を素直に読んでも、『頭山』を念頭に置いても、おそらく暗号の場所には死体が置かれていると解釈できます。借金苦で逃げ出した棒銀斎さんに隠し財産なんて大して無いと思いますし、価値のある物ではないでしょうね」


 それを聞いて校長が慌てたように首を横に振りました。


 「い、いやいや。死体なんて物騒な! 他にもいろいろ考えられるでしょう! 例えば想い出の品を借金取りに持っていかれないように、失踪と同時に池に沈めて隠したとか!」

 「ああ、そういう可能性もありますね。思いつきませんでした」

 「思いつきませんでした、て」


 いやはや。本当にその発想はなかったです。


 お前の推理は穴だらけだが大丈夫か、とでも言いたげな校長。

 そのおかげか少し表情に余裕が出てきたようですが、いつまで続きますかね。


 「それで、佐々木先生は暗号の示す場所に死体があると本気で思っているわけですか。矢倉棒銀斎がそこの池に飛び込んで自殺して、その死体が水底に今も沈んでいるとでも?」

 「そうかもしれません。あるいは、自殺とは全く逆の可能性もありますね」

 「……それは一体?」

 「他殺ですよ」


 私の言葉に、校長は身じろぐように一歩後退しました。

 突飛な話に呆れているのか、核心を突かれたと考えているのか。

 どちらなのかは、これから分かることでしょう。


 「そ、それは、矢倉棒銀斎が誰かに殺されたという意味ですか?」

 「違います。それだとあんなメモを遺したりできないですよ」

 「だったら、ま、まさか佐々木先生は、矢倉棒銀斎が人を殺したと考えているのですか?」


 説明を求める校長の声が大きくなってきました。


 「そうですね。あくまで想像ですけど、その可能性もあると思っています」

 「そんな馬鹿な! な、なにか根拠は、あるんですかな!?」


 根拠と来ましたか。

 そうですね。


 「特にないです」

 「……は?」

 「想像ですからね。証拠も根拠もないんです。しいて言えば直感ですね」


 あっけらかんと言いのける私に、校長はしばらく目をぱちくりとさせました。


 「そ、そこまで推測をぶちまけておいて、ただの直感だなんて! 今まで真面目に聞いていたのが馬鹿馬鹿しくなってきましたよ!」


 付き合って損したと言わんばかりに、校長は大きな溜息を吐きました。

 ですがその様相は怒りというよりも、むしろ安堵のように見えます。


 「で、話は終わりですかな? 佐々木先生」

 「一通り私の話せる分はある程度話しました。だから、次は校長先生の知っていることを教えていただけませんか?」

 「は? 私が知っていること?」


 もうこの場を立ち去りたそうな表情で、校長が首を傾げました。


 「私が校長先生をわざわざここに呼んで自分の考えをお話したのは、校長先生からも話を聞き出したかったからなんです」


 一歩、二歩と、私は前に進みました。


 「お察しの通り、私にはまだ失踪事件の真相なんてものは突き止められていません。いくつかの可能性を思い描いてますが、どれも証明は難しくてですね」

 「そのようですな。佐々木先生の話は部分部分で当たっているようにも聞こえますが、全体的になにが言いたいのか見えてきませんよ」

 「だからこそ、校長先生に話を聞きたいわけです」


 そう乞うと、校長はやれやれと肩をすくめました。


 「どうやら佐々木先生は、私が失踪事件になにか関わっていると思い込んでいるようですな」

 「いや、さっきからの反応や態度でかなりバレバレだと思いますけど? それに事実として、校長先生は失踪当時の棒銀斎さんとも交流があったのでしょう?」

 「そんなものは私が事件に関与した証拠にはならないですな。言いがかりです」


 嘲るように鼻で笑い飛ばす校長。

 さっきまでの動揺が嘘のように、次第に声に力が戻っていました。


 「どんな推理で真相に迫ったものかと黙って話を聞いていれば、どうやら佐々木先生はなにも証拠を掴めていないばかりか、なにが起こったのかさえも大して推測できていないご様子。時間を返してほしいくらいですな」

 「返す言葉もないです」


 まあ確かに。

 断片的な推測だけ聞かされて特段に真相を提示されたわけでもないとくれば、校長の気持ちも分かりますよ。


 ただ、どうやら校長は気付いていない様子。

 ここから先、証拠も根拠も別にあんまり必要ないんですよね。


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