追及
「そういえば今月の六年一組の学級新聞は、とっても良かったですよ。もものぎ先生」
十一月がスタートして最初の週末定例会議。
学年主任の東先生からそんなお褒めの言葉がありました。
他のクラスの先生たちも同調して頷いています。
「最初は七不思議ネタでやるって聞いてましたけど、実際読んでみたら給食メニューの人気ランキングだったんでビックリしましたよ」
「そうそう。給食センターの人たちの苦労話とか、フードロスのことなんかも取材されていて、かなり読み応えがあったなあ」
笑いながらそんなことを言う先生たち。
そう。
結局六年一組の子供たちは七不思議にまつわる記事作りを没にして、代わりのテーマで見事に締め切りに間に合わせたのです。
途中の路線変更がありつつも、教師陣からは好評をいただけるほどの新聞に仕上がっていたのは素直に凄いと思いました。
とはいっても。
やはり当初通りのテーマでやり通せなかった点に関しては、今となっては少し残念に思ってしまいます。
「結局、桜の木の七不思議ってなんだったんすか?」
「それが分からないから途中でテーマを変えたんじゃねえの?」
「子供たちがどんな解釈をしてくるか楽しみだったんだけどなあ」
桜の七不思議の謎。
子供たちがそれを突き止めることは結局ありませんでした。
謎を謎のままにしておくことを、彼ら自身が決めたのです。
ですがそう遠くないうちに、全てが明らかになるでしょう。
子供たちの決めた方針に反して、他ならぬ担任教師である私がこれから真相を追及しようとしているのですから。
しかもその真相は、きっと子供たちを再び怖がらせるに十分すぎるものになる可能性がありました。
そのことに一抹の罪悪感を覚えてしまいます。
「それでは本日の会議を終了します。お疲れさまでした」
「お疲れっしたー」
会議が終わると、先生たちは自分の机にそそくさと戻っていきました。
まだまだ仕事が残っているのでしょう。
かくいう私も同じですが、今日の私には業務を片づけるよりも先にやるべきことがありました。
「あの、校長先生」
「おや、なんですかな」
私が声をかけた相手は、校長でした。
「少しお伺いしたいことがあるんですけど、外に出て話せませんか?」
「はあ、なんでわざわざこの寒いなか外に出る必要が? 周囲に聞かれたくない話でもするのですかね?」
校長はこちらの提案に怪訝そうな顔をしました。
まあ当然の反応かもしれません。
「場所を変えたいなら生徒指導室でどうですか? 校長室でもいいですがね」
これからする話の内容を思えば、周囲に人がいない方がいい気もします。
ですが密室で二人きりになるのはいろいろと危険かもしれません。
だったら、こういうのはどうでしょうか。
「実はお伺いしたいことというのは……」
ここから先は、もう後戻りはできないかもしれません。
少しためらいを覚えつつ、私は意を決しました。
「私が受け持っているクラスの生徒、矢倉さんのおじいさんについてです。以前失踪した事件はご存知ですよね?」
この問いに対して、校長がわずかに身を固まらせたのが分かりました。
「……もちろん覚えてますよ。落語家、矢倉棒銀斎の失踪。こんな変哲のない町で起きたショッキングな事件でしたからね。でもそれがなにか?」
「校長先生にお伺いしたいのは、その棒銀斎さんのことについてなんです。性格とか、趣味とか、人となりを知りたくて」
「はあ、なんでそんなことを私に? 面識もないのに知るわけないでしょう」
「だって校長先生……棒銀斎さんと同級生ですよね?」
私の言葉に、校長の表情が強ばります。
「高校での同級生、しかも同じ部活のチームメンバーだったらしいじゃないですか。野球部でしたっけ」
私は野球のルールをよく知らないのですが、お二人はバッテリーとかいうのを組んでいたらしいですよ。
野球と充電になんの関係があるんでしょうか。
ともかく、同じ部活で面識がないというのはちょっと無理がないですか。
「……そのことを、誰から聞いたのですかな?」
「矢倉さんから聞きました。あの子はお父さんから聞き出したそうです」
詠梨ちゃんに調べてもらっていたことの一つ。
それが彼女のおじいちゃん、矢倉棒銀斎の交友関係。
そして自分の思いつきの推理から逆算して。
その交友関係のなかに校長がいることは、実は予想がついていたのです。
ネット情報によると、矢倉棒銀斎がもし生きていれば今頃は六十四歳。
一方で来年に再任用定年を迎える校長も、年齢がほぼ同じだと踏んでいました。
校長は桜木小の卒業生と聞いたことがあるので、この町が地元なのでしょう。
一方で矢倉棒銀斎もこの町でずっと活動していたらしい落語家です。
ならば昔からこの町に住んでいた可能性は決して低くないと思っていました。
だから私の推測の上では、二人が同級生である可能性も十分あったのです。
もちろん、二人が同時期に同じ学校に通っていたというのは当てずっぽうに過ぎませんし、それが事実だとしても二人に交友がある保証もなかったのですが。
どうやら結果として、推測は当たっていたようです。
かつてまだ小学生だった詠梨ちゃんのお父さんによれば、矢倉棒銀斎は校長をたびたび自宅に招いて会っていたとのこと。
さらには、失踪事件の時期にも交友はあったとの証言が得られていました。
「校長先生、今から一緒に中庭に来てもらえませんか? 話の続きはそこでしましょう」
「な、中庭ぁ? なんのためにですかなっ?」
校長の反応には、とまどいや警戒といった感情が露骨に表れていました。
「棒銀斎さんの残したメモのこと、ご存知ですよね」
それだけ言うと、校長は目を見開きました。
焦燥と動揺が見てとれます。
なんらかの情報を知っていることがこれ以上なくモロ分かりですね。
その後しばらく黙り込んでいた校長。
やがて気を取り直したように顔を上げて、私に背を向けました。
「……どこまで知っているんですか?」
こちらの思惑を探るような声。
対して私は、正直なところを口にしました。
「いくつか思いついていることはありますが、正直あまり自信はないです。強引な推測ですし、なにより昔のことすぎて証拠もありませんから」
相手にどう受け取られるか微妙な言い回しでした。
不確かな話なら聞くに値しないと言われる可能性もあったと思います。
ですがどうやら最終的に、校長はこちらの話を聞く気になったようでした。
「分かりました。それでは中庭に行きましょうか」
半ば諦めのこもった声でそう言って、校長は外出用のコートを準備しはじめました。
できれば私の相手をこれ以上したくないけれど、私がどこまでなにを把握しているのかを知っておきたい。
おそらく校長の胸の内はそんなところでしょう。
さて、今のところ順調な滑り出しですが。
私としても、この先の自分の推理が当たっているかどうかはまだ確信がありません。
あとは仕上げを御覧じろ。
あるいは、後は野となれ山となれ。
そんな心境で私は、のろのろと職員室を出ていく校長の後を追ったのでした。




