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一歩前進、一歩後退


 お昼休み。

 私は学校の中庭で一人、お弁当を食べていました。


 ここには結構大きな池があって、この時間帯になると水面が太陽光を反射してちらりちらりと煌めくのです。

 それを見ながら昼食を摂っていると、いつも癒されます。


 池の中では小さなお魚がうようよと群れで元気よく泳ぎ回っていました。

 めだかなのか鯉の幼魚なのか、理科に疎い私にはよく分かりませんが。


 そんな魚たちを見ていると、不思議と日の丸弁当が美味しく感じるのです。

 魚を肴に飯を食うというやつですね。

 貧困社会人の知恵ですよ。そう思っているのは私だけですかね。


 池の周囲には年季の入った大樹が等間隔に植えられています。

 秋も深まるこの時期ですが、いまだに葉っぱをたくさん残しています。

 そばに近寄ると、ちょっとだけ森林浴のような気分がしますね。


 ともかく、そんな風にちょっとした自然環境を楽しめるこの中庭は、学校の中でもとくに私のお気に入りの休息スポットなのでした。


 ともかく。

 誰にも邪魔されずに。

 水のせせらぎを聞きながら。

 弁当を完食した私は、しばらく目を閉じて教師の激務を忘れ、辺りの空気を感じていました。


 それでも、外に追いやった現実はすぐに頭の中に戻ってきます。

 今の六年一組の教室に漂うどんよりとした空気を思うと、心が曇ります。


 とはいえ明日には詠梨ちゃんが二日ぶりに登校すると連絡がありました。

 今のところ物事はいい方向に進んでいると思いたいところです。


 そんなことを考えていたときでした。


 遠くからにわかにガヤガヤと物音がしたかと思うと。

 急に辺りに大勢の人がばたばたとやってきたのです。


 いつもはめったに人が来ないのに、なんで今日に限って私の安らぎの邪魔をするんですか。

 誰ですかあなたたちは。


 そう尋ねるまでもなく、その人たちの服装を見て私は理解します。

 彼らは、中庭の手入れや掃除にやってきた業者の人たちだったのです。


 植木職人、造園士、はたまた庭師。

 こういう方々の職業をなんと呼ぶのでしょうね。

 とにかくそんな感じの人たちです。


 そうと分かればこちらの心証も変わってきます。


 「いつもご苦労様ですっ」


 私は彼らに気さくな挨拶を試みました。

 この憩いの場所をいつも綺麗に手入れしてくれている方々には、感謝の気持ちでいっぱいですからね。


 「おや、まあご丁寧にどうも」

 「若いねえ。最近赴任してきたのかい」


 業者の人たちは気さくに挨拶を返してきてくれました。

 それにしても皆さん、結構お歳が行っていますね。

 中年、はたまた初老の方もちらほらといます。


 そのとき。

 私の中にある思い付きが降ってきました。


 「あの、ちょっと聞いても良いですか?」

 「おお、なんだい若先生」

 「おっちゃんたちになんでも聞いてや」


 皆さんが笑顔でこちらを見てきます。

 なのでこちらも気兼ねなく質問開始ですよ。


 「みなさんはこの学校の庭整備をずっとされているんですか?」

 「そうさなあ。俺は最近ここの担当になったけど、うちの会社は昔からずっと桜木小学校の庭を手入れしとるはずやな」

 「庭だけじゃねえ。グラウンドやプール周辺の清掃もうちらでやっとるぞ」

 「それこそ、この学校の創立からずっとじゃなかったかい」


 なるほど。

 昔からずっと、ですか。

 もしかしたらと思いましたが、これはいけるかもしれません。


 「じゃあ知っていたら教えてほしいんですけど、この学校って昔は桜があったんですか?」


 この質問は、本当に思い付きでした。


 桜木小学校には昔、桜が存在したかどうか。

 それは、今まで微妙にうやむやだった部分でした。

 私自身、どうでもいいと思ってスルーしていた部分でもあります。


 はたしてその答えはいかに。

 ほどなくして、一番年長者と思われる白髪のおじいさんが答えました。


 「おう。昔はあったのさ。それはそれは立派な桜がよお」

 「……そうなんですか」

 「ああ。なんてったって、創立当初はこの学校のシンボルだったしなあ」


 昔を懐かしむようにおじいさんは目を細めています。


 「じゃあ、もしかするとあの事件の頃も、桜はこの学校にあったんですか?」

 「あの事件っていうと?」

 「落語家が失踪した事件が昔あったらしいじゃないですか」

 「ああ、あれかあ」


 おそらく、事件当時に桜はあったのではないか。

 私は半ばそう感じていました。


 だからこそ事件当時の奇妙なメモの内容を模倣する形で、桜の七不思議が生まれたのではないか。

 そしてその後に桜は撤去されたのではないか、と。


 ところが。


 「いや。あの頃にはもう桜はなくなっていたはずだな」

 「あれ? そうなんですか」

 「だってよう。あの桜が撤去されたのは四十年以上前だぜ」


 四十年前、ですか。

 事件があったのが二十年前くらい。


 どちらも遠い昔ですが、かなり時期に開きがあります。

 失踪事件当時の時点で、すでに桜の存在は忘れ去られていた可能性の方が高いのではないでしょうか。


 ということは。

 桜の存在の有無は、七不思議発生とはあまり関係なかったのでしょうか?


 整理すると。

 かつてこの学校には桜があった、それでいて失踪事件当時にはすでに桜はなかった、と。

 じゃあ例のメモが暗号だったとして、その内容はこの学校とは関係ないということでしょうか。


 「そういや、あの事件のころは桜に関する噂がいろいろ立ったよなあ」

 「そうそう、警察なんかあのとき市内の桜の周辺を全部捜索したらしいぜ」

 「そりゃあ一応、桜の下に死体がマジで埋まってるかもしれないしなあ」


 どうやら当時の警察も、あのメモの存在を無視できなかったみたいですね。


 「もしかしてこの学校にも、当時の警察が捜査を?」

 「いや、さっきも言ったけどあの時にはもう桜はここになかったからよ」

 「昔はここに桜があったってことすら、警察どもは忘れてただろうさ」

 「まあ捜査したところで、なにも見つからなかったと思うがな」


 へえ。そうなんですか。

 この学校には、警察の捜査が及ばなかったんですか。

 どうせなら捜査しておいてほしかったですねえ。

 そうしたら、この学校に死体が埋まっていないっていう証明になったのに。


 その後、業者の皆さんは仕事に取り掛かり始めました。

 ほどなくして五限目の予鈴が鳴り、私も慌ただしく教室へと戻ったのでした。



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