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もものぎ先生は今日も憂鬱


 「もものぎせんせー! 今から学校探検するから、せんせーも付いてきて!」

 「学校探検? 今から?」


 生徒たちから元気のいい声をかけられた私は、思わずそう聞き返しました。


 そろそろ肌寒さを感じる十月の頭。

 児童が下校をはじめる放課後の時間帯でした。


 「放課後は学校に残っちゃダメでしょう。知ってるよね?」


 この桜木小学校で放課後の居残りが許されるのは、クラブ活動や委員会活動に関わる児童たちだけ。

 スクールバスの都合だったり、防犯上の都合だったり。

 もし子供たちになにかあったら、学校の責任になってしまいますから。


 「そんなこと知ってるもん。だから、せんせーが一緒に付いてきてって言ってるじゃん!」

 「そうだそうだ!」

 「もものぎせんせーが一緒なら問題ないでしょ!」


 子供たちがやいやいと矢継ぎ早にまくしたてました。

 私が担任を勤めている六年一組の生徒は、他のクラスより一際騒がしいことで有名です。


 「先生も忙しいから、ね? 学校探検なんか危ないからやめて、みんなも早くお家に帰りましょう。ね?」


 生徒たちがいろいろと無茶なことを言い出すのはいつものこと。

 毅然と断るのも担任教師として必要な態度。


 ですが……。


 「忙しいとか大嘘じゃん! 家に帰ってゲームしてるだけのくせにー!」

 「夜更かしばっかりでお肌も荒れてるくせにー!」

 「そんなだから彼氏も出来ないんだー!」

 「そうだそうだー!」


 言葉の刃が子供たちの口から次々と放たれます。

 いつものことながら容赦ありません。

 ちょっぴり泣きたい気持ちをこらえつつ反撃しようとした、その時でした。


 「はぁ~あ。生徒に負けちゃって。相変わらず大人のくせによわよわなんだからぁ」


 ひときわ甲高い声が耳に突き刺さりました。


 「どうせ言い負かされるんだから、大人しく付き合ってよぉ、せんせー?」


 子供なのに上から目線。

 大人を舐め切ったような態度。


 六年一組のリーダー格、矢倉詠梨やぐらよりちゃんの登場です。


 「せんせー。今日の学校探検はね、遊びじゃないんだよぉ」

 「ええと、どういうことなのかな?」


 妙に弁の立つ詠梨ちゃんの前ではいつも身構えてしまう私。

 そんなこちらの態度を彼女は愉快そうに眺めてきます。


 「今度の学級新聞で、学校の七不思議を記事にするんだ」

 「そうそう、だから今から七不思議の調査に行くんだよー」


 別の男の子たちが横から説明してくれました。

 ああ、と私は半分納得しかけます。


 桜木小学校の六年生は毎月、クラスの持ち回りで学級新聞を作成します。

 先月は六年五組が担当していたから、今月は一周まわって一組の当番。

 そういえば昨日の帰りの会で話題になってましたね。


 そして子供たちはさっそく自主的に話し合って、早くも記事のテーマを決めたようですね。

 意欲があってとても素晴らしい。

 学級新聞作りの締め切りは月末までですが、十分に間に合うでしょう。


 それはいいんですけれど……。


 「七不思議って、そんなものがあるの? この学校に? 初耳なんだけど」

 「くすくす、まだこの学校に来てたった半年の新米くそざこよわよわせんせーは知らなくてもしょうがないかなぁ」


 まあ小学校にそういった類の噂があるのは別におかしくありませんけども。

 むしろ七不思議のない学校の方が珍しいのかもしれませんけども。

 正直私はあまりオカルトには興味ありません。


 「七不思議ねえ。ほかにもっとまともなテーマはなかったの?」


 学校の七不思議なんて、所詮はしょうもない作り話ですからね。

 だいたいそういうのは夏の季節に取り上げるトピックじゃないですか。

 もう十月ですよ。


 そんな気持ちがあって、軽口を叩きました。

 思えばこれが軽率だったのです。


 「ぼくたちが一生懸命考えたのに、もものぎせんせーは嫌なの?」

 「七不思議なんて嘘っぱちだって、馬鹿にしてるの?」


 ショックを受けた子供たちの動揺が、さざ波のように広がっていきます。

 中には泣き出しそうな子もいます。


 これは明確に私の失言でした。


 「ご、ごめんなさい! そういうつもりじゃないの!」

 「あらら、いーけないんだ。あずませんせーに言いつけよっかなぁ?」


 慌てて取り繕う私に、詠梨ちゃんの追い打ちがかかります。

 ちなみにあずませんせーとは、六年生の学年主任の東先生のこと。


 こんなことでいちいち学年主任に告げ口されていたら、いつまでも子供に翻弄されるひよっこ教師扱いされてしまいます。


 「生徒の自由な発想を否定するなんてひどいよー」

 「教育現場の腐敗だー」

 「子供の自主性を破壊し、既存の価値観を押し付ける前時代的なやり方だー」


 小学生離れした非難の言葉が次々と投げつけられます。

 どこで覚えてくるんでしょうか。


 こうなるともう子供たちをなだめるのは至難の業。

 負けパターンに入ってしまいました。


 「分かった、分かりました! 学校探検? 私もやればいいんでしょう?」


 敗北宣言。

 ここは折れてしまった方がいいのでしょう。


 「誠意が感じられないなぁ」

 「これが大人の謝罪なのー?」

 「ご、ごめんなさい……」


 生徒たちの前で力無くうな垂れる新人教師の姿がそこにはありました。


 「あはは、もものぎせんせーって本当によわよわな大人だぁ。教師のくせに情けないよねぇ」


 詠梨ちゃんが私を憐みながら、にやにやと笑っています。

 六年一組ではよくある風景です。


 「とりあえず今から職員室に荷物を置いて戻ってくるから、それまで待っててくれる?」

 「そう。それじゃあ四時半までに教室に戻ってきてよねぇ。せんせー?」


 そう言うと、詠梨ちゃんは満足そうに自分の席に戻っていきました。

 他の子供たちもそれぞれ散っていきます。


 「逃げちゃダメだよぉ? せんせー?」

 「せんせーは知らないかもしれないけど、大人は約束を守るものなんだよー?」


 子供たちの念押しを背に受けながら、私は晴れない気分で職員室へと向かったのでした。



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