50話 「コノ、ダンジョンノ、アルジハ、サンドラサマダ」
ボス部屋には、マミーが一体だけ。
さんざんつよつよモンスターが出て、中層近いこの場所でマミーが一体ってどういうことなんだろう。
まだゾンビとスケルトンの合戦が行われてるっていうのにボス部屋が一体。
ボス部屋の扉が音を立てて締まると、マミーが近づいてくる。
「オマエゴトキガ、エメラルドノ、マジョニナルレルト、オモウナ」
……喋った。
サムほど流暢ではないけど、喋るんだ。
マミーのぐるぐるとその体躯を取り巻いていた包帯がふわりふわりと何本か剥がれ、風もないのに宙に漂う。
「コノ、ダンジョンノ、アルジハ、サンドラサマダ」
そうマミーが喋った瞬間、包帯が鞭のようにしなり、あたし目掛けて飛んできた。
白い包帯は前に飛び出したサムの剣と変わらない強度。
中距離からの攻撃か、その包帯が触手のように変幻自在に攻め立ててくる。
アンデッドの一体、しかも中層間近で拍子抜け――その認識は改めよう。
速度に三倍の付与を付けて、あたしは距離を詰める。
「エメラルド様! 近づきすぎですよ!」
アンディとサムは接近戦に慣れているけれど、中距離からの先制攻撃に一瞬戸惑ったんだろう。
そしてこのマミーはこの二人を自分に近づけさせまいとしている。
間合に入れるのはあたしだ。
この強度のある包帯は何某かの付与なのか、そう考えた瞬間目の前に白いその包帯が飛び込んでくる。
瞬間的に目を伏せて、瞼の皮を一枚ぐらいいったんだろう。
その血があたしの目の中に入ってきて沁みる。
「お前、サンドラの眷属なの?」
痛いじゃんよ。痛いけど、腹立ちの方が勝るわ。
「ひいいいいい! エメラルド様のお顔がああああ! このやろー、なんてことを!!」
サムが絶叫する。
それでも、このマミーの包帯の強度はかなりのものだし、制御もある。
サムの剣術はこのダンジョンでレベルは上がっているし、アンディだって、普通にこれぐらいならば近づくことも容易なはず。それなのに、あたしの横につくことができないのだから。
でも、魔力はどうなのかしらね。
以前なら、怖くて怖くて、泣いていただけのあたし……。
そう、今だって、怖い。目の前の包帯に覆われたマミーはあたしよりも上背もあるし、力もあるだろう。
五倍付与でメイスで頭部を殴りつける。
包帯は分厚くて、クッションになってるみたいだ。でも芯を捉えている。僅かな肉と骨の感触がメイスに伝わる。
そして包帯から漂う腐肉の匂い。
「誰が、このダンジョンの主だとお前は言った?」
包帯の隙間から見える黒い双眸を覗き込む。
「サンドラのものだと言ったの?」
「アノカタハ……チュウソウノボスニイドンデイル……モウマモナク、コノダンジョンハサンドラサマノモノ……」
「へえ……」
サンドラ、やっぱり近いのか。
そして中層ももう近いんだ。
「ふざけるな、このダンジョンは、あたしのものよ!」
アンディがサムにしたように、あたしはマミーの後頭部をひっつかんで、直に炎を浴びせる。
鮮やかな赤ではなくて、まるで宝石のエメラルドのような緑の炎が顕現してマミーを燃やし尽くす。
「グ、グ、マジョ……メ……」
「あらぁ、まだ喋れるんだ……誉め言葉ね。安心して、お前の骨も残さず燃やしてあげる」
「グアアアァ」
「魔素にすら還元できないぐらいにね」
あたしよりも力があるはずのマミーが弱っていく。
包帯から腐肉が見えて、ひっ捕まえたその頭部には腐った肉が見えて骨も溶け始めた。
「大丈夫よ、安心しなさい? お前の主もすぐにお前と一緒に燃やしてあげるわ」
そう、骨も残さないわ。
サンドラ、お前は、多くを望み過ぎた。
大人しく街にいて、両親に甘やかされて、取り巻きにちやほやされて、財産目当てだろうがそこそこの男と所帯を持って、普通に生きていけばよかったのに。
あたしの欲しかったもの、全部持って、生きて天寿を全うすればよかったのに。
このダンジョンに、それを投げうってでもいいぐらい、お前は不老長寿を望んだの?
馬鹿じゃないの?
あたしは知ってる。
そんなの全然幸せなんかじゃないってことを――。
欲しければくれてやってもいいかなって思ったわ。
でもね、お前じゃ、このダンジョンを制することはできないのよ。
なんでも持ってるお前が、さらに自分の欲するものを手に入れようなんて、ずうずうしい。
マミーの本体を燃やし尽くすと、本体を覆っていた包帯が緑色の炎で燃え広がり、煤けてちりぢりに霧散した。
「次に行くわよ」




