3話 「アンタが、新しいエメラルド・ベリルね」
エメラルド・べリル。
深緑の魔女の死――。
迷宮都市にその訃報が一気に流れた。
エメラルドの亡骸の傍で半日以上泣いたあたしは頭痛に襲われて、何もする気になれず、その日の夜は、町はずれのその小屋に弔問客が訪れるのにも出迎えもせずに、ただエメラルドの側で項垂れていた。
一番最初に駆けつけてきたのは小さな子供を連れた女性だった。
ただの女性ではないのが、直感でわかる。
「エメラルド……。年月で言えば、アタシの方が絶対に先のはず……」
その言葉に、ようやく顔をあげて弔問客に視線を移す。
小さな子供がその女性の傍にくっついて、彼女の黒いローブをギュっと握る。
彼女はエメラルドの亡骸をじっと見つめ、頬に手を当てる。
どれぐらいそうしていたのか、長かったのか短かったのか……わからない。
しばらくすると、女性はあたしの方へ顔を向けた。
「アンタが、新しいエメラルド・ベリルね」
深紅の魔女だ――……。黒っぽい赤い長髪に、赤い瞳。間違いない。
ルビィローズ・ブラッドだ。
この迷宮都市では、エメラルドと同様に有名な魔女。初対面だけど、この雰囲気、この外見は絶対にそうだ。
深紅の魔女は有名。
あたしは普通の護符屋の店長代理だし、この街のトップランカーなら仕事を受けたこともある。別のエリアの人はわからないけれど、この人は深紅の魔女だ。
返事をしなければと思いつつも、言葉なんか出てこない。
お前が新しい魔女かと尋ねられて、はいそうです。なんて、言えるわけがない。
確かに魔法は使えるけれど、付与魔法しか使えないし、ダンジョンに潜ったことなんて、生まれて一度もないんだもの。
「ああ。やっぱり、キミの方が早かったね、ルビィ」
二人目の弔問客は、この迷宮都市なら誰だって知っている。
知らない者はいない。
迷宮都市――ウィザリア大国東側辺境伯爵であるアダマント・ペンドラゴン様だった。
貴族だ……。
あたしのような平民が、こんな間近でお目にかかることなんて、一生ないはずの殿上人だ。
なのに、たった一人で、エメラルドが眠る寝室に入ってきた。
護衛はこの小屋の外にいるのかもしれない。
あたしは視線をエメラルドの顔だけに向ける。
ああ、眠ってるみたい……。
こんなに偉い人達に顔を覚えられて、この街を守護する魔女だったんだ。できるなら今この場で目を開けて、あたしに「そうよ、実はすごいのよ、わたし」と自慢げに笑って。
それに比べて、あたしなんて昨日また失恋したのよって、笑い話としておどけて報告するから。
そして「まあ、またなの、エメ」って、昨日の皆みたいに、そう言って笑って。
「エメラルドの葬儀は国葬に準ずる。この迷宮都市屈指の魔女の葬儀だ、敬意を払った弔いを。彼女は……この地区の多くの孤児の面倒も見てきた。信奉も厚い」
……あたしだけじゃない。たくさんの孤児院に顔を出して、孤児一人一人に話し掛けて、たくさんの寄付だってしてきた。
この街がセントラル・エメラルドって名前になってるように、この街のダンジョンを統べる人だった。
「そして、キミが新しいエメラルドか」
アダマント様にそう声を掛けられたけれど、顔なんてあげられるはずない。
エメラルドが望むから、そう答えただけ。
魔女には子供ができない。
あんなに子供が好きなエメラルドは、愛する人にも多分死に別れてきて、子供を授かることもなかったんだ。
だから、今際の際に彼女が言った言葉を、あたしに向けて言った言葉を、そして彼女が欲しいと思った言葉を返しただけなのだ。
「エメラルドの後継は、育ちすぎたな」
アダマント様の言葉があたしの耳を打つ。
どういうことだろう。
育ちすぎたって何が?
あたしが年増だって言いたいの?
「可愛かったんでしょ。見出したら手元に置いて、否が応でも後継に相応しい育て方をするのが、自分の為にも後継の為にも、絶対にいいはずなのはわかっていたのよ。でもこの娘が可愛くてできなかったんでしょ。だから、手元には置かずに。けれど離れたくなくて、このザマよ」
何が言いたいの……この人達……。
エメラルドの死を悼みにきたんじゃないの?
この迷宮都市で、一番偉い人達だってわかってるけど、何?
エメラルドを馬鹿にするの?
それとも……あたしを馬鹿にしてるの?
「時間がない、説明する。新たなる深緑の魔女。あと72時間以内にこの近辺に『鍵付きのダンジョン』が発生するだろう。新たなる魔女のダンジョンだ」
ダンジョン……発生……?
「新たな魔女が決まると、鍵付きダンジョンが発生する。ダンジョンが踏破する者を選ぶと言われる鍵付きダンジョンだ。中層階まで到達できればスタンピードの発生はないだろう」
スタンピードって、魔獣大発生のことよね?
ここ50年はないって言われているけど。
「キミは一人で、最低でも中層階まで行くことが必要になる。新たなる深緑の魔女、エメラルド・ベリル」
――神様!! 誰か!! ウソだと言って!!
あたしはただの護符屋の店長代理よ!?
恋占いと、付与魔法しか使えない、婚期も逃しかけの女よ!?
なんで? ダンジョンなんて生まれこのかた、潜ったこともないのよ!?
ああ、エメラルド! オーナー! 起きて!
お母さん、お母さん! お母さん!! 何度でもそう呼ぶから、これは夢だと、これは嘘だとそう言って!!
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