表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/53

3話 「アンタが、新しいエメラルド・ベリルね」

 




 エメラルド・べリル。

 深緑の魔女の死――。

 迷宮都市にその訃報が一気に流れた。

 エメラルドの亡骸の傍で半日以上泣いたあたしは頭痛に襲われて、何もする気になれず、その日の夜は、町はずれのその小屋に弔問客が訪れるのにも出迎えもせずに、ただエメラルドの側で項垂れていた。

 一番最初に駆けつけてきたのは小さな子供を連れた女性だった。

 ただの女性ではないのが、直感でわかる。


「エメラルド……。年月で言えば、アタシの方が絶対に先のはず……」


 その言葉に、ようやく顔をあげて弔問客に視線を移す。

 小さな子供がその女性の傍にくっついて、彼女の黒いローブをギュっと握る。

 彼女はエメラルドの亡骸をじっと見つめ、頬に手を当てる。

 どれぐらいそうしていたのか、長かったのか短かったのか……わからない。

 しばらくすると、女性はあたしの方へ顔を向けた。


「アンタが、新しいエメラルド・ベリルね」


 深紅の魔女だ――……。黒っぽい赤い長髪に、赤い瞳。間違いない。


 ルビィローズ・ブラッドだ。


 この迷宮都市では、エメラルドと同様に有名な魔女。初対面だけど、この雰囲気、この外見は絶対にそうだ。

 深紅の魔女は有名。

 あたしは普通の護符屋の店長代理だし、この街のトップランカーなら仕事を受けたこともある。別のエリアの人はわからないけれど、この人は深紅の魔女だ。

 

 


 返事をしなければと思いつつも、言葉なんか出てこない。

 お前が新しい魔女かと尋ねられて、はいそうです。なんて、言えるわけがない。

 確かに魔法は使えるけれど、付与魔法しか使えないし、ダンジョンに潜ったことなんて、生まれて一度もないんだもの。


「ああ。やっぱり、キミの方が早かったね、ルビィ」


 二人目の弔問客は、この迷宮都市なら誰だって知っている。

 知らない者はいない。

 迷宮都市――ウィザリア大国東側辺境伯爵であるアダマント・ペンドラゴン様だった。

 貴族だ……。

 あたしのような平民が、こんな間近でお目にかかることなんて、一生ないはずの殿上人だ。

 なのに、たった一人で、エメラルドが眠る寝室に入ってきた。

 護衛はこの小屋の外にいるのかもしれない。

 あたしは視線をエメラルドの顔だけに向ける。

 ああ、眠ってるみたい……。

 こんなに偉い人達に顔を覚えられて、この街を守護する魔女だったんだ。できるなら今この場で目を開けて、あたしに「そうよ、実はすごいのよ、わたし」と自慢げに笑って。

 それに比べて、あたしなんて昨日また失恋したのよって、笑い話としておどけて報告するから。

 そして「まあ、またなの、エメ」って、昨日の皆みたいに、そう言って笑って。


「エメラルドの葬儀は国葬に準ずる。この迷宮都市屈指の魔女の葬儀だ、敬意を払った弔いを。彼女は……この地区の多くの孤児の面倒も見てきた。信奉も厚い」


 ……あたしだけじゃない。たくさんの孤児院に顔を出して、孤児一人一人に話し掛けて、たくさんの寄付だってしてきた。

 この街がセントラル・エメラルドって名前になってるように、この街のダンジョンを統べる人だった。


「そして、キミが新しいエメラルドか」


 アダマント様にそう声を掛けられたけれど、顔なんてあげられるはずない。

 エメラルドが望むから、そう答えただけ。

 魔女には子供ができない。

 あんなに子供が好きなエメラルドは、愛する人にも多分死に別れてきて、子供を授かることもなかったんだ。

 だから、今際の際に彼女が言った言葉を、あたしに向けて言った言葉を、そして彼女が欲しいと思った言葉を返しただけなのだ。


「エメラルドの後継は、育ちすぎたな」


 アダマント様の言葉があたしの耳を打つ。

 どういうことだろう。

 育ちすぎたって何が?

 あたしが年増だって言いたいの?


「可愛かったんでしょ。見出したら手元に置いて、否が応でも後継に相応しい育て方をするのが、自分の為にも後継の為にも、絶対にいいはずなのはわかっていたのよ。でもこの娘が可愛くてできなかったんでしょ。だから、手元には置かずに。けれど離れたくなくて、このザマよ」


 何が言いたいの……この人達……。

 エメラルドの死を悼みにきたんじゃないの? 

 この迷宮都市で、一番偉い人達だってわかってるけど、何? 

 エメラルドを馬鹿にするの?

 それとも……あたしを馬鹿にしてるの?


「時間がない、説明する。新たなる深緑の魔女。あと72時間以内にこの近辺に『鍵付きのダンジョン』が発生するだろう。新たなる魔女のダンジョンだ」


 ダンジョン……発生……?


「新たな魔女が決まると、鍵付きダンジョンが発生する。ダンジョンが踏破する者を選ぶと言われる鍵付きダンジョンだ。中層階まで到達できればスタンピードの発生はないだろう」


 スタンピードって、魔獣大発生のことよね?

 ここ50年はないって言われているけど。


「キミは一人で、最低でも中層階まで行くことが必要になる。新たなる深緑の魔女、エメラルド・ベリル」


 ――神様!! 誰か!! ウソだと言って!!


 あたしはただの護符屋の店長代理よ!?

 恋占いと、付与魔法しか使えない、婚期も逃しかけの女よ!?

 なんで? ダンジョンなんて生まれこのかた、潜ったこともないのよ!?


 ああ、エメラルド! オーナー! 起きて!


 お母さん、お母さん! お母さん!! 何度でもそう呼ぶから、これは夢だと、これは嘘だとそう言って!!





もしよろしければブックマーク、☆☆☆☆☆の評価などいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ