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2話 「エメ。お前に、わたしの名前を授けるわ」




 シエラの店で失恋の腹いせにしこたま飲んで、二日酔いの朝。


 今日はもう、店じまいにしたいと思った。

しかし、孤児のあたしがこうして学校出て代理とはいえ、店舗を任されている以上は看板あげないと……。

 24時間以上ぶっ通しでダンジョンに潜ってる攻略者達だっているんだから。

 昨日のシエラの店で失恋の悲しみに泣き暮れていたあたしに「アホアホ」いっていた連中だって、中には120時間ダンジョンに入りっぱなしだった奴もいたはずだ。

 あたしが任されている店舗の隣なんて、いつでもニコニコパン屋さんで有名で、焼き立てパンいつもありますなんて、いつ寝てるのかわかんない状態の経営時間を展開している人だっているんだし。あそこの店主は『記憶持ち』らしいからできることなんだろうけど。

 えいやと起きだして、だらしない身体に喝を入れるべく朝から風呂なんかに入っちゃった。

目が覚めるし、さっぱりするし。

住居兼この護符屋は、オーナーのおかげで、とても快適な空間です。

 一階は店舗、二階と三階が住居。

 二階がリビングダイニングとキッチン。お風呂とトイレ。

 三階にはお部屋が三つ。

 かつてはオーナーが書斎と作成部屋と寝室とで三部屋使い分けしていたらしいけれど、あたしは今、三階の寝室のみと、二階しか使わない。

 一人暮らしには十分すぎるでしょ?

 ここが、街として人口が増え始めると、オーナーは年だからという理由で隠遁してしまったのよね。孤児院にも寄付をくれて、何故かあたしを可愛がってくれた。

 あたしは、付与魔法しか才能がないから、攻略者としてダンジョンに潜るなんてこともできないし、どこかに就職しようかと思っていたら声を掛けてくれて、店を始めることになったんだけど……。

 

「エメ! 大変よ!」


 住居用の扉が叩かれる。

 声はシエラの声だ。

 きっといつものように、最愛の旦那をダンジョンに見送っての帰りなんだろうけど、なんだろう。

 あたしにとって、大変なことは、昨日の失恋以外、そんなにありえないだろうと、ドアを開けるまではそう思っていた……。


「すぐに、すぐに来て! オーナーが!! お医者様も、呼ぶなら早くって!!」


 その言葉に着替えたばかりのワンピースにマントをひっかけて、店舗にクローズの札をかけたまま、シエラと一緒に家を飛び出した。

 言葉も交わさず、ただひたすら走った。

 ……オーナーが隠遁する森の家へ。

 深緑の森の手前、町はずれにその家はポツンと建っている。

家の主はこのセントラル・エメラルド地区を護る魔女。

長い年月を生きたその人は、あたしが子供の頃から、その姿を変えない。いつも若くて、美しいまま。

 あたしに、あの店をあの家を貸してくれたオーナー。

 深緑の魔女。


 エメラルド・ベリル。


 宝石の名を冠した名前には意味がある。

 魔女の名前であり、ダンジョンを踏破した者。

もしくはダンジョンを管理する者。

オーナーは上位のダンジョンを踏破し管理した魔女だ……。


 家のドアを荒々しく開けて、あたしはオーナーの寝室に向かう。


「オーナー!」

「……エメ……」

 

 ベッドの横には白衣を着たお医者様がいる。

 オーナーが隠遁してからずっと診てくれた人だ。詮索はしなかったが、この人は絶対町医者なんかじゃない。

 

「間に合った……」


 あたしが言うべきセリフをオーナー自身がそう呟く。

 

「最期にアンタに会えて嬉しい。待っていたよエメ」

「オーナー……昨日の朝は全然大丈夫って……」

「うん。長生きしたからねえ、いつ逝っても大丈夫だし」


 やめてよ! なんでそんなことを言うの!? ああ、あたしの馬鹿。なんで昨日からここに泊まり込みしなかったのか!

 オーナー……深緑の魔女があたしに手招きする。

 ベッドによりそって、彼女の顔を見つめる。

 その瞳は、宝石のエメラルドのように深い深い緑色だった。

 皺も何も刻まれていない、つるっとした陶器のような肌。若い姿のままの彼女。

 とても何百年も生きた魔女には見えない。老衰する老人のように見えない。

 長生きをした魔女って、普通、皺だらけのはずなのに。

 彼女は美しかった……。


「ふふ、エメ……最初に、アンタに会った時、わたしはアンタを引き取ろうかと思った」

「……」

「可愛くてねえ、可愛くて、ずうっと傍に置いておきたいなって思ったんだけど、それじゃあ、お前の為にもならないし、わたしの為にもならないかなって」

「オーナー……」

「奇しくも、わたしと似た名前、同じ瞳の色、まるでわたしの、子供みたいで」


 言いたかったわ。あたしだって、貴女を、「お母さん」って。

 言い出さないように、オーナーって呼んでいた。


「エメ。お前に、わたしの名前を授けるわ」


 あたしの呼吸が一瞬止まった。


「この地にはまもなく、災厄が訪れるだろう。何度も占っても、そう出てる。そんなお前を傍にいて守ってやれそうもない………だから、わたしの名をお前に譲る。お前は強い子だから、きっと成し遂げられる……お前が望んだ人生とは真逆の運命を歩ませることになるけれど……」


 魔女は微笑む。


「結婚して子供が二人、旦那と一緒にいつまでも、共白髪まで、孫もたくさん……そんなお前の夢を、最期に潰してしまう、わたしを赦してほしい。お前を守りたいんだよ」


守らなくていい!!


「……いや、長生きして、もっと長生きして!! いますぐ、あたし、エメラルドの子供になるから、お母さんって呼ばせて!」


「いいなあ……それ、お母さんかあ……じゃあ、お母さんとして子供に贈る最初のものって……名前でしょ……だからあげる、わたしの……名前……」


やめて、どうして!? どうして!? どうしてこうなるの!?





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