10話 「キミ自体が鍵なんだよ」
スライムだけ倒して何時間たったかな?
ダンジョンカードを見ると、攻撃力と体力がわずかに上がってる?
……付与魔法使いですよ、あたし。
魔力が上がらないで、そっちが上がってどーするの!?
やだ、あたしも幼馴染達みたいに脳筋ダンジョン攻略者の仲間入りってやつなの!?
ほんとちょっと待って、一応、エメラルドの魔女の後継とか言われてるのに!?
そう思っていると、目の前に角の生えたウサギが現れる。
……これさ、もしかして、ダンジョンができて、入り口から入ったウサギとかじゃない?
ウサギなら、突然できた穴に入っちゃうよね。
見た目可愛いんだけど……あたしとばっちり目があって、ホーンラビットは突進してくる。
あたしもメイスの距離感がわかってきたので、思いっきり振ると、ホーンラビットは遠くに飛んでいく。
魔法使いたかったのに……またも打撃。
そしてスライムよりも、重量があるし、見たたことのある動物の形と同じだから、なんとなく罪悪感が生じる。
倒せたかなー……って思ったけど、スライムよりも頑丈だし、飛んで行っても、起き上がって突進してくる。あたしに威力がないのか?
威力を上げるには……攻撃力二倍付与でメイスを振りかざすとホーンラビットは魔石を残して消えた。
ダンジョンのモンスターは基本的に魔石を残して消える。
「レベル……ああ、今ので上がった!」
ホーンラビットを撃退したことで、ダンジョンカードのステータス画面のレベルが上がっている。
ほかにもいろいろあがってるみたい……ちょっとこういう数字を見ると、なんかやる気でそうよね。
「一階層でもレベルは上がるんだ……」
普通のダンジョンとこの鍵付きダンジョンってどう違うのか、昨日、辺境伯様とルビィ様に尋ねてみた。
「キミ自体が鍵なんだよ。相容れない鍵が入ると、ダンジョンが拒否する。相容れない鍵とは、キミ以外の攻略者のことだ。ダンジョンの安全性が働いて、自分に合わない鍵を排除しようとする。ダンジョン内の魔素が濃くなり、一階層でもレベル上位のモンスターが出始める。だいたいはモンスターに食い散らかされて、アンデット系モンスターに成り果てる」
「ダンジョン出現から48時間以内に、アンタがダンジョンに入った時点で、魔素のバランスがよくなる。普通のダンジョンと同じようにね」
「名前を渡されただけなんですが……」
「魔女の名前はただの名前じゃないということだ」
ダンジョンカードには、あたしの名前はエメではなくてエメラルド・ベリルになっている。
「中層階に何があるんですか?」
「ダンジョンの仮マスターの称号が与えられる。そこまで行くと、ダンジョンの魔素はさらに安定し、スタンピードは発生しない」
「通常、最終層のダンジョンコアを手にしたところでそうなるんじゃないんですか?」
「ダンジョンが待つから、鍵は絶対に最終層までくると」
「生き物みたい……」
「いいコト言うね、ダンジョンはある意味、生き物みたいだからね」
辺境伯爵様は綺麗な顔に笑みを浮かべた。
あー……これは普通の人ならころっと惚れるわー。
来るもの拒まない感じだしね。
でも、ルビィ様はこの人の気持ちには答えないのか。
「……中層攻略したら、アダマントが嫁にもらってくれるかもよ?」
「いえ、結構です」
確かにあたし結婚したかったけれど、ちゃんと恋愛もしたいの。
あたしはあたしのことを好きで、あたしが好きな人と結婚したい。
これを言うと、みんなに笑われそうだけど。
もーどんだけ乙女なんだよと。
「魔女には振られるんだ。みんな好みなんだけどな」
うはーこの世のモテない男子に呪われてしまいますよ、辺境伯様。
もしかして……エメラルドが結婚しなかったのって、この人が好きだったから?
ルビィ様を想うのを知っていたから?
いやーないわー。
エメラルドは、「もう二度と会えない」って言ってたから、きっと別の人を好きになっていたんだと思うし。
そして多分、エメラルドの好みじゃないと思うわーイケメンだけど。
「結婚したいなら、中層攻略したら、好みのヤツをあげてくれれば紹介するぞ?」
「それも結構です。でも、魔女って結婚できるんですか?」
「できるわよ。ただし、子供は授からないけれど」
そうだったのね。
アダマント様の「紹介してやる」には、ぶっちゃけ正直、よろしくお願いしますとか言いそうになったけれど……。
あたしは運命の出会いをまだ信じてます。
ほんと、どんだけ夢見てたんだとか言われそうだ。
もしくは失笑。
なんにせよ、その未来の為にはとりあえず中層まで行かないと……。
何匹目かのホーンラビットを倒した後に、おなかすきましたよ。
一応時間はあるけれど……お昼ちょいすぎぐらいなのかな?
ダンジョン時間で5時間経過してるし、お昼にしよう。
えーと、アレクのランチボックスを取り出して、ちょうどいい岩に座る。
なんか手を拭くもの欲しいな。
持ってくればよかったお手拭きタオルみたいなの。
もう少し、レベルがあがれば、生活魔法が使えそうだけど。
いや、多分使えるはず。やり方わからないだけで。
戻ったらルビィ様に教えてもらおう。
ダンジョンの中でスライムやホーンラビットがいつ来るかわからない状態でランチっていうのも変だけど、アレクの言うようにおなかがすいてちゃ力でませんから。
あーサンドイッチが美味しい……。ハムとチーズがはさんであって、しゃりしゃりレタスも!
アレク~なんてお料理上手なの!
ルビィ様が羨ましい。
小さくて可愛くて、お料理できて、強そうで、無敵じゃないの? アレクちゃん。
ポットにはコーヒーが入ってた。
淹れたてコーヒーでほーと一息つく。
生き返るわぁ、やっぱり慣れない力仕事するとおなかすくわよね。
でも、それだけじゃないな。きっと。
鑑定を常時使用しているからだろう。
だから……感覚っていうか勘っていうか、そういうの、研ぎ澄まされる感じがする。
そこで僅かに疲労がでてくる。
あたしはランチボックスとポットをしまって、立ち上がり、周辺を見回す。
なんていうか嫌な感じ。
スライムとかホーンラビットじゃない何かの視線だ。
予感っていうか、嫌だなー……まさかねー……。自然と早歩きになる。
夜道を一人で歩く感じに似ている。
背後には誰もいないから、とにかく歩く速度を上げて、ダンジョン奥へ進むけれど、この感覚は当たってしまった……目の前にいるのは……攻略者の装備を身に纏ったゾンビが立ちふさがっていた。
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