2-2 愛情/「心配事」
トーン王国 ヘオンキ王宮内
ヘオンキ王宮。
代々トーン王族に引き継がれている王族の所有地にしてトーン王国内随一の広大な宮殿。
石造建築主体のこの国では大理石が高級建築材として用いられており、それが山々と床にも壁にも敷き詰められている。
王宮の名を冠するのであれば一切の妥協は許されないと言わんばかりの絢爛具合である。
ヴィエラ達の到着は月が輝く深夜帯。
奇跡の生還を経たヴィエラはひとまず休息を余儀なくされた。
ようやく、ぐっすりと、誰の邪魔もされない寝床につけたのか、ヴィエラは昼時になるまで気を失う様に寝ていた。
トードファンガス戦後にも同じく一休みしたが、疲労は完全には回復していなかったようだ。
彼女は齢16、まだ王族としても人間としても若い。
『まだ学ぶ機会も遊ぶ機会も充分にあった筈だろう、彼女は逃げ惑う一般市民にはなれなかった。彼女は運命に選ばれてしまい、状況を受け入れてしまった』
『我が主は選択ができる人間であり、自分の可能な範囲を理解している。だが、そこが彼女の問題でもある』
『選択が早すぎる、立ち止まることを知らないのだ』
『その性分は近くして必ず失敗を生む。そこを乗り越えなければこの器に託す未来は無いだろう』
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ヘオンキ王宮 来賓室
昼。
ヴァイオレットはヴィエラ、ウェベンヌを呼び、クレセンド王国に起こった襲撃の一連の報告を促した。
「……ヴィエラ、貴女が想像もしない様な事態に出くわし、とても辛い目に遭ったことは重々承知しております」
「だからこの異形の者は、素性が明らかになるまで軟禁致します」
ウェベンヌはクレセンド王国を襲撃したキマイケーラ軍団の一員であり、戦闘能力に於いても危険性があることは当然の事項だ。
一般のトーン王国民にはバレないように、王宮まで荷台に入れて送られたのだ。
現状、ウェベンヌという異形が入国していることを知る者は王宮内の関係者のみである。
「断固反対だ、さっきからなんでオレだけ粗大ゴミみたいな扱い受けなきゃ──」
「お願い致します、お母様」
彼のフォローをしてくれる人間はここにはいない。
「ヴィエラァ! テメェ裏切る気かァ!?」
「裏切るも何も軟禁って言ってるじゃないですか……」
「おい!ちょっ、お前ら……気安く触れるなぁあああ!!」
直後、大人数のトーン兵士にウェベンヌは翼もろとも羽交い締めにされ、王宮地下の牢獄へと連行された。
「ヴィエラお前あとで表出ろやぁああああ!!!」
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邪魔者が居なくなったところで、ヴィエラはヴァイオレットに今までの経緯を語る。
「私が実際に見たものは以上です」
「“神器”……あれは王族にも触れることを禁じていた宝物でした」
「……ごめんなさい、軽率に触れてしまいました」
「過ぎたことを責めるつもりはございません……それ以上に、わたくしが心配なのはヴィエラ、あなたの心内です」
「目の前で夫と、ディオン王室護衛を失くした……あなたのことが心配なのです」
「……お母様は、私に『すぐに決断のできる人間になりなさい』と常日頃から言っていましたよね」
「あの時、身に染みてわかりました……辛くても、何も動かないでいては、いけないのですね」
「ヴィエラ」
「はい?」
ヴァイオレットは何も言わず、ヴィエラを抱擁した。
ヴィエラは優しく、頭を撫でられる。
「お、お母様!?」
「ヴィエラ、ごめんなさい」
「あなたが、あんな苦しいときに傍にいてやれなくて、ごめんなさい」
「お母様は何も!」
「謝らせてください。私は何もできなかったのですから」
「子供を守ってあげられないダメな親でごめんなさい」
次第にヴィエラからは涙がこぼれる。
ギーロに打ち解けた時よりも、もっと体に自制が効かず、鼻水まで垂れるのも止められない。
「……なん、でっ、そんなに、謝るんですかぁ……」
「だって、だって、お母様は、何も悪く、無いのにっ」
「泣き方も教えられていませんでしたよね、もっと、感情のままに泣いてください」
ヴァイオレットの目枷の奥からは表情は見えない。
だが、声色から娘に辛い思いをさせてしまった悲哀と、母親としての最大限の愛情があった。
ヴィエラも心に出しきれなかった思いが多くあった。
こうやって感情を露にできるのも、ヴァイオレットの前だからこそ。
十分ほど赤子に若返ったように、母親に抱き着くのをやめなかった。
「お母様、私──」
ヴィエラが口を開こうとした途端、ドアにノック音が響く。
親子の時間はそう長くいかずに中断される。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
げ、とヴィエラは我に返る。
ハンカチで涙を拭き取り、洗面所に走り込み人前で見せられないような顔を戻した。
その間僅か20秒。
「はい、大丈夫です!」
「よろしいですかな?お取込み中のところ失礼致しますぞ」
「貴方は……」
ヴィエラとヴァイオレットしか居なかった来賓室に一人の男が入り込む。
顔面はシワ寄せ、眼もか細く、髪も白く色が抜けているが、そこはかとなく威厳の感じる風貌の老年。
体を兵士に支えられながらも、猫背の姿勢でゆっくりと、枯れ声を放つ。
「びえら様、お初にお目にかかりますぞ」
「わしはジャンパール・トーン7世、この国の王を勤めさせてもらっておりますぞ」
「こちらが今お世話になっておりますジャンパール様です。ヴィエラ、ご挨拶を」
「こちらこそ、初めまして。ヴィエラ・クレセンドです」
「いやはや、ばいおれっと様と似て、たいへんお美しゅうお顔でございますなぁ」
「すみませんが、要件を先に聞いてもよろしいでしょうか?」
「それがですなぁ、人ならざる異形とやらがこちらの方へ迫っているとの報告がありましてなぁ」
「ッ!」
空気が、ヴィエラの視線が変わった。
人を捕食し、笑みを浮かべるキマイケーラの顔が脳内をよぎり、神器“剣盤ハーモニカ”を手に取る。
「すぐに行きます!」
『主の意志のままに』
「ヴィエラ! お待ちなさい!」
「お待ちなされ、話はそれだけではないのでしてなぁ」
「“うぇべんぬ”殿とやらを連れてこい、と化け物の首領が言っておりますのじゃ」
「……そうですか」
「ヴィエラ、お待ちなさい、わたくしも仇敵とお立合いさせていただきます、直ちに向かいましょう」
「え、ウェベンヌは」
「先に牢に行きましょうか」
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