2-3 報復/「余は絶対零度の城壁なり」
数分前の出来事である。
トーン王国の城塞に巨漢の影が近づいていた。
人とは異なる異形の化け物、キマイケーラが。
「き、貴様! クレセンドを襲撃した化け物だな!」
「……そうだ。余が化け物だ」
異形の姿を一言で表すなら“歩く城塞”。
城を模した鎧が地響きを立てながら歩いている。
5mを超えるその巨体には、思わず足が竦む。
常に発せられる冷気には、思わず鳥肌が立つ。
二枚貝のような頭部から垣間見える真珠色の眼球には、視線を合わせられない。
「トーン城を傷つけるつもりはない。この国に来たウェベンヌを引き渡せ」
「何……?」
「この場を動くつもりはない。そして目的を果たすまで帰るつもりもない」
「攻撃する気が無いなら……!」
「武器が折れたァ!?」
「火だ! 武器に火を塗るんだ!」
「なっ!? 凍った!?」
剣も火もこのキマイケーラの前では無力。
全てが無に還る絶対零度の城壁がそこにいる、
「攻撃をする必要が無いだけだ」
『Blizzaaard!!』
『Pearl!』
『-Hell-』
《雹罰》
「平伏せよ、余の領域の中で」
一瞬にして周囲の温度は一変し、草木や土壌が凍り付いた。
その領域に踏み込んだあらゆる自然物は、生命としての役割を停止させ、過去のものとなったのだ。
「なっ動け──」
一人の兵士は剣に油と火を点け、斬りかかったが冷気は炎すらも凍らせた。
霜は地面から足を伝い、武器から腕に伝い、兵士一人の姿は氷像のように変わり果てた。
右腕からモーニングスターを射出し、“氷像”は容易く粉砕された。
兵士に見せびらかすように殺された。
一瞬で命が消えた。
「あ、あ、うわぁあああああああああああ!!!!???」
兵士たちが絶叫し、職務を放棄して逃げだす。
「余の骸名はシェルザルド。余は“絶対零度の城壁”なり」
「そちらが、侵入するとなれば……余も裁きの鉄槌を振るわせてもらう」
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クレセンド王国。
クモの異形フォビアラクと、ある男が一人、会話を交わす。
「さて、シェルザルドも向かったようですね」
「フォビアラク様、あの神器使いは……」
「クラリオン・ヴレイス……奴の存在は脅威です」
ヴィエラたちとは別に神器を振るい、キマイケーラを鎮魂する人間がいる。
クラリオン・ヴレイス、正体不明のシスター。
あの神器使いは、単独でキマイケーラの軍団と相手をし、単独で低級のキマイケーラを複数体撃破したのだ。
そう、あの時──
「ハハハハハハ!! そんなに群れちゃって……」
『Shark Command!』
「お姉さんにそんなに鎮魂してもらいたいんだね!」
右足から鋭く伸びた、サメの背ビレが刃となり低級のキマイケーラ5体を全て両断した。
爆発と共に、サクリスタルが大量に散らばり、複数の命が鎮魂される。
だが最上級キマイケーラ、フォビアラクだけはそうはいかない。
「見くびられたものです」
『G・o・e・t・i・a』
フォビアラクの顔面のサクリスタルが怪しく光る。
地面に落ちたサクリスタルはひとりでに動き出し、フォビアラクの体内に吸収される。
「こちらのサクリスタルは回収させていただきます」
「フォビアラク様、新たな器の調律は無事終わりましたよ……」
「……残るところはアンタだけ──、人間……?」
「人間が……何故キマイケーラと手を組んでいる……」
『Squid Command!』
クラリオンは急に動揺しはじめ、腕輪の神器“巧打アルトリ”から大量の黒墨を撒き散らし、行方を眩ませた。
「聞いてない! 聞いてない! お姉さん教会からそんな話聞いてないよー!」
「お姉さん、神器を正しい事に使えない人はめっ!するからね!」
焦りきった声を捨てゼリフとして残して、クレセンド王国から逃げ去った。
「あの服装は神器の管理を行っているトゥエルミ教の者でしょう」
「トゥエルミ教……聞いたことがありませんね」
トゥエルミ教、クレセンド王国より遠方に位置する機巧産業の島国、オクタルヴで信仰されている宗教。
神々の残した神器の発掘、見聞を目的とした老古学者が開祖であり、様々な地に足を踏み入れ、巡礼や布教を行っていると世の人は知っている。
「そもそも宗教なるものがこの地ではあまり信仰されてはいなかったようです」
「クレセンド王国はこの500年の歴史で一度も争いも、不作も、不漁も、疫病すらも経験していませんので、何かにすがる必要もなかったそうです」
「不自然ですね、何をもってそこまで平和を維持し続けていられるのか」
フォビアラクは何事も疑ってかからないと気が済まない性分である。
肥大化した脳で常にあらゆる情報を整理しながら、同時に指令を送っている。
「……なんにせよ、第一目標は達成しましたが問題は山積みですね」
「慎重に事を動かしていきましょう、一つの油断が我々の立ち位置を大きく揺るがすことになりますのでね」
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地下牢獄は個室式で、収容できる数も多くはない。
あくまで“王宮”の地下牢であり、裁判待ちの受刑者を閉じ込める拘置所の様な扱いである。
「ウェベンヌ……大事なお話があります」
「遅かったな……ま、ここの暮らしは楽なモンだ、なんたって何もせずに三食昼寝付きだぞ」
ヴァイオレットは檻越しにウェベンヌに問いかける。
絵面としては見世物小屋の見物にしか見えない。
「あなたがウェベンヌさん……ですね」
「ハッ、またお前か」
「ヴァイオレット・クレセンドです。どうかお見知りおきを」
「……で、話って」
「どうやらあなたのお仲間らしき異形の者が城壁にいるそうです」
「そしてあなたの引き渡しを要求している……とか」
「一つ訂正させろ、他のキマイケーラはオレの仲間じゃない」
「オレ以外の“キマイケーラ”はすべて敵だ!覚えとけ!」
「……なるほど、簡潔にどうもありがとうございます」
「行きましょう、ヴィエラ、ウェベンヌさん」
「お母様?」
今まで深刻に、静かに怒りを顕わにする母親の姿を見たことがなかった。
平和という箱庭の中で過ごし、一切の不自由や不条理に出会うことのなかったヴィエラからはそんな母親の姿を想像できなかった。
これから何が起こってしまうのか。
これから徐々にヴィエラは負の感情を味わっていくこととなる。
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「来たな。ウェベンヌ」
「誰だお前」
「シェルザルド……と呼ばれている」
「余が求めるものはウェベンヌ、貴様の命」
「は?ご丁寧に引き渡すワケねーだろバーカ」
「おいバニラアイス」
「ヴァイオレットです」
「……ヴァイオレット、お前ら人間の強さとやらをコイツに見せつけてやれ」
「そういえばちゃんとしたご紹介がまだでしたね」
「わたくしは【剣天】ヴァイオレット・クレセンド。クレセンド王国領土の責任者として、あなたたちキマイケーラに報復をさせていただきます」
使用人が2人、1つの剣を抱えてこちらに来る。
ヴァイオレットは剣を受け取ると、剣は焦げ茶に変色し、形状を変える。
《機巧器:地 抜錨》
《最高統治者認証:承認》
《解除完了》
機巧器:地。
機械生産を主流とする中枢国オクタルヴの特注品である。
その性能は持ち主に依存し、【剣天】ともあろう人間が扱えば大地を引き裂くほどの威力を発揮する。
迎え撃つは無敵城塞の化身、全てが未知数のキマイケーラ“シェルザルド”。
「余の行く手を阻むか」
「あなたの行き先はトーン王国ではありません」
走行。
ヴァイオレットは機巧器:地を構え、シェルザルドに向かって目にも止まらぬ一閃を打ち込んだ。
(すみません、少し諸事情で投稿時間が遅れてしまいました)
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