007 『1時限目 幸福とは2』
「では、こちらの衣服に着替えましょうか」
アリシアが取り出した衣服は、王子用の豪奢なものではなく、庶民用の服。
でもストレートな庶民服ではなくて、金銭に余裕がありそうな若者が着そうな服。
結構格好良いと思うわ。
昨日のうちに経費で注文して置いたのよ。
急だったので、既製品の一着しか手に入らなかったが、後は王子の好みを確認しつつ揃えて行こうと思う。
つまりはアリシアの好みの一揃いな訳だ。
やはり、淡い金髪には白が映えると思う。
庶民は避けがちな色だけど、良いとこのぼんぼんという設定だから良いわよね?
ここで無理をして貧民を装うと、立ち振る舞いからあっさりとバレてしまう。
あまり欲張らずに市井に出る時は商家のぼんぼんという身分にする。
ちなみに別邸では伯爵の親類な訳だが。
王子を座らせコップ一杯の水を飲むように促すと、アリシアはゆっくりと髪を梳く。
アリシアは子供の年齢が低い場合、メイドのような仕事も兼ねていた。
まあ、前世での保育士もそんな感じ。
子供達の身支度を調える事や軽食の用意くらいは慣れたものだ。
王子が水を飲み終わるのを見計らって声を掛ける。
「御自分の容姿を隈無く見たことがありますか?」
「もちろん、毎日毎日見飽きている」
「では、お気に入りの場所を三つ答えて下さい」
「…………」
「どこでも良いですよ? 長所は沢山ありますものね」
暫く黙考した後、王子は首を振った。
「気に入っている部分など考えた事もない。どちらかというと短所を直すように指摘されているので、そこにしか目が行かない」
「そうなのですね。ではこれから毎日伺いますので、必ず三つおっしゃって下さい。これは一つ目の宿題ですよ?」
「これが宿題?」
「そうです」
「短所を上げて直すのなら分かるが、何故長所を上げる必要がある」
「それはですね」
アリシアは少し屈んで、王子と目線の高さを合わせる。
「私は王子様の光の一部のような淡い金色の髪が好きですわ。そして夜明け色の瞳と陶磁器のような肌」
アリシアはそっと王子の頬に手を伸ばす。
触れそうで触れない距離。
「欠点を探す人生は今日でさよならです。人は人の良いところだけを見て行けば良いのです。それは自分の事も然りです」
「………何の為に?」
「楽しい人生を送る為に。幸せになるために」
「……確証はあるのか?」
「確証は王子様自身でお作りになるのです。自分の良い部分を探した所で、失うものなど何もありません」
「傲慢で不遜な自信家になるかもしれない」
「では、傲慢で不遜な自信家にならない為に、二つ目の宿題です。家庭教師である私の長所も毎日三点上げて下さいね」
「…………」
「さあ、今からですよ。どうぞ遠慮なく三つ上げて下さいな」
「…………」
またもや黙考。
長いですね。
頑張って下さい。
「……考えた事もない課題だ」
「そうですか? では初体験ですね」
まだ考えています。
思い付かなくて困っているのかしら?
社交の場では令嬢を褒めてなんぼだと思うけどね。
「長い琥珀色の髪をきっちり縛っていて清潔感があると思う。分厚いメガネが理知的だと思う。声が良く通ると思う」
あら? 王子様、ホンノリ頬が紅いですよ。
白い頬だと紅くなると目立ちますね?
「ありがとうごさいます。このメガネはお気に入りです。辺境伯に買って頂きました。良き相棒のようなものです」
アリシアは少し微笑む。
素直な王子様ですね。
よく見て一生懸命考えていた。
「では、着替えてお散歩に行きましょうか」
教育って楽しいですね。
中毒になりそうです。