006 『1時限目 幸福とは』
出会いから一日たった早朝、アリシアは王子の私室を訪れていた。
私室といっても辺境伯の別邸を王子の長期滞在用に改造したものだ。
正直勝手知ったる我が家だ。
「おはようございます。王子様」
臣下の礼を取って、跪く。
第一王子はというと、毛布を被って寝ていた。
ええ。早朝ですからね。
ええ。寝室ですからね。
「家庭教師というものは、人の寝室に無断で入室する人間のことか?」
眠くて不機嫌でいらっしゃる。
可愛い。
そして面白い。
「ええ。『幸せ』をお教えする場合はこのようなスタイルになります」
「…………」
どう出るかしら?
他人に見られる事が、常日頃から身に付いている人間は、この程度では感情を露わにはしないのではないかしら?
彼という個人が、どういう教育を受けて来たか分かりそうな局面だ。
アリシアの観察眼が正しいなら、彼は甘やかされて育てられた王子ではない。
どちらかというと国民の為に自分を律する事を叩き込まれた人間だと思う。
そんな人間であるならば、眠くても身支度をするために起き上がる。
ーーけれど
毒殺未遂を受けた事により、どこか裏切られたと思っているならば、ちょっと抵抗してふて腐れて二度寝かしら。
「……眠い」
「そうですね」
「ならば寝かせてくれ」
クリスティアンの第一王子は二度寝希望ですか。
分かります。
アリシアは立ち上がりベッドに近づく。
そして、毛布の膨らみをそっと擦った。
「おはようございます。王子様。今日はとても良い天気ですね。小鳥の囀りが聞こえます。宜しかったら一緒にお庭を散歩しませんか? 朝食が出来るまでご案内致します」
「………」
ちょっと強引だが二度寝封じだ。
ちなみにアリシアだって眠い。
若干時間外労働ですらあると思う。
でも金貨百枚の為だ。
王子様には幸せになって貰わなければならない。
毛布の塊がモゾモゾと動き出す。
そっと毛布を捲ってみれば、淡い金髪が白いシーツにサラサラと溢れている。
「綺麗な金髪ですね。まるで太陽の光がキラキラ溢れているみたいですよ?」
「……寝室への入室のみならず、ベッドまで侵入して来るとは、恐ろしい家庭教師だな」
アリシアは声を上げて笑った。
この王子、面白い。
どんな無礼でも度量で許せるのね?
懐が深いわ。
良い王様になれそうな気がする。
「朝の散歩は無礼講ですわ。メイドは下がらせてあります。私が身支度を整えましょう」
「…………」
観念したのか、毛布から木漏れ日のような髪の毛がゆっくりと出て来た。
王子様。随分とスローですよ? 大丈夫ですか?
眠そうに目を擦っている王子はやっとの事で、体を起こす。
「さ、この水でササッと顔を洗って下さいな。ササッとで宜しいんですよ? けっして念入りには洗わないで下さい。皮膚のバリケードが弱っていますからね」
「………」
王子はというと、胡乱な目でアリシアを見たが、何も言わずに顔を洗った。
あ、三度も洗いましたね王子。プチ反抗ですね? 可愛いです。