004 『引退を決意した王子』
お金の話をすると、目をキラキラさせて饒舌になる娘を見ていた。
このクリスティアン王国に数多いる茶色の髪をしている。
金髪から琥珀まで、髪の色は多岐に渡るが、彼女のような髪色をした国民が一番多くをしめている。
古の聖女の肖像画は、真珠色の髪に珊瑚色の瞳をしていたが、虚像だったのだろうか。
アリシアと自己紹介した彼女は、分厚いメガネを掛けていて、瞳の奥までは確認出来ない。
おそらくは髪色から類推して琥珀であろう。
伯爵の話で歳の頃は十八と言っていたか。
野暮ったい見かけの所為か、二十五歳くらいに見える。
十七歳の王子より年上だ。
この歳でカリスマ教師と言った所でたかが知れているはず。
辺境伯が信頼を置いて自らの子を任せているという事実があるだけだ。
「ところで第一王子様に置かれましては、この一介の教師に何を御学びになりたいのでしょう?」
何を学ぶか?
学びたいものなど何も無い。
語学から経済学、法学、音楽、絵画。
全てのものを学んで来たのだから。
しかし、今までの学問は自分の為に学んだとは言い難い。
国のため。
王子としての責務のため。
そしてその果ての毒殺未遂だ。
洒落にならない現実だと思う。
王子は自嘲気味に笑った。
世の中、頑張った所で先のない事だ。
それが現実というのであるならば、受け入れるしかあるまい。
金輪際表舞台等に立つ気は無い。
遊学の末、放蕩を続け、王族として排斥になり、辺境伯の次女でも娶り余生を送ろう。
そんな程度のプランしか浮かばなかった。
ここにいるのは療養以外の何ものでも無い。
辺境伯が退屈凌ぎに話相手を用意すると言っていた。
その話相手がこの娘なのだろう。
一つ歳上で、気も使わない程度の相手。
口止めせずとも、気ままに話せると保証された相手。
何故なら、彼女は最大のウィークポイントを既にこちらに晒しているのだから。
『聖女』とは驚いた。
傷が癒えた上に、彼女の秘密も手にした。
辺境伯が打った、一石二鳥の抜け目ない手だ。
しかし、そこまでする旨味はあるのだろうか?
自分の最大の切り札を、引退寸前の王子に提供して?
純粋な人助けなど、とうに信じてはいないのだから。
難しいことは考えまい。
この辺境で、引退王子になると決めたのだから。
適当に日々をやり過ごそう。
「そうだな。知りたい事はいくつかあるが、一つ目は『死なない方法』二つ目は『幸せになる方法』だ。この二点を教えて貰おうか」
投げやりに言った。
そんな方法があるのなら、誰だって知りたいだろう。
本来そんなものは自分で辿り着くものなのだ。
抽象過ぎるテーマだ。
明確な答えが見つかるとも思えない。
しかし、この辺境に似つかわしくない分厚いメガネを掛けた少女は満面の笑みを浮かべた。
「一番の得意分野です。金貨百枚は貰いました」
地味な黒いワンピースを着て、メイドのような白いエプロンを着けた少女は、得意気に言い放った。
少しはその金の亡者的な台詞は控えた方が良いと思う。
彼女のモチベーションなのだろうが、金が好きすぎるだろ。
一応一国の王子を目の前にしているのだから、もう少し言いようがあるだろ。
けれどー
そんな飾らない遣り取りに新鮮さも感じていた。
まるでそう、気の置けない友人のような。
言いたいことを言える関係のような。
毒を盛られて死にかけた王子と、金の亡者の聖女は意外と馬が合うのだろうか?
王子はしげしげと聖女を見遣る。
美女には程遠い。
背が低く、地味な顔立ちをしている。
外見からは『聖女』とは想像もつかないだろう。
どの道。
選べる事など、そう多くはないのだ。
この娘を話し相手に、日々を過ごそう。
退屈じゃなければ、それで良いのだから。




