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003 『覆面をつけた聖女』

 アリシアは第一王子の足元に跪く。

 そして、立ち上がると痛々しい左腕を取った。


「お可哀想に。王子という立場が故に、毒を盛られたのですね……」


 アリシアは自らのポーチに手を伸ばすと、陶製の小さな容器を取り出した。

 中にはうぐいす色をした薬が入っている。

 それをそっとガーゼに伸ばすと、王子の左肘に宛がって小さな呪文を唱える。

 淡い光が溢れ出す。

 包むような暖かく小さな発光。

 その光に瞠目した王子は、小さく呟いた。


「……王家が失ったという聖女の力。辺境伯が持っていたのか」


 アリシアは口元に人差し指を立てる。


「私は聖女ではありません。一介の家庭教師です。今日より辺境伯の命により第一王子様に仕える事になりました」

「何故能力を隠す?」

「……生きて行くために」

「能力が公になれば死ぬのか?」

「ほぼ間違い無く」

「何故、俺にバラした?」

「その身に呪いを受けていたので」

「呪いとは?」

「他人の悪意とも言います。聖女も王子も悪意を殊の外受けやすい」

「俺がバラすとは考えないのか?」

「辺境伯が信頼する王子です。信じようと思います」

「……辺境伯に恩があるのか?」

「その昔、自分の力では抗えない理不尽から救って頂きました。命の恩人です」

「聖女だから助けられたのでは?」

「………分かりません。けれど聖女の力は失っていました」

「今、強要されたのではないのか?」

「……いいえ。自主判断です」

「自主判断だと信じているのだろうが、想定された行動である可能性は高い」

「私が王子様のお体をお助けしなくとも、伯爵は何も言わなかったと思います」

「ほう? では、何故治した」

「辺境伯があなたを囲うと決めたので」

「俺の為ではなく、辺境伯の為だと言ったのか?」

「……今のところは」

「盛大にフラれた気分だな」

「……王子様と私の間に、信頼関係が築かれる間がありませんでしたので」   

「ハッキリとものを言う」

「そういうのがお望みかと判断しました」


 アリシアは顔を上げて微笑んだ。

 王子の肘からは毒が抜け、綺麗な象牙色の肌が見えていた。


「では、信頼関係が築かれるまで、専属教師をしてもらおうか」

「はい。承ります」

「この仕事を受けた理由は辺境伯に恩を返す為か?」

「ええ。そして報酬の金貨百枚に惹かれました」

「…………」


 アリシアは満面の笑みで微笑む。


「私が一番大切に思っているものは、辺境伯です。二番目が教育で三番目がお金です。お金が大好きなのですわ。しっかりお仕事を全うし金貨百枚を貰ったら、森に家を買いひっそり暮らす予定ですの」


 お金の事を考えると、わくわくとドキドキが止まらないアリシアを、王子はやはりアンニュイな感じで眺めていた。


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