『おにぎりちゃん』とは、呼ばせないっ!
続編を書くつもりはない予定ですが、多少でも気に入ってもらえればそれでよしです。
がらっと、重い教室の扉を開ける。ぱっつんに切れた前髪が可愛らしく揺れる。
「あ、『おにぎり』ちゃんだ! 今日もおにぎりヘアー決まってる~」
中に入るなり、男子がからかう。
これだから、学校は嫌なのよ。いや、そもそもこの名前のせいだ。
小田結。キラキラネームではない。可愛いっていう人もいる。
でも、私はこの名前。全然納得していない!
「コラッ! 男子! むすびちゃん可哀そうでしょ!」
「ゲ。京、ほんとウゼー」
「ほら。しっし!」
京は男子たちを追い出してくれた。
「大丈夫? あんな言葉、気にすることないんだからね」
「私は平気よ」
明らかにしょぼくれた結の顔を見て、京は私の頭を撫でた。
私のイライラは頂点に達していた。
クッソ。今日と言う今日は、親に文句言ってやるんだから!
「おかーさん、何で私の名前、むすびにしたの?」
夕食を作る母親の背中に、私は不満げな声で問いかける。
何かを察したのか、母は包丁を止めた。
「私の気持ちを味わってもらいたくてね」
「え?」
「小学校で馬鹿にでもされたんでしょ?」
「なんでわかるの?」
「私もそうだったのよ。ほら、旧姓が水田でしょ」
「あ……」
私は悟った。母の名は真理。
でも、それは酷くないか。
「みずたまり……」
ふふふと母は思い出し笑い。
「そう。でもね、これも運命だったのよ」
「え?」
「お父さんに会って、生まれ変わったの」
「おだまり……」
「そう、それでスッキリしちゃった」
母はニコニコと頬を赤らめて微笑んだ。
「だから、あなたもきっと、自分の名前の素敵さに気付けるはずよ」
その母の言葉は現実になった。
二十年後。二十八歳になった私は、結婚した。
運命を感じた。それ以外、感じなかった。
「何であの時、気づかなかったんだろうな~」
結は旦那に向けて、嫌味っぽく呟いてみる。
「結は鈍感なんだよ、きっと。好きな人程、からかいたくなるじゃん?」
「そうねぇ。『名字』まで考える程、心の余裕なかったし」
「おにぎりちゃんって、これからも呼んでもいい?」
「おにぎりちゃんとは呼ばせないっ!」
二人はお互いを見つめ合うと、クスクス笑い合う。
あの日、私をからかったあの彼と結ばれるとは、見当もつかなかった。
彼が私に交際を申し込んできた時、初めて名字を意識した。まさかと思った。
そして、私は縁結に生まれ変わった。
「おめでたい名前ね」
皆からそう、祝福された。
ようやく、私は自分の名前を好きになったのだった。
ありがとうございました。