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次に私が目を覚ました時、太陽はまだ空にあり、エイミーが私を心配そうに見つめていた。
「お嬢様?お目覚めですか?」
「うん・・・おきまちた」
「今お水をお持ち致します。」
心無しか足早に部屋を出ていくエイミーを見送り、天幕を見つめる。
私の切り傷は呪文ひとつで治ったのに脱水症状には使えない・・・怪我には使えても、病気に光魔法は使えないのだろうか?
魔法についての知識が無いため、何ができて、何ができないのか・・・それを知るところから始める必要があるなあ。
「アイリーン・・・」
エイミーと一緒に母が部屋へと入ってくる
「心配したのよ」
私の頭を撫でる母の眉尻は下がっている。
「おかあしゃま」
「昨日のお昼から1度も起きないから心配したのよ?」
「きのう?」
「そうよ、あれから1日眠っていたのよ・・・」
ベッドに眠る私の頭を撫でながら、私を見つめる母。
体感としては数時間ほどだったが、私が眠ってから1日経過していたとは・・・
「あなたのおかげでブルーノは目を覚ましたわ。今は大事をとって休んでいるところよ」
「おにいしゃま、よかった、でしゅ!」
「アイリーン、本当にありがとうね」
私にお礼を言う母は、うつむき加減で痛みをこらえるような表情をしている。
「かあしゃま、どこか、いたいでしゅ?」
「いいえ、違うのよ。光魔法の使い手とはやし立てられても、私は結局何も出来なくて・・・ごめんなさいね」
母の無理に笑った顔には後悔が滲んでいた。
前世の私と一緒だ。助ける方法が無くなってしまった患者さんを前にした時の私と同じ・・・
「かあしゃま、わたちのけが、なおちてくれまちた。わたち、おぼえてましゅ」
でも、助けられなかった患者さんと同じだけ、助けられた患者さんもいた。
母にも助けられた人はたくさんいるはずだ。
もしも私の額に傷が残ってしまったら、野蛮だと他の令嬢に笑われる事もあっただろうし、傷を理由に結婚を断る貴族もいるだろう。
前世の記憶をもつ私には古い考え方だと思えるが、中世ヨーロッパの価値観だと思えば仕方ない事とも思える。
「かあしゃま、なおちてくれた、ありがとうごじゃいましゅ」
「アイリーン・・・そう、覚えていたのね・・・ありがとう」
母は私を抱きしめた、その力はか弱い母の見た目に反して力強い。
「お腹がすいたでしょう?ご飯にしましょう。エイミー、部屋に運んでちょうだい」
「かしこまりました」
エイミーはお茶を用意すると、そのまま部屋を出ていき、食事の準備をはじめた。
「食事をとったら今日はそのまま休んでちょうだい」
「はい、おかあしゃま」
もう一度私の頭をなでるとエイミーと入れ替わるように部屋を後にした。
「お嬢様、お食事をお持ちいたしました」
エイミーは野菜の入ったスープ、コーンポタージュ、チキンにポーク、ビーフ、パン、と沢山の料理がところ狭しと机に並べられた。
「エミー?なんか、おおいでしゅ」
「料理長がお嬢様を心配してつくられたようです。食べれるものだけを食べたらいかがでしょうか?」
エイミーの表情は少し困ったようでもあるがどこか楽しそうな表情でもある。
「なんかたのしそうでしゅね?」
「昨日お嬢様が晩御飯を召し上がられなかったということで、料理長がひどく落ち込まれておりまして・・・先ほどお目覚めを伝えましたらこんなにたくさんの料理をすぐに出されたのです。お嬢様が目覚めるのを、待っていたようなのですが、現在は家令に食材の使い方について注意をうけているようでして・・・」
「りょうりちょう・・・」
あの強面のおじさんは何をやっているんだ・・・?
ときおり、エイミーの後について厨房のカウンターに一緒に食器を下げに行ったりしているため、料理長のリゼルさんにあの料理が美味しかった、などとお礼を言うくらいの関係である。
試作品のスイーツなども隠れておやつ代わりにもらったりすることもあり、私的には近所の優しいおじちゃん扱いである。
「あとておれいにいきましゅ」
「料理長も喜ばれるでしょう。ですが、明日に致しましょう」
「はーい」
今日一日はベッドで過ごし、夜も食事を部屋へと運んでもらった。
晩御飯はいつも通りの料理であったが、代わりにはちみつのかかったスコーンのようなもデザートが出てきた。砂糖やはちみつを味付けとし、領地の特産である小麦を使ったデザートが屋敷ではよく出されている。
前世のプリンやアイス、スナック菓子のようなお菓子は一度も見たことがないため今後は料理、お菓子ともに広めていきたいところである。
食事を終えて就寝の準備をしていると部屋をノックする音がした。
「はい、何用でしょう」
エイミーが扉を開けると仕事着のまま父が部屋へと入室してきた。
「アイリーン、昨夜は目覚めなかったと聞いて心配していたんだ。顔をよく見せてくれ」
「おとうしゃま」
父はベッドの隅に腰掛ける。
「ブルーノのことは聞いたよ、アイリーンのおかげで命が助かったと。アイリーンはまさしく天使だ。ありがとう」
「とうぜんでしゅ、おかあしゃまと、おとうしゃまのこどもでしゅから!」
「はは、そうだな。さすが私の娘だ」
無い胸をはって答えるが代わりにお腹が出たため、あわてて引っ込める。
私の頭を撫でたお父様は難しい表情をして私を見つめた。
「アイリーン、昨日来ていた医者のことはわかるかい?」
「ひげのおじしゃん?」
「そうだ。この国の王子の専属の医者でとても優秀な方なのだがブルーノのことを治した君に医療の才能があると言っていてね・・・話を聞いた王が君を登城させるようにと仰せなのだ。もちろん断ってくれてもかまわない。アイリーンはどうしたい?」
「わたしは・・・べんきょうしたい、でしゅ。おにいしゃまみたいにたしゅけたいでしゅ!」
この国の魔法や医療の発達具合について学びたい私としては渡りに船だ。
「まず、まほうについてしりたいでしゅ」
「ふむ、魔法についてか・・・本来であれば7歳から学び始めるものであるのだが・・・その件についても王宮の魔法使いに尋ねてからがよかろう。来週から私と一緒に登城してみて、今後も可能であれば勉強していく、ということで良いかい?」
「はい、ありがとうごじゃいましゅ」
「今日はもう寝ると良い。邪魔したね」
「おやしゅみなしゃい」
「おやすみ」
父は私の額に口づけを落とすとそのまま部屋を出て行った。
未知のことを知るときの高揚感と、ちょっとの不安が私の中に広がる。
胸がどきどきして眠れないと思ったが、気が付けば眠りについていた。