6 (sideエイミー)
私の母はアルフォレストより東の国の産まれだと聞いたことがある。
私が物ごころつく頃に母は亡くなり、今ではぼんやりとさえも母の顔を思い出すことは出来ない。
母が亡くなり、しばらくして私は家を追い出された。
第2夫人によって、父の視察中に売られたのだ。
アルフォレストでは私の黒い髪と黒い瞳は物珍しい。
黒はかつてティアーク全体を覆っていた闇の神タナティアフトの色でもある。
タナティアフトは人を生み出した存在ではあるが、闇の力は恐ろしく、人の命を簡単に奪うことが出来るというのが共通の認識である。
そのため、アルフォレストでは黒をもつ者は忌み子として扱われる事も多い。
もちろん、滅多にない黒を纏った忌み子を欲しがる物好きもいるため、違法ではあるが人身売買が行われ、高値で取引される事もある。
父は母を愛していた。
母が産み落とした私が成長するのと反して、弱っていく母にかかりきりとなり、母が亡くなった時には、母を殺した存在である私のことを憎むようになった。
目を合わせようとせず、存在を認めない。
一度たりとて私に声をかけることも無かった。
義母は父に愛されず、母への憎しみを募らせていた。
母が亡くなるとその憎しみを私にぶつけるようになった。
食事が与えられない日もあり、義母の機嫌が悪い時には扇子で叩かれる。
屋敷のものは主人に目をつけられたくないからと私の世話はせず、いないものとして扱っていた。
奴隷商に引き渡された時には幸いだと思った。
この家を捨てて出ていこう。
捨てられるんじゃない、捨てていくんだと、見切りをつけることが出来た。
何も分からない子供のフリをしてあとについて行く。
「ねえねえおじさん、どこへいくの?」
「あ?あー王都の近くを通ってオルリアン男爵のところだ」
面倒くさそうな顔をしながらも、下手なことを言って騒がれるよりも説明した方がいいと思ったのだろう、行き先を教えてくれた。
ノルマンディー、ブリュッセルを通り、オルリアン領まで行くのだろう。道程は馬車で2週間はかかるはずだ。それまでの間に食料を調達するために街に寄るだろう。
私以外の奴隷はおらず、荷馬車には宝石が積まれている。
トイレの時も見張りが1人おり、自由に行動もできない。
商人に従順に過ごしているうちに警戒も少しずつとけ、トイレの時は見張りが離れるようになった。
馬車の隙間から見える外の風景は畑ばかり。
広大な土地を抜けると賑やかな街へと着いた。
「いい匂い・・・」
「あんまり馬車から顔出すと危ないぞ」
「はーい」
街中は賑わいを見せており、道も綺麗に舗装されていて馬車の揺れも少ない。
きちんと整備されていてとても住みやすそうな街だ。
美味しい匂いにつられて、お腹が減る。
道中の食事は固くなったパンをスープにふやかして食べるだけのものだ。それでもきちんと2食食べれるだけあの家にいた時よりもよほど良い。
商人は街に入ると私の見張りを厳しくしたが、何も気づかないふりを装った。
「おじさん、あれなに?凄い綺麗!」
「こら、馬車から顔を出すなってんだろ、危ねーぞ!」
「はーい!でも赤い飴細工みたいなのがあったの!」
「そりゃリンゴ飴だろうよ」
「リンゴ飴?おいしそう!」
馬車の荷台に大人しく座り直して商人の顔色を伺う。
「ったく・・・こんな呑気なガキがお貴族様とはね・・・」
最後の一言は私に聞こえないように呟いたのだろう、聞こえないふりをしてにこにことおじさんを見つめた。
「おい、ちょっと止まってくれ」
おじさんは御者台にすわるおじさんに声をかけた。馬車はゆっくりと停止した。
「なんだ?」
振り向いたおじさんとが聞き返す。
「リンゴ飴が欲しいとよ」
「リンゴ飴?そんなのほっとけよ」
「騒がれた方が面倒だろ」
御者台のおじさんが振り向き、少し考えたあとにため息をついた。
「ったく・・・もうワガママ言うんじゃねーぞ」
「うん!」
私の満面の笑みに苦笑いを浮かべたおじさんは馬車を道端に停める。
「買ってくっから大人しくしてろよ」
「はーい」
リンゴ飴が売っている店から、馬車で少し動いてしまった為、荷台に乗ってたおじさんがそこまで戻っていくと、買い物に出た。
その隙に素早く辺りを見回す。
隠れる場所は少なくないが、突然見知らぬ少女が店の中にかけてきても、面倒事の予感しか無いだろう。
どこがほかに・・・
その時、馬車の後ろから立派な馬車が進んでくる。
家紋を見るにブリュッセル家の馬車だ。
夫婦揃って穏和な人柄と、公爵家の血筋から私の家もなんとか顔をつなごうとしていた家の1つだ。
このまま商人にうられれば間違いなく、幼女趣味のもとに連れていかれるだろう。
一か八か・・・
ブリュッセル家の馬車が真横を通り過ぎようとしたとき、馬車の荷台からとびうつった。
馬車の速度は出ていないかったが、とびうつれるほどの反射神経はもっておらず、片手で掴むので精一杯だった。
もちろん、過ぎ去った馬車に私が飛び乗っていれば商人も気付く。
「あ、おいっ!!まてっ!!!」
「なんだ!?」
私がとびうつったことで揺れた馬車の中から男の声がした。
「お願い!そのまま進んで!」
声をはりあげて馬車の中の人へと頼む。
その間になんとかも落ちないよう、もう片手も馬車にかけた。
普通の馬車よりは凹凸があるものの、飾りは少なくデザインとしては好みだが捕まり辛い。
「おい!速度をあげろ!」
馬車の中の人は何かを察したのか従者に声をかけると馬車の速度が上がった。
商人はもう1人の商人の到着を待たずに、馬車を走らせようとしたがブリュッセルの家紋を見て悔しそうに馬車をとめた。
街の大通りを抜けると、速度がだんだんとゆっくりになり道端に馬車が止まった。
街なかでこのまま通るには余りに人の目に触れてしまうためだ。
「人さらいか?」
馬車の中から出てきた金髪の男の人は私を見るなり事態を把握したようだった。
「はい・・・。」
「帰る所は?」
現在の私の身なりは薄汚れたワンピースであり、どう見ても貴族のようには見えないだろう。
「ございません・・・。」
「そうか・・・子供は好きか?」
伏し目がちに答えると、男は何を思ったか不思議な質問をしてきた。
「身近におりませんでしたので、好きか嫌いかは分かりません・・・ですが・・・大人よりは良いのかもしれません。」
「そうか、ならば来い。」
ニコリと笑った男は私の汚い身なりを気にもせず、馬車に乗せると屋敷に帰った。
屋敷に着いた途端、メイドに着ていたものを剥ぎ取られ、体を磨かれ、お仕着せを着せられた。
目まぐるしく変わる事態をについていけず、最後の方は躯と化していた。
準備が終わると、メイド長に連れられて豪華な部屋に通される。
中にはお腹の大きい金髪の女性がこちらに微笑みかけて座っていた。
「ごきげんよう」
その女性から紡がれる声は高く透き通っており、動きを忘れてしまう。
ハッと気づき、そのまま頭を下げてスカートの裾を持ち上げる。
ブリュッセル公爵夫人だ・・・
「顔を上げてちょうだい。名前を教えてくれるかしら?」
公爵夫人の言葉に、メイド長に視線を向けると小さく頷かれた。直答を許されたのだろう。
「ブリュッセル公爵夫人におかれましては・・・」
「堅苦しい挨拶はよしてちょうだい」
「・・・はい、エイミーと、申します。人さらいに会ったところをブリュッセル公爵に助けていただいた次第です。」
「人さらいに・・・屋敷の警備が杜撰だったのではなくて?」
私の言葉遣いや、行動から貴族の子女であると察したのだろう、公爵夫人は遠回しに家人に売られたのかと問うてくる。
「私に帰る家はございません。」
公爵夫人の言葉を認めた上で、私自身も帰るつもりは無いことを名言する。
ただの庶民であれば下働きとして、貴族の子女であったとわかれば侍女として雇われるのではないかという打算を含んだ挨拶だが、寄り良い環境に身を置くためには必要な事だ。
「そう・・・見ての通り私にはこれから生まれる子供がいるのよ。この子の侍女として、屋敷で働くつもりはあるかしら?」
「身に余る光栄でございます。」
「そう、それならこれからあなたはただのエイミーとして働きなさい。」
私が侍女として働く事で、私の実家がブリュッセル公爵家に不利益をもたらす事は許さないという公爵夫人の言葉に深く頷く。
それからブリュッセル公爵の第二子、アイリーンが生まれるまで、私の日常は飽きるほど平和なものとなったのだった。