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医者らしいおじさんはひととおり兄の様子を見、母からの話を聞いた。


「娘が足の付け根と首を冷たいタオルで冷やし、水に砂糖と塩と小麦をいれ、スプーンで少しずつブルーノに飲ませたのです。」


「ふむ、水と塩と砂糖と小麦を?」


「はい」


「して、それはなぜじゃ?」


「それは・・・」


医者は母と話していたが体液の成分を知らない母からすると、汗として失われるナトリウムやカリウムの話は分からないだろう。

もちろん、私が詳しい話をしたところでこの世界の人達に分かって貰えるとも思わない。


「あちぇ!」


兄の服のある部分を指さす。


通常、塩分などのミネラルは汗として流れる前に、体の中に再吸収され、体内へと戻っていく。

しかし、脱水症状を引き起こすほど大量の汗をかくと水分と一緒にミネラルも外に出ていってしまうのだ。

そのため、 汗が乾いたあとの兄の服には白っぽい粉、ミネラル()が付着しているのだ。


「ん?この汚れはなんだ?」

医者が近づいて観察をする。


私は横から手を出して結晶となった汗を指ですくい、意を決して口に含む。

「っぺ!!しょっぺ!」

分かっていてもしょっぱいし、いくら兄とはいえ他の人の汗を舐めるという行為はキツいものがある・・・。

まずい・・・


「アイリーン、何を!?」

母は服に付着したものが毒物だと思ったのか、顔を青ざめさせながら水を私の口に流し込みうがいをさせる。


「かあしゃ、ま!しお!」


指をさして私の言いたいことをなんとか伝えようとする。

「え?」


「しお、でしゅ!」


医者は私の言いたいことを理解したのかまじまじと白い粉部分を見つめ、私と同じようにすくって舐めた。


「なんと!塩じゃ・・・!」


なんとか私の伝えたいことが伝わったようで医者が目を瞬かせている


「みじゅとしお、いぱいでた・・・らからみじゅとしお、のむ!」


「ふむ・・・お嬢様は汗には塩が含まれていると考えたのか・・・そしてなくなった分の塩水を飲ませたと・・・じゃが砂糖はいったいなんのために・・・」


「しゃとうは、あまい、おいち!にいしゃ、ま、しおみじゅおいち、ない!」

「失礼ながら、お嬢様は塩水が美味しいものではないため、ブルーノ様のために美味しいものをご用意しようと考えられたようです。」

私の伝えたい事をエイミーに翻訳してもらう。


本当は剣術稽古の後のため、消費カロリー分の糖分エネルギーを摂取してもらおうと思ったのだけど・・・上手いこじつけが見当たらないため、味付けの問題であると納得してもらおう。


「なるほど・・・アイリーンお嬢様の汗を舐めるという行為には驚きましたが・・・汗には塩が含まれていたなんて・・・失われた汗の分、塩水を体内に取り入れることは効果的かもしれませんな。」

医者は頷きながら自分なりの見解をまとめているようだ。


「意識のある者へ飲ませるときには砂糖を混ぜて飲みやすくしてみるのもひとつの手かもしれませぬ。いやはや!お嬢様はお優しく、聡明でいらっしゃる!」


「しかし、小麦を溶かし意識のないものでも飲みやすくする工夫をするとは・・・アイリーンお嬢様は神童であらせられるのでは無いだろうか・・・」


独り言を続ける医者を尻目に、兄のタオルをかえ、簡易ポカリを飲ませる手は止めない。

2杯分を飲み終わる頃には、汗がひいていた兄の体に、再びじんわりと汗がにじみ、嚥下もスムーズになってきた。


体の水分が汗として出てくるほど補われ始めた証拠だ!

脈拍をはかるとまだ少し早いが正常の範囲内と言って良いくらいに落ち着き始めていた。


「この様子であれば時期に目覚めるでしょう」


医者の一言で母も使用人達も安堵のため息をついた。


「よかっ・・・た・・・」

膝から崩れ落ちるようにして倒れたのは兄の剣術稽古を指南している青年だ。

日本であれば監督責任がなんちゃら、と辞任させられる所だがこの国の法律や規則に疎い私にはこの青年がなんの罰に処されるのか検討がつかない。


「私が見ていながら、このような事態を引き起こしましたこと、お詫び申し上げます!」


両膝を地面につけたまま、右手を握り胸にあてている。

その手はきつく握り締められ、小さく震えている。


母は青年の姿をみて眉を下げた。

「ウィル・・・貴方には無理を言って来てもらって・・・その上このような事に巻き込んでしまってごめんなさいね」


この国の医学はまだ発達していない。

そんな中で、どうすれば子供は倒れるのかなど分かるはずもない。

経口補水液が身近であり、少なからず発汗のメカニズムを知っている日本人でさえ熱中症や脱水症状により亡くなる人がいるのだ。


もちろん、この青年が兄を指導する上で子どもがどの程度までなら無理なく運動出来るのか、知識をつけることも大事だろう。

知らなかった事とはいえ公爵家の次期当主を危険にさらしたといわれればそれまでだ。


しかし、兄のブルーノは現在命に別状はなく、母も大事にしたいとは思っていないだろう。

「にいしゃま、だいじょうぶ、でしゅ!」


「えぇ、ブルーノの命には別状はないという事だし、また剣術を教えに来てはくれないかしら?」


母は青年に微笑みかける

「ですが・・・」

今回の事が青年にとって苦い思い出となるのではなく、成長の糧となるのが1番だ。

失敗は成功のもとっていうしね!


「これから、しおみじゅ、のむ!おけいこ、だいじょうぶ、でしゅ」


「ふふ、そうね、今後の対策についてはアイリーンのおかげで分かったでしょう?無理のない範囲で行えば大丈夫よ。ただ、1週間程度はおやすみさせてもらうわね」


「・・・はっ、ご慈悲に感謝致します!」



なんとか話もまとまって来て、兄も時期目覚めるだろうとのことで、安堵と共に眠気が襲ってきた。

「エミー・・・」

眠い目を擦りながらエイミーに近づくと、心得たように私を抱きあげる。


ゆらゆらと揺れるエイミーの腕の中で眠りについた。







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