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転生してすぐは眠るか食べるか泣くかの1日。
気がつけば首が座り、現在は寝返りがうてるようになった。
「んぎゃ、んぎゃあお(やっと少し動ける)」
日付けは分からないが自分の成長速度としては半年くらいだろうか。
まだハイハイは出来ない。
「アイリーン、おお!もう寝返りができるのか!アイリーンらほんとうに天才だ!」
やけに大袈裟に私のことを褒めるのはこれまた金髪美男。
どうやら父のようだ。
母と一緒にいるときは砂を吐くような甘い雰囲気を醸し出している。
父とはこの半年あまり顔を合わせていない。
私が寝ている間に来ているのかも知れないが、母と比べるとその頻度はかなり少ない。
どうやら国の重鎮的ポジションのようで日々忙しくしているらしい。
「んぎゃあ(おかえり)」
父をいたわり右手を伸ばそうとしたがうつ伏せ状態のまま、体を片手で支えるのはまだ無理だったらしく、そのまま左側に体が傾き、頭から布団に崩れた。
「ぎゃっ」
「ああ!アイリーン!」
柔らかい布団めがけて倒れた体は痛みを感じていないが、その姿を見ていた心配症な父に素早く抱きあげられる。
抱き上げられた腕の中から麗しい父の顔をみながら、ゆらゆらと揺られるとそのまま眠気が私を襲い、ホワイトアウトした。
少し起きてはなんとか活動し、疲れては眠るを繰り返すうちに私の活動範囲はハイハイによって少しずつ伸びてきた。
「んきゃーお」
そしてそんな活発な私を追いかけるのが私付きの侍女の役目だ。
名前はエイミー。
肌は陶器のように白く、髪は真っ黒。
日本人だった私としては親近感がわく。
「お嬢様、外に出ては行けませんよ」
エイミーは私付きの侍女として選ばれたようでほとんどの時間を私と共に過ごしている。
この国は労働基準法という制度がないのか休んでる日を見た事がない。
退屈で外に出ようと、扉に向けていた足(両手足?)をとめ、後ろへ方向転換すると、エイミーの足にしがみつき手招きをした。
手招きと言っても、手を下に叩きつける程度の動きしか出来ないが、エイミーが何かを察し屈んで私の顔を覗き込む。
ぽふっ
エイミーの頭に手を伸ばしたが、届くことはかなわず、近くにあった膝に手を置くと状態をぐっと起こした。
初めてのつかまり立ちだ。
そしてそのまま、エイミーの頭に手を乗せると、エイミーは切れ長の瞳を極限まで見開き動きをとめた。
「んぎゃあお(ありがとね)」
何度かあたまを撫でるようにたたくといつも無表情なエイミーの口元が少し綻んだ。
「さあ、ベッドへ戻りますよ」
丁寧に抱き上げられてそのまま揺られる腕の中で眠りについた。
少しずつ起きていられる時間が伸び、つたい歩きが出来るようになった頃。
部屋の隙間から視線を感じるようになった。
「んぎゃ?(なに?)」
振り向くとその影は走り去ってしまった。
首を傾げるとその姿を見ていたエイミーが私に向かって話しかける。
「お嬢様、今のはお嬢様のご兄弟でございます。3つ上のブルーノ様です。」
「んぎゃーお?(ブルーノ?)」
「はい、ブルーノ様です」
1歳にも満たない赤ん坊に対して無駄だと思われる説明をエイミーはいつも嫌な顔をせずにしてくれる。
それにしても、私に兄弟がいたとは。
向こうの常識で考えると兄弟ってもっと身近な存在だけど、まだ1度も顔を合わせてない兄がいるなんて・・・どうも私の常識とこっちの常識に差があるみたい。
「ん〜(ふーん)」
頷いてからあくびを噛み締める。
その様子に気づいたエイミーが私を抱き上げるとそのままゆらりゆらりと眠りについた。
そんな毎日を繰り返していたある日の夜。
頬に何かがあたる。
「んー」
頬をポリポリとかいてみるがそこには何もない。
もうひと眠りしようと意識を沈めようとするが今度はしっかりと頬をつままれる。
「んぎゃあ!(なによ!)」
暗闇の中私を見下ろす大きな碧い瞳。
月のあかりに照らされた黄金の髪。
私を見下ろしていたのは兄のブルーノだった。
私を見つめる瞳は潤み、頬は赤く、口は三日月のようににんまりと笑っている。
私はこの表情を知っている・・・新しい玩具を見つけたときの子供のそれだ。
「アイリーン、だっこしてあげる」
私の脇に手を差し入れられ、浮遊感が私を襲う。
無理だ、4歳児に私の抱っこは無理だ!
「んぎゃああああ!(やめてえええ!)」
身の危険を感じた私の口からはこの世界に生まれ落ちて最大の声が出た。
ガタッ
私の部屋の隣で待機していたエイミーが出したであろう音と、私を抱き上げようとしたブルーノが驚き私をベッドの柵に落とした音は同時に響いた。
私の体は重力に従い足下からベッドに落ち、その際柵に額を強かに打ち付けた。
「おぎゃあ!おんぎゃあああ!(痛い!いたあああい!」
最初に私の部屋に飛び込んできたのは侍女のエイミーだった。
お仕着せ姿で私に近づき私を抱き上げるとあやすように揺れる。
呆然と私を見ていたブルーノの瞳はしだいに潤んでいき、私の鳴き声と同調するように泣き始めた。
「うわーん」
「おぎゃあー」
私たちが泣いている間に護衛と執事が部屋へと入ってきた。
「何事だ!」
蝋燭で部屋が照らされ、泣きわめく私とブルーノ、それからふたりを抱きしめてあやすエイミーの姿が照らし出される。
私を抱きしめるエイミーのお仕着せが赤く染まっており、赤く・・・染まってる!?
思わず痛みも忘れ、エイミーのお仕着せを凝視する。
そんな私の視線を訝しく思い、エイミーも自分のお仕着せが汚れている事に気付くとバッと私を引き剥がした。
「お嬢様!!!」
悲鳴のような叫び声がエイミーの喉から発せられ、いつもの無表情は焦りの表情へと変わった。
そしてエイミーの叫び声と共に扉から飛び込んで来た金髪の美丈夫
「アイリーン!!!」
父は私を見ると顔を真っ青にし飛びかからんばかりの勢いでエイミーから私を取り上げた。
「なんて事だ!!アイリーンの美しい額に傷が!」
「旦那様、落ち着いてくださいませ」
焦りまくる父を見て周りが幾分落ち着きを取り戻したのか、白髪混じりの執事が父を宥めながら近づいてきた。
額をハンカチで押え止血をはじめる。
まともな人が少しでもいて助かった・・・
額の傷は少しの怪我でも出血が酷くなりやすい。
自分で傷の様子は見れないが意識もはっきりしているし跡にはなってもたいしたことは無いだろう。
「アイリーン!ブルーノ!」
少し落ち着きを取り戻した部屋に母が慌てて入ってきた。
「奥様、お嬢様は額を打ち付けたようで、出血なされています。」
「まぁ!アイリーン、痛かったわね・・・もう大丈夫よ」
母は駆け足で私にかけよると、エイミーから私を受け取り、額に手を添えると呪文を唱え始めた。
「・・・光の神ウラノーメンよ、癒しを与えたまえ」
母が唱え始めた途端、掌から淡い太陽のような光が溢れたかと思うと、温かい光に包まれ、私の額の痛みが一瞬で消え去った。
なに・・・これ・・・
魔法・・・??
額の痛みと共に、考えようとした私の意識も一緒に消え去った。