ぐしゃぐしゃ
口の中に残る感触に顔を顰めた。
「なに、今の」
「キス」
目の前で事も無げに答えられ、即座に顔を背け手の甲で唇を拭った。
「ひどいな」
傷付いたような顔をされ罪悪感が湧きそうになるけれど、それがこいつの常套手段だということを思い出す。
「ねえ、」
遠慮がちに、そう思えるようにそっと、唇を拭っていた手が取られた。
「好きだよ」
「うるさい」
幾度目かの言葉に、それだけを返す。
「本当だよ」
二枚舌じゃなかったでしょ、と、先程口先だけだと言った結果舌を入れてきたそいつは、首を傾げて見せた。自分の発言を後悔しながら、口内の違和感ごと吐き捨てるように言う。
「黙れ舌先三寸」
掴まれた手を振り解こうとするが、さして力が入っているようには見えない手は外れない。
「離してよ」
「いやだ」
大した抵抗もできないまま引き寄せられ、抱き締められる。逃れようとしても、背中に回された腕はびくともしない。
「離して」
「好きだよ」
使い古しの言葉が耳元で囁かれた。
「信じてよ」
飽きる程聞いた言葉が。
「愛してる」
強張った身体を宥めるようにやわらかに囁かれる。
「本当だよ、おれは、きみが」
嘆願するような声に、目を閉じた。数秒、躊躇う。それでも結局私は身を預けた。動かせる範囲で手を動かして、相手の服の裾を掴む。
「知ってる」
その愛の言葉が嘘ではないことも。
「……知ってるよ」
下の根も乾かぬ内に、他の誰かにも同じことを言っているのも。
「だから、黙ってて」
嘘ではないというだけで、絆されてしまう自分のことも。
愚者×愚者