2-2 船
海流に乗って安全に航海できる海路がある。定期的に船が通っており、それに乗って他の島や大陸に行くことができるのだ。
吹き付ける潮風を浴びながら、轍夜とリィラは海を眺めていた。船の上である。
この船は、西の大陸から東の大陸に向かって、途中の島に停泊しながら運航している。
陽光を反射しキラキラと輝く海面からは、時折何かが顔をのぞかせる。海に住む種族だ。
「ねえ、あなた魔術師?」
唐突に声がかけられた。振り向くと、30歳前後の女が立っている。
「はい。魔術師のリィラです」
「私はコロンノ。魔術師よ」
握手を交わす2人を見ながら、轍夜は言った。
「あんたは杖持ってねーんだな」
コロンノは驚いて轍夜を見た。
「何あなた。どういう意味?」
「へ?」
険悪な空気を出すコロンノ。言われたことの意味を理解できない轍夜。
リィラは少し考え、轍夜に尋ねる。
「もしかして、魔術師は杖で魔法を使うと思っているのですか?」
「え、ちげーの?」
「違います。普通は呪文を唱えて使うものなのです。この杖は呪具だと話したでしょう?」
「どーゆー呪具かは聞いてねーし」
轍夜はすねたように反論した。
「この杖の能力は、主に2つ。詠唱不要と魔力貯蔵です」
リィラの説明を聞き、コロンノは目を丸くした。
「魔力貯蔵は予想がついたけど、そのうえ詠唱不要? とんでもない呪具ね」
コロンノがリィラに話しかけたのは、杖に宿った膨大な魔力に興味をひかれたからである。
「しまっておいた方が良いんじゃない? 目立つわよ」
「念のためです。いざという時、すぐに対処できるように」
「それは分かるけどね。盗られても知らないわよ?」
溜息を吐きながら、コロンノは言う。
「凄腕の呪具泥棒がいるらしいのよ。私はそれを追ってるの。お気に入りの呪具を盗られたから、取り返したくてね」
「呪具泥棒……」
リィラは呟き、はっとする。
「まさか、例の魔術師が……」
「心当たりがあるの⁉」
コロンノは勢い込んで尋ねた。
「実は、わたくしは呪いを使える魔術師を追っています。その者は、ある国の王から呪具を盗んで逃げたそうなのです」
「呪術師か……同一人物だと厄介ね」
「呪術師? 魔術師じゃねーの?」
割って入って尋ねた轍夜に、リィラが説明する。
「呪いを使える魔術師は希少な存在なので、畏怖をこめて呪術師と呼ばれることがあるのです」
因みに、回復魔法を使える魔術師も希少である。そちらは治癒師とも呼ばれる。
「あなたは呪術師とは呼ばないのね」
コロンノは不思議そうに言った。リィラは頷く。
「恐れているみたいで嫌なのです」
「はははっ、面白いこと言うわね。呪術師を恐れてないみたいじゃない」
「はい。全く恐ろしくありません」
「……まあ、そうよね。そんな凄い呪具があったら、普通の魔術師だろうと呪術師だろうと関係無く、あなたにとっては雑魚よね」
コロンノは嘆息した。リィラは心外そうな顔をする。
「雑魚だなんて思っていません。わたくしが使える魔法は、あまり多くありませんので」
杖の真価を発揮できていないのだ。それでも充分便利な代物である。
話を聞いていた轍夜は、よく分からないながらも疑問を呈した。
「呪いが使えるってだけで、そんなに恐ろしいもんなのか?」
「……あなた、何も知らないのね」
コロンノは呆れたように言った。
「何でリィラはこんな馬鹿そうな子と一緒にいるの?」
「それは、わたくしがこの人の妻だからです」
「嘘……信じられないわ」
コロンノが目を丸くした。それを面白く思いながら、リィラは言う。
「本当ですよ。新婚旅行中なのです」
「あら、そうだったの……邪魔しちゃったかしら」
「構いませんよ。ね、テツヤ」
「おう」
気持ちの良い即答だった。人好きのする笑みを浮かべている。コロンノは、轍夜を馬鹿にしたことに謎の罪悪感を覚えてしまった。
「さきほどの質問の答えですが、呪いそのものが恐れられているのではありません。呪いというのは、適性の他に、莫大な魔力と膨大な魔法の知識を要します。その魔力量と知識量が恐れられているのです」
「へー。じゃあ、すげーやつなんだな」
「ところで、聞いて良い? その杖、どうやって手に入れたの?」
コロンノは話題を杖に戻す。
「この杖は師匠から譲り受けたものなのです」
「師匠がいたの? 珍しいわね。どんな人?」
「優しい老婦人でした。己の死期を悟り、杖の継承者を探していたそうです」
「で、リィラが選ばれたって訳ね? ちょっと羨ましいわ」
そんな話をしているうちに、目的の島に着いた。
「わたくしたちはここで降ります」
「私は東の大陸まで行くから、ここでお別れね。話せて楽しかったわ」
「わたくしも、楽しかったです」
「オレも!」
3人は笑顔で手を振りあった。