2-1 襲撃
「新婚旅行⁉」
轍夜は驚きの声を上げた。
「はい。3年も経って今更、と思うかもしれませんが……」
リィラは大真面目な顔で言う。
ペトアモスに書面を送って仕事がひと段落したところで、リィラは轍夜に話を持ちかけたのだ。新婚旅行をしたい、と。
「いや、今更とかは思わねーけどさ」
轍夜は単に驚いただけだ。この世界には新婚旅行というものが無いのだと、勝手に思っていた。
「いきなりだなーって」
「それはそうなのですが……正直に言うと、忘れていたのです」
リィラは申し訳なさそうに言った。妖精王女のことや戦争のことで頭がいっぱいだったのだ。
「場所はわたくしが選んでも良いでしょうか」
「そりゃ、もちろん」
轍夜は即答した。何せ、この世界の地理を全く知らない。
「では、行きましょうか。荷物は準備できていますので」
「え、どこ?」
荷物。リィラの手に握られているのは、いつもの杖だけ。他には何も持っていない。
「異空間にしまってあります」
「えーっと、アイテムボックスみてーなやつ?」
「……? そのたとえはよく分かりませんが……こんな風に取り出せます」
杖が光り、眼前の空間に小さな歪みが生じた。そこから旅行鞄が現れる。
「おぉー、やっぱアイテムボックスだ」
轍夜は感嘆の声をあげたが、リィラは不思議そうな顔をする。
「簡単な魔法ですよ。魔術師なら誰でも使えると思います」
「へー、いいなー。オレも魔法使ってみてー」
「あなたは魔力が無いので無理です」
リィラは断言してから、城の扉へ歩き始めた。
「それで、どこ行くんだ?」
轍夜はついて行きながら尋ねる。
「まずは獣人の国に……」
リィラは扉に手をかけながら答え、そのまま固まった。
「……」
「どーした?」
轍夜の問いかけにも答えず、真剣な眼差しで取っ手を見つめている。
流れる沈黙。
「……リィラ?」
再び轍夜が声をかけた時、ようやくリィラは口を開いた。
「妖精の国に、翼人が攻めてくるそうです。対処しなければなりません」
妖精からの念話で知らされたのだ。翼人は1刻ほどでこの島に来る。
「新婚旅行はその後ですね……」
リィラは溜息を吐いた。兵を出すまでもない。2人でさっさと片付けてしまおう。
情報通り、翼人が島にやって来た。
「来ましたね」
リィラが呟くと、轍夜は怪訝そうな顔で
「どこ?」
と尋ねた。
「あそこです」
「……何もいねーけど」
「見えていないのですか?」
話がかみ合わない。少しして、
「あ、あの点? あれが翼人?」
轍夜が遠くの空を指さして言った。
「そうです。……点にしか見えないのですか?」
「オレ視力良いんだけどなー」
轍夜は不満そうに呟いた。あの点の姿をはっきり捉えるとは、なんという並外れた視力をしているのか。
「わたくしの視力は平均的なはずなのですが……」
「まじで? それで平均的ってヤバすぎじゃね?」
「そう言われましても……それよりテツヤ、わたくしの前に短剣を50本出してください」
「50本も?」
そんなに出して何をするつもりなのだろう。轍夜は不思議に思いつつも、言われた通りイメージした。
リィラの前に短剣が出現。全ての短剣は浮き上がっていた。リィラの魔法によって。
刃先は全て空を向いている。翼人のいる方向を。
翼人はぐんぐん島に接近し、轍夜にも姿がはっきり見えるようになった。人間の子供のような体格。腕の代わりに茶色い翼が生えている。数は40体ほど。
浮かんでいた短剣が猛スピードで翼人に殺到。過たず翼人たちの体に突き刺さる。リィラが魔法で飛ばしたのだ。
緑色の血しぶきが舞い、青い空を汚す。あっさり命を奪われた翼人たちは海上に落下していった。
瞬殺。この2文字がピタリと当てはまるような、目にもとまらぬ早業であった。
「さて、今度こそ新婚旅行に出発しましょう」
何事もなかったように、リィラは微笑んで言った。