1-7 剣士の腕輪
3日後、人間とエルフの兵たちは北に向かって歩き始めた。もう一つの人間の国がある、北へ。
ゆっくりと、雑談しながらである。これから戦争だとは思えない、のんびりとした空気が流れていた。
「魔法で行けばいいのに」
轍夜がぼやくと、リィラは首を横に振った。
「この数を転移させることは出来ません」
それもあり、遠征するには食糧不足だった。だが、蘇生能力で生き返った兵士なら食糧を必要としない。だからこそ、こうして攻め込みに行けるのだ。
そうして歩くこと4日。もう一つの人間の国にたどり着いた。
動きを察知していたのだろう。もう一つの人間の国の兵士たちが、街を背に待ち構えていた。同盟軍を見るや、武器を手に向かってくる。
リィラは杖を構えた。杖の先が光った途端、敵兵たちの足元から氷の柱がそそり立つ。何人もの敵兵が氷柱に貫かれた。10本以上の氷柱が、5階建ての建造物を越す高さまで伸びている。その上に、人の頭ほどの大きさの岩石が降り落ちた。氷を破壊しながら巨大化し、敵兵を押し潰す。
一瞬で敵兵を何十人も亡き者にした。士気が一気に上がる。
「行きますよ」
作戦は単純。兵士同士が戦っている間に、轍夜とリィラが王を討つ。王は戦場へ出てきていない。それならば、城に乗り込む。
リィラの魔法であっさりと城下街へ侵入した。轍夜はきょろきょろと街並みを見渡す。自分の治める国よりも、人でにぎわい、店も多く、どこか豪華に感じた。
「発展してるなー」
「よそ見せず、走ってください」
リィラにとがめられ、轍夜は城へ走った。リィラはその後ろをついて走る。
「何奴⁉」
城の門を守る兵士が、駆けてくる2人を認めて警戒をあらわにした。
「そのまま走り抜けてください!」
リィラは轍夜に指示しながら、魔法を放つ。城の門扉が兵士ごと吹き飛んだ。
轍夜は唖然としながら走り、城に入った。そこは謁見の間であった。
王は、悠然と座っていた。
「たった2人で攻め込んで来るとは、笑止千万。噂は聞いたぞ、若き王よ。異世界から来たそうだな」
「おっさんがこの国の王か?」
「いかにも。余はペトアモス」
おっさん呼ばわりを華麗にスルーし、王は名乗った。
「オレは轍夜だ!」
「そうか。テツヤよ、そろそろ余も戦場へ向かおうと思っていたところだ。そちらから出向いてくれて、手間が省けたぞ」
ペトアモスは座ったまま、轍夜とリィラを眺める。そして、
「結婚したと聞いたが、そこに愛はあるのか?」
揶揄するような言葉を投げた。王を擁立するためだけの結婚。轍夜は利用されただけなのではないか。そこを突き崩して関係を破綻させてやろうと目論んでいた。轍夜が裏切りこちらに付けば、戦わずして勝利だ。
それに対し、轍夜は
「あたりめーだ! オレはリィラを愛してる!」
はっきりきっぱり大声で言い放った。
「っ……」
リィラは頬を赤らめ、恥ずかしそうに顔を背ける。
追い討ちのように轍夜は自慢した。
「リィラは可愛くて強くて色々スゲー最高の嫁だ!」
それを聞いたリィラは耳まで真っ赤にして口をパクパクさせている。ペトアモスは呆気にとられた。
「……結婚したのは3年前であろう?」
それなのに、新婚かバカップルのようではないか。
リィラは弁明する。
「すみません、慣れなくて……」
「ああ、うん、謝らなくて良いぞ……」
調子狂うなあ、と思いながらペトアモスは言った。一つ咳払いをし、
「攻め込んできた理由を教えてもらおうか」
轍夜を見て問いかけた。
「理由? えーっと……何だっけ」
「妖精の国の王女に呪いをかけた魔術師が、この国にいるはずだからです」
リィラが代わりに答えた。
「ああ、あの呪術師な……」
ペトアモスは納得したように頷いた。
「あやつ、何日か前に逃げおったぞ」
リィラは目を丸くした。
「あなたに仕えていたのではないのですか⁉ 主を置いて逃げるなど……」
「仕えてくれていると思っておったのだがな……」
はぁ、と溜息を吐き、ペトアモスは話す。
「どうやら余の呪具が目当てだったようだ。この腕輪を除いて全て盗られてしまった」
「……被害者ぶるつもりですか?」
リィラは厳しく言いながらも、戸惑っていた。王が魔術師に命じたものだとばかり思っていたからだ。これでは、勘違いで攻め込んだようなものではないか。
「軟弱者や女と戦うのは気乗りせん。だが、攻めて来た以上は仕方あるまい。叩き斬ってやろう」
ペトアモスはゆっくりと立ち上がり、轍夜を見据える。
その視線を遮るように、リィラは轍夜の前に出て杖を構えた。直後。
横から叩きつけるような一閃がリィラへ迫る。轍夜は全く反応できず、後ろで見ているだけだった。いや、剣筋が見えてすらいなかった。
「ふっ」
「何っ⁉」
ペトアモスの剣を、リィラは杖で受け流した。くるりと杖を回し、ペトアモスの体勢を崩す。
「舐めないでもらえますか。武術の心得くらいありますよ?」
リィラは杖を槍のように構え、挑発的な笑みを浮かべた。
「……魔術師のはずでは?」
「その前に王族です」
「余の立場は⁉」
ペトアモスとて、当然のことながら王族である。しかし、武術は特に修めず、呪具を使って戦ってきた。
剣と杖が幾度もぶつかり合う。普通に受ければ杖が折れそうなものだが、リィラの巧みな杖さばきはそれを許さない。
轍夜は見惚れていた。可憐で苛烈な、リィラの戦う様を。
「呪具に頼った剣技など、恐るるに足りません!」
リィラはペトアモスとの体格差をもろともせずに、剣を絡めとって弾き飛ばした。
「さては、魔法で強化しておるな?」
「そう思いますか? 互いに呪具無しで戦っても良いのですよ?」
「……遠慮しておく」
ペトアモスは諦めたように答えた。呪具無しだと尚更勝ち目がない。
「降伏は可能かな?」
「……テツヤ、どうします?」
「良いんじゃねーの」
轍夜はあっけらかんと言った。
「分かりました。降伏を受け入れます」
リィラは言って、転移魔法を使った。戦場が見渡せる位置で、ペトアモスが降伏を宣言する。
「この戦は勝てぬ。よって我が国は降伏する!」
「受け入れる、と言ってください」
リィラは轍夜にささやいた。
「受け入れる!」
言われた通りにした轍夜の宣言に、兵士たちがざわめく。特にエルフは激しく困惑した。
「事情は後で話します」
リィラはエルフたちに約束し、再び転移魔法を使う。ペトアモスの城に戻った。
「では、ペトアモス。剣士の腕輪をテツヤに渡してください。そして、あなたはわたくしの家臣となってください。ここの統治はあなたに任せます」
「良いのか?」
ペトアモスは目を丸くして聞き返した。リィラは微笑む。
「ええ。わたくしたちにとって有利になるよう、上手くやってくださいね。妙なことをすれば即座に殺しますので、変な気を起こさないように。細かいことは後日、書面で送ります。では、わたくしはエルフたちに事情を話してきますね」
その淀みない言葉に、ペトアモスは苦笑した。
「うむ。……なるべく早く撤退してくれると助かる」
エルフは危険だ。何かのきっかけで、誰彼構わず人間に襲い掛かる。そんな種族と同盟を結ぶ気がしれない。
リィラはまた転移魔法を使って、戦場となっていた場所に戻った。エルフたちに経緯を話し、ペトアモスの無実を主張する。
「例の魔術師は、この国から逃げたそうです。しばらくの間、周辺の島を巡って捜してみるつもりなのですが……」
「しかし、ペトアモスがその魔術師を飼っていたのは事実ですよね。殺すべきですよ」
エルフ王子が不満そうに言った。リィラは首を横に振る。
「彼には利用価値があります」
それに、武器を交えて感じたのだ。ペトアモスは、呪いを良しとしていない。妖精王女に呪いをかけたのは、魔術師の独断だ、と。
ペトアモスの所に取り残された轍夜は、剣士の腕輪を受け取った。
「へー、これが」
嬉し気な声をあげ、腕に付けようとする。
「あれ、スポスポなんだけど」
「魔力を流せばぴったりの大きさになるぞ」
ペトアモスは教えたが、轍夜を改めて見て、眉根を寄せる。
「テツヤは魔力を全く持たぬのか」
「知らねーけど」
「異世界から来ておるのだから、無理もないか」
嘆息し、ペトアモスは轍夜の腕を取り腕輪を握った。微量の魔力が流れ込み、腕輪が縮んでフィットする。
「おぉー。ありがとな、おっさん!」
「気にするな。試しに剣を振ってみるが良い。驚くぞ」
「よーし」
轍夜は剣をするりと引き抜き、虚空を切り裂いた。
「うお、まじスゲー!」
自分でも見えないような素早い一閃。はしゃいでいると、リィラが戻って来た。
「子供じゃないのですから……」
轍夜の様子を見て、呆れたように声をかける。
「良いではないか」
ペトアモスはカラカラと笑って言った。
「……随分と、テツヤに対して甘いのですね」
「余の息子と同じ歳くらいなもので、つい、な」
「あ……」
リィラは息を呑んだ。情報は耳にしていたのだ。ペトアモスは長男を亡くしていると。ただ、妾の産んだ息子がおり、王不在で国が滅びるという間抜けな事態は起こり得なかった。
「そう暗い顔をするでない。もともと体の弱い子だったのだ」
ペトアモスは呟いた。仕方のないことだと言うように。自らを納得させるように。
「……テツヤ、そろそろ帰りましょう」
何とも言えない表情で、リィラは呼びかける。轍夜は剣を鞘に戻し、リィラの側へ行った。
「またな、おっさん!」
人懐っこい笑みで手を振り、轍夜はリィラとともに城を出た。