1-6 2振りの剣
2日後、1人の男が城にやって来た。凄まじい美貌のその男は、エルフの国の第二王子であった。
「供もつけずに1人でいらっしゃるとは……」
リィラは呆れたように呟いた。エルフ王子は恐縮しつつ、
「我が婚約者の命を救っていただいたので……我々は、あなた方を疑い攻撃したのに……」
頭を下げて言った。
「仕方のないことです。あと、彼女の命を救ったのは、王であるテツヤですよ」
リィラの言葉に、エルフ王子はますます身を縮こまらせる。そして、リィラの隣に立つ轍夜に向かって再び頭を下げた。
「失礼いたしました……本当に、ありがとうございます」
「いやいや。それより、婚約者ってのが驚きなんだけど」
「我々……エルフと妖精は、王族同士が婚儀を結ぶことで国の仲を保ってきました……」
エルフ王子は敵以外の人間と話すのが初めてだった。緊張してしまい、何を話せばいいのか分からなくなってくる。
リィラは、エルフ王子の背負った荷物を見て、
「それは?」
と尋ねた。
「あ、これは献上品です。誤解の詫びと同盟の証として持って参りました」
本題に入れたことに安堵しながら、エルフ王子は荷ほどきした。中から現れたのは、2本の剣。黒き刃の長剣と、凝った意匠の短剣だ。光を反射した刃が、長剣は青く、短剣は紫に輝いている。
リィラは驚嘆の声をあげた。
「見事な剣ですね。どのような品ですか?」
「我が国はかつて、ドワーフの国に攻め込まれました。それを返り討ちにした際、得た剣です」
エルフ王子は説明する。
「短剣はいくつでも複製でき、長剣は所持者を炎から守ります」
その説明だけでは、効果がよく分からなかった。
「テツヤ、使ってみてください」
「オレ⁉」
「何を驚いているのですか……あなたが持つことになるのですよ?」
リィラは呆れたように言う。
「まず、短剣を複製してみてください」
「どうやって?」
轍夜は困惑した。エルフ王子に
「とりあえず持ってください」
と言われるがまま短剣を手に取り、大雑把にイメージする。短剣が増える様を。
すると。
短剣が大量に降ってきた。手に持つものと全く同じ短剣が。
「うわわわわわ」
轍夜の慌てた声をかき消すように、床とぶつかり、けたたましい音を鳴り響かせる。
「どうなっているのですか?」
リィラは剣呑な表情で尋ねた。防御魔法を使ったおかげで3人とも無傷である。しかし、短剣の山に腰まで埋もれている。
エルフ王子は大慌てで弁明しようと口を開いた。
「た、多分、もっと繊細なイメージが必要なのです。何本、とか、どこに、とか」
「そうですか……テツヤ、それをふまえてもう一度やってみてください」
「そんなこと言われても」
轍夜は困った。すかさずリィラが
「3本、わたくしの後ろに」
具体的に指示を出す。
「よーし……」
言われた通り、轍夜はイメージした。短剣が3本、リィラの後ろに降り落ちる。
「成功ですね」
短剣の山から抜け出ながら、リィラは言った。大量の短剣は兵士たちに持たせればいいだろうと考えながら。
そして、長剣を指さす。
「ではテツヤ、その剣を持ってください」
「あ、待ってください」
エルフ王子は制止をかけた。
「炎から守る効果を得るには、持つ角度が重要です。このくらいから、この辺りまでです」
実際に剣を持ち示し、轍夜に手渡す。
「こうか?」
構える轍夜の手を、リィラは握る。角度を修正するために。
「もう少し、こうです」
それから手を離し、杖を構えた。
「では、いきますよ。動かないでくださいね」
「へ⁉」
轍夜が困惑の声をあげるのを無視して、リィラは杖から魔法を放つ。火炎が轍夜を包み込み、舐めるように荒れ狂った。
「容赦ないですね……」
エルフ王子が呆気に取られて呟いた。リィラは心外そうに
「念のため防御魔法をかけてあります」
と言った。
炎が収まり、轍夜の姿が現れる。防御魔法に損傷は無い。剣の効果は確かなようだ。
「テツヤ。その角度、ちゃんと覚えておいてくださいね」
「えー、無理。てか、これ重い! 腕つりそう」
「……剣士の腕輪を得れば、出来るようになるでしょう」
リィラは希望的観測で言って、嘆息した。
「これで同盟は成りました。3日後、わたくしたちはもう一つの人間の国へ侵攻します」
「心得ました。我々も3日後に」
エルフ王子はそう言って、城から出て行った。
リィラはそれを見送った後、
「さて……」
轍夜に向き直る。
「その2振りの剣に継承魔法をかけておきましょうか」
「何それ?」
「所有者しか使えない、所有者の血を引く者にしか所有権を譲渡できない、所有者が死ぬと消滅する、という効果を武器に付与する魔法です。あなたを最初の所有者として」
「わざわざそんな、ややこしいことしなくても」
楽観視した轍夜の言葉に、リィラは嘆息する。
「戦場に出れば、奪われる危険があります。特殊な剣ですから」
「じゃあ置いて行こうぜ」
「そういう話ではありません。特殊な武器や呪具を身につけるのは、王のたしなみなのです」
リィラは言いながら、さっさと継承魔法を使った。
「でもさー、そんな魔法あるんなら、皆使ってるんじゃねーの?」
「この魔法は、わたくしが師匠から直接教わったものです。一般的に知られているものではありません。ですから、他の誰も継承魔法など使っていないと考えてもらって大丈夫ですよ」
「へー……」
「因みに、この杖は呪具の一種なので継承魔法はかけていません。継承魔法をかけられるのは武器だけですから」
それを聞き、轍夜は首を傾げた。
「剣よりさ、その杖の方が目立つよな?」
「そうですね」
「そっちの方が狙われそうじゃね?」
「問題ありません。狙ってきたら返り討ちです」
自信たっぷりにリィラは言った。