1-5 妖精の国
「……そろそろ動きましょう」
実験が終わってから数日経ったある日、リィラは言った。轍夜は不思議そうな顔をしている。
「丁度、仕事がひと段落したので……今から妖精の国へ行きます」
「妖精の国?」
轍夜はすっかり忘れていた。エルフの国との戦争のことも、妖精王女にかけられた呪いのことも。
リィラは改めて言った。
「妖精の国の王女様を助ければ、エルフの国との戦争を回避できます。それにはテツヤ、あなたの力が必要なのです」
「よく分からねーけど、何でもするぜ」
轍夜は安請け合いした。
「では、参りましょう」
リィラが言って、杖を構えた。妖精の国に行くために。
杖が強く輝く。轍夜は眩しさに目を覆った。
光が収まり目を開けると、緑が飛び込んできた。木々が生い茂り、地面は背丈の低い草に覆われている。森の中のようだ。
「何、何⁉」
何が起こったのか分からず、轍夜は混乱の声をあげた。リィラが説明する。
「転移魔法を使いました。ここは妖精の国です」
「マジで⁉ すげー!」
はしゃいだ声を出す轍夜に、
「静かにしてください、ここで見つかるのはまずいです」
リィラは渋面を浮かべて言った。轍夜は慌てて口をつぐんだ。
しばらく森の中を歩いた2人は、開けた場所に出た。
ちらちらと降る雪のように光が舞い踊り、大きな葉が空を覆う雲のように上空を埋め尽くしている。
それらを、澄んだ湖が鏡のように映す。ほとりには小屋があった。
「王女様、いらっしゃいますか」
リィラが小屋の前で声をかけた。
小屋の扉が開く。中から小さな少女が出てきた。手のひらほどの大きさで、背中に羽が生えている。妖精だ。
「……! リィラ様!」
妖精が驚いた声をあげた。パタパタと羽をはためかせ、リィラの手の上に乗る。
「知り合い?」
轍夜が尋ねると、リィラは
「唯一の友です」
と答えた。それから、妖精王女をじっと見つめ、口を開く。
「王女様、呪いを解くために一度死んでいただけますか?」
「何言ってんだ⁉」
思わず口を出した轍夜を、リィラは不思議そうに見る。
「言ったではありませんか。あなたの力……蘇生能力が必要だと」
「リィラ様、疑うわけではないのだけれど、説明してくださる?」
妖精王女が困ったような顔で頼んだ。
「……という訳です」
リィラは妖精王女に、蘇生能力について話した。人間以外の種族にも効果があるのだから、妖精にも当然効果はあるだろう、ということを含めて。
「呪いは死をもって成就する……つまり、一度死んで生き返れば、解呪できたと同じこと。私は王女様に、長生きしてもらいたいのです」
リィラの言葉を聞きながら、妖精王女は轍夜を見た。品定めをするように、じっと。
「……良い人のようですわね」
妖精王女は呟いて、一つ溜息を吐いた。そして微笑み、
「この命、預けますわ」
言いながら、両腕を掲げる。光の粒が体から溢れた。煌めきながら腕を伝って上へ、上へ。
光が収まった時、妖精王女は息絶えていた。
轍夜は幻想的な美しさに見とれていた。しかし、
「テツヤ」
リィラのとがめるような声で我に返る。すぐに蘇生能力を使った。
妖精王女の羽がピクリと動く。
「王女様」
リィラは呼びかけた。その声は安堵に満ちている。
「……リィラ様。テツヤ様も、ありがとうございます」
妖精王女は礼を言い、軽やかに宙を飛んだ。
「お父様に話してきますわ」
言うや否や、どこかへ飛んでいく。
「帰りましょう」
満足そうにリィラは言い、転移魔法を発動した。次の瞬間には城の中へ戻っている。
「え、あれで終わり?」
目を瞬かせる轍夜に、リィラは微笑んで言う。
「王女様は、この国とエルフの国の状況を知っていますから。上手く取り計らってくれますよ」
妖精の国の王がエルフの国の王に親書を送るはずだ。この国の王が妖精王女の命を救ったと。呪いをかけた魔術師がいるのは、もう一つの人間の国に違いないと。
そうなれば、もうエルフの国にこの国を攻撃する理由は無い。むしろ同盟を結びたがるだろう。もう一つの人間の国を滅ぼすために。
リィラは、友の命を奪おうとした魔術師を見つけ出して殺すつもりである。3年前はその役割をエルフに譲るつもりであったが、状況の変化と共に気が変わった。
「わたくしが、必ず倒します」
「へ? 何を?」
唐突な宣言に困惑する轍夜を見て、リィラは微笑む。
「無論、呪いを使える魔術師を、です」
「呪いって、魔法とは違うんだっけ? ってか、魔術師なのに魔法を使うのか? 魔術じゃなくて」
「呪いは魔法の一種ですよ。……魔法と魔術は同じ単語の活用違いなのですが……違う言葉に聞こえているのですか?」
「うん。似た意味……いや、同じ意味? だけど」
「そんなこともあるのですね」
リィラは不思議そうに呟いた。