6-5 決戦Ⅰ
神剣が空を切る。
「っ⁉」
そこに暗殺者の姿は無い。確実に捉えたはずなのに。
「どこだ⁉」
ぐるりと見渡すが、いない。困惑する轍夜の体を、雑に強くなる呪具が動かした。
「へえ、分かるのか」
感心したような声。轍夜の後ろから剣を振るい、阻まれた暗殺者が発したものだ。下半身が地面にずぶりと沈んでいる。
「じゃあ、小細工は無しだ」
地面から飛び出るや否や、轍夜へ剣を突き出した。一度の突きに見えたそれは、何十回もの刺突となって轍夜を襲う。
「うわ⁉」
轍夜は後ろに跳び退り、暗殺者の剣を逃れた。普通の跳躍では出せない距離。暗殺者との間が大きく開く。
「オレは! 早く! ここから出るんだ!」
言いながら、剣を振るう。放たれた斬撃が暗殺者に殺到。
暗殺者は避けもせず、悠然と笑った。そして――全ての斬撃が、逸れる。暗殺者の横を通って壁にぶつかり、かき消えた。
「何で!」
轍夜の顔に焦りが浮かぶ。雑に強くなる呪具の力は、鬼と戦った時と同様に発揮されている。だから、斬撃が当たらないなんて、そんなことがあるはず無いのだ。
暗殺者は嘆息した。
「俺も呪具を使ってるって言ってるだろ? そんなに早く出たいなら、本気で来いよ。……まあ、出るのは俺だけどな」
「言ってろ!」
一気に踏み込んだ轍夜は、金色の刃を閃かせる。ガッと鈍い音が鳴り、大剣に受け止められた。
雑に強くなる呪具が、「どっから出てきた」と戸惑いの声を上げる。大剣を隠しておくような場所など無いのに。いや……剣をしまっておくような呪具でも持っているのだろう。
両者は引かず、剣で押し合う。ぐぐぐ、と地面が軋み、足元が割れた。
「っらぁ!」
轍夜が押し勝ち、大剣ごと暗殺者を弾き飛ばす。暗殺者はくるりと宙返りし、着地。
「やっと本気を出したか」
と呟いて、笑みを浮かべた。
その時ようやく、雑に強くなる呪具は気付いた。調節して抑えているよりも大きな力を発揮してしまっていることに。「おい、出し過ぎだ!」と忠告するも、轍夜の意思は固く、揺るがない。早くここから出る、そのために暗殺者を殺す。その思いが昂って、雑に強くなる呪具の力を、否応無しに引き出していく。
暗殺者が踏み込んだ。轍夜も負けじと前に出る。
交わり続ける剣閃が、辺りに衝撃をまき散らす。誰かがその場にいたならば、その者は無事では済まない、それほどの衝撃。
2人の剣の応酬は、ついに音を置き去りにした。
轍夜が剣を振るうに合わせ、暗殺者も剣を出す。自在に剣を持ち換えて、防御と同時に攻撃も繰り出す。轍夜は防御しない。雑な強さは摂理を超えて、起こる事象を捻じ曲げる。斬られたはずでも斬られていない、刺されたはずでも刺されていない。まさに無敵であった。
「俺も……」
暗殺者がぽつりと呟く。
「そろそろ、切り札を出すか」
音速超えの剣戟の最中にあって、その顔には未だ余裕ある笑みが浮かんでいる。
直後、暗殺者が爆発した。
「は⁉」
意表を突かれ、轍夜の動きが止まる。そこに何かが絡みついた。地より生える、漆黒の腕。冷たいそれに触れられた所から、力が、感覚が、消えていく。
まずい、と雑に強くなる呪具は思った。
「さっきの攻防で勝てるつもりだったが、仕方ない」
どこからか声が響く。爆発四散したはずの、暗殺者の声が。
「これで終わりだ」
暗殺者は、いつの間にか轍夜の正面に立っていた。その顔に、先ほどまでの余裕は無い。苦しさを押し隠すような無表情で、じっと轍夜を見つめている。
轍夜は、頭がぼんやりとしていくのを感じた。霞がかかったように思いが失せ、全てがどうでもよくなっていく。
こうなっては、雑に強くなる呪具も力を出せない。
しかし。
神剣が輝きを放ち、頭にかかる霞を少し振り払った。
轍夜は声を振り絞り、吠える。
「ぅうおおあああああ!」
再び心に火を灯すべく。思いを滾らせるべく。
それに応じた呪具の力は、神剣を一際輝かせ、絡みつく腕を雲散霧消させた。
「……俺の負け、か」
暗殺者は膝をつき、苦笑する。
「先王を殺すのに使ったとっておきだったんだが……その剣とは相性が悪かったか」
轍夜は困惑して暗殺者を見つめる。
「オレの攻撃、当たってなかったよな? 何で死にそうになってるんだ?」
「代償付きの呪具だからな。分かるだろ、あんたなら」
「……」
暗殺者の言葉に対し、雑に強くなる呪具が「そういうことか」と呟いた。「だからこっちの力を上回ったのか。代償が、より大きいから」……そんな呪具の言葉を受けて、轍夜は暗殺者に問いかける。
「何を代償にしたんだ?」
「魂の半分。使うのは2回目だから、勝っても負けても、俺はここで終わり」
「これで終わりって、そーゆー意味だったのか……」
「まあ、楽しかったから良い。戦う相手が、あんたで良かった」
どこかほっとしたような、終われて良かったと言うような笑みを浮かべたまま、暗殺者は目を閉じる。そして、その魂は砕け散った。
異空間の壁が、ゆっくりと薄くなっていく。
「よっしゃー、やっと出れる」
やや棒読み気味で、轍夜は呟いた。どっと疲れが押し寄せてきたのだ。精神的な疲れである。
雑に強くなる呪具が言う。「こんなことが出来るのは、あと1回が限度だ。……いや、1回にも満たないかもしれない。もっと、細く長く使ってくれよ」と。
「ほーい」
なるだけ元気よく返事をする轍夜。ちゃんと理解しているのか、よく分かっていないのか……呪具には判別できなかった。




