6-2 不穏な気配
その日の夕食中に、ミューレは路地での出来事を話した。
「婚約者⁉」
家族全員が驚きの声を上げた。
轍夜は驚いているだけだったが、他はすぐに話し合いを始める。
「じゃあ、ぼくたち、魔術院に行って良いの?」
「気が変わる可能性もあると思いますが……その場合は、リムネロエを呼び戻せば良いだけですね」
「お姉さま、頑張ってね」
「もちろんよ。頑張って、彼が心変わりしないようにするわ」
「ふにゃー。ミューレ、なかなか凄いにゃー」
「明日にでも出立したいな」
「明日、ですか。随分と早急ですね」
リィラは少し寂しげに微笑んだ。リムネロエとヒュレアクラは顔を見合わせ、そして改めて言う。
「ぼくたちは、明日、西の大陸へ発ちます」
「分かりました。元気に頑張ってください。……連絡も、時々してくださいね」
「うん、もちろん」
とんとん拍子に話が進んでいく。轍夜は妙な心地になった。嬉しいような、寂しいような、よく分からない気持ちだ。
複雑な表情で黙っている轍夜の顔を、ケットシーがしっぽで叩く。
「にゃー。今生の別れって訳でもあるまいし、そんな顔するなにゃー」
「そうだよ、お父さま。応援してて。ぼくたち、凄い魔術師になってみせるから」
リムネロエの言葉に、轍夜は
「そうだなぁ」
と呟いた。
巣立つ息子にかけるべき言葉を考えるが、何と言っていいのか分からない。難しい顔で黙りこくってしまった。
リムネロエとヒュレアクラは、何だか可笑しくなって笑い声を上げる。
「ふふっ、お父さま、しんみりしてるの似合わないね」
「うるせー」
轍夜はすねたような声を上げた。
翌日。北の船着き場で双子は船を待つ。リィラと共に転移魔法で来た。
リィラは、仕事があるからと、さっさと帰ってしまった。一緒に船を待つ気はない、と。別れを惜しむ気持ちを断ち切るためでもあったのだろう。
船着き場の西には街が見える。ペトアモスの城がある街だ。
船は東から来るので、東を見ていれば良いのだが、どうしても街が気になった。
「何だろう、何か……」
「うん、何か……何だろう……」
2人は、街に感じた「何か」を言語化できずに困惑の表情を浮かべた。
確かめに行こうかと思った時、船が来てしまった。
「……大丈夫だよね?」
言いようのない不安を覚えつつ、2人は船に乗り込んだ。
ペトアモスは4人の男に告げる。
「お前はこっちの2人にお金を返すように。で、お前たちはこの2人にちゃんと謝ること」
「分かりました。ありがとうございます、王……じゃなかった、領主様」
4人の代表の男が言った。
ペトアモスは頷いて立ち去る。次の依頼主のもとへ行くために。
領民のもめごとの仲裁もペトアモスの仕事だ。街の外に住む者には城へ来てもらうが、街の者に依頼された場合は依頼主のもとへ出向く。それがペトアモスのやり方だった。
ふと、潮風に乗って声が聞こえた気がした。子供の悲鳴のような声が。
「む……?」
海を臨む街の北端は、子供たちの遊び場になっている。どうにも嫌な予感がし、ペトアモスは方向転換。北へ駆ける。
そうして街の北端に着いたペトアモスは、眼前の光景に息を呑んだ。
檻。捕らえられた子供たち。見たことの無い種族が2体。それに引きずられている子供。
「余の領地で何をしている!」
怒りの声をぶつけると、謎の種族は振り返った。その2体は、筋骨隆々とした体躯と恐ろしい形相をもつ男だ。子供を引きずっているのとは逆の手に、大きく先端へいくほど太い棒のような武器を握っている。
ペトアモスの姿を見た2体は、ニィと笑い、再び子供を引きずり始める。檻へ運んでいるのだ。容易く抱えることが出来るのにも関わらず、わざわざ引きずっている。
「何をしていると、言っておるのだ!」
ペトアモスは怒鳴りながら、1体の男に斬りかかった。背中ががら空きであったのだ。
ガキンッ
金属がぶつかる音。防がれた、とペトアモスが思った時には、その体が宙に浮いていた。棒で弾き飛ばされたのだ。
(なんという膂力……!)
空中で体勢を立て直し、着地。
2体の男は、ペトアモスに向き直る。そして、言葉を投げかけた。
「目的は子供だけだ」
「おっさんを食べても美味しくないからなァ」
「食べる、だと! もしや、食べるために子供を……!」
目を見開くペトアモスを、2体は嘲笑った。
「それ以外に何がある。後はコレを檻に入れるだけだ。そうしたら、元いた国に帰る。だから、さっさとどこかへ行け」
「さもないと、邪魔者と判断して殺すぞ」
棒を掲げ、脅すように振っている。そんな2体の様子を見て、ペトアモスは悟った。
(……勝てぬ、な)
降参を示すように手を振り、ペトアモスは後ろに1歩下がった。
2体は、それで良いとでも言うように頷き、子供を引きずり始める。
ビュッと短剣が宙を駆けた。
「……はんっ、馬鹿め」
「殺すと言ったよなァ?」
短剣を防いだ2体が、再びペトアモスを——短剣を投げてきた邪魔者を、見る。
(勝てぬとはいえ、見過ごすことも出来ん)
ペトアモスは冷や汗をかきながら、2体を見据えた。隙を突いたつもりだったが、あの反応。後ろに目でも付いているかのようだ。
(騒ぎに気付いた家臣たちが駆けつけて来る……というのを期待したいところだな)
だが、それは難しい。仮に家臣が来たとしても、勝てるわけではない。目の前の種族からは、何人でも何十人でもまとめてぶち殺しそうな圧を感じるのだ。
どうにか子供たちを逃がしたい。そのために出来るのは、時間稼ぎのみである。来るかどうかも分からない助けを待つ、無意味に終わるかもしれない、運任せの時間稼ぎ。家臣を呼びに行っては、その間に子供たちが連れ去られるのだから。
(運任せでも、このまま引き下がるよりはマシであろう!)
かかってこいとばかりに剣を構える。リィラに敗れたあの日から、剣の鍛練に励んでいた。おかげで、呪具などなくとも、家臣たちには勝てるくらいになった。
「意外と楽しめそうかもなァ」
「最初のは本気じゃなかったってか?」
2体は引きずっていた子供を放り投げ、棒を構えた。




