5-5 ウィルオウィスプⅠ
ケットシーに案内されるがまま、轍夜は街を歩いて行く。
街の外れまで来た時、体が勝手に剣を抜き放った。雑に強くなる呪具が危機を察知し、轍夜の体を強引に動かしたのだ。
カァンッと音がして、何かが弾かれる。
「え、何⁉」
驚いて声を出す轍夜の上で、ケットシーは鼻を動かす。
「上にゃー!」
「?」
轍夜が上を見ると、そこに浮かんでいるものがあった。ふわふわとした青白い物体。
「何あれ」
呟く轍夜を、その物体はしばらく睥睨し……怪訝そうに降り立った。
「オマエ、ボクが見えるんだな」
「は?」
「ボクは人間には見えない。そこのケットシーにも見えてはいないだろう」
物体は喋りながら、少年のような姿に擬態する。そして、轍夜の手を取った。指輪のはまった手を。
「なるほど、この呪具が原因か」
くすくすと笑い、手をはなす。
「にゃー? お前は何者にゃー?」
「ボクはウィルオウィスプ」
「なるほど、見えないわけにゃー」
ケットシーは納得した。ウィルオウィスプは精霊の一種である。精霊には人間に見えるものと見えないものがおり、ウィルオウィスプは後者だ。人間に見えない精霊はケットシーにも見えない。
「雑に強くなる呪具で見えるようになってるのかにゃー?」
ケットシーは一瞬、「テツヤは異世界人だから見えるのでは」と思ったが、〈死を招く蝶〉が大量発生した時のことを思い出して考えを否定する。あの時の嫌な臭いの発生源は精霊だった。それを、轍夜も見えていなかった。
「違うね」
ウィルオウィスプはからかうように言う。
「呪具で、じゃない。呪具に削られたせいで、だ」
「どういうことにゃー?」
「その指輪、人間として削れちゃいけない何かを削って力を発揮してるぞ」
「何かって何にゃー!」
嫌な感じがして、ケットシーは毛を逆立てる。
「さあ? ただ言えるのは、それが寿命や生命力の類なら早死にするし、精神力や意志力の類なら廃人化する。ボクが見えるってことは、そういう何かが既に結構削れてるってことだ」
「……!」
ケットシーは言葉を失った。ウィルオウィスプは少し考え、見解を述べる。
「ボクが攻撃した時、防いだだろ? あの時に、ちょっと削れたのを感じたよ。多分、寿命の類だね」
「でもさ、防がなかったらヤバかったんだろ?」
轍夜は雑に強くなる呪具を見つめて言った。呪具が答えるより早く、ウィルオウィスプが答える。
「そりゃそうさ。ボクを邪魔しに来たのを察知して、殺す気で攻撃したからね。いくらケットシーでも、精霊の殺意は分からないだろ?」
「にゃー……」
ケットシーはすっかり元気をなくした声で鳴いた。
「そっか」
手を掲げ、指輪を見つめて。轍夜は晴れやかに笑う。
「しょっちゅーサボってるのって、気遣ってくれてたのか。ありがとな!」
雑に強くなる呪具は、困惑したように震えた。「……恨まないのか。こんな代償を黙ってたんだぞ」と、戸惑うように言葉を流し込む。代償のことを黙っていたのは、捨てられることを恐れてだ。
「何で恨むんだよ。寿命くらい好きに削れば良いのに、わざわざサボって、オレに文句言われながら耐えてたんだろ? 感謝しかねーって」
その言葉に、呪具は「長く使ってもらいたいから。こんなに相性の良い使い手、そうそういない。頭空っぽで何も考えてなくて、呪具に身をゆだねるのに躊躇いが無いってところが、特に良い」と告げた。
「待つにゃー。テツヤ、何を言ってるにゃー。そんな楽観的に捉えられるものじゃないはずにゃー」
ケットシーは硬い声で言った。しかし、轍夜は動じない。
「だってさー、雑に強くなる呪具が無かったら、さっき死んでたかもしれねーじゃん」
「それは、そうだけどにゃー」
「だから、雑に強くなる呪具は、オレを長生きさせてくれてるってことだろ」
「……」
ぐうの音も出ない。ケットシーは、轍夜に論破されたのが、何だか悔しかった。
「あ、でもこの事リィラには言うなよ。絶対言うなよ。振りじゃねーからな?」
「……嫌にゃー」
「頼むよ。まじで言わねーでくれ。リィラがこのこと知ったら、使わせてくれなくなりそう」
そっぽを向くケットシーに、轍夜は懇願する。
「なー。頼むって」
「……にゃー! しまったにゃー!」
ケットシーは鼻を動かし、顔をしかめる。
「逃げられたにゃー。臭いも隠しやがったにゃー。……リィラに呪具の代償のことを言わない代わりに、ウィルオウィスプに関するみーの失態を黙っていてほしいにゃー」
「ほーい」
轍夜は笑ってケットシーをなでた。
「ふにゃー……ウィルオウィスプは逃げるために嘘を吐いたのかもしれないにゃー。本当だとしても、寿命の類と言っただけで、寿命とは言ってないにゃー。もしかしたら、全然大したことのない代償かもしれないにゃー」
ケットシーは、希望的観測で呟いた。そして指輪に目を向ける。
「呪具自体は、何を代償にしてるのか分かってないにゃー?」
呪具は答える。「分からない。邪竜と戦った時に、何かをゴリッと削った感覚があったから、力を発揮すればするほど削ってしまうと思う」と。それを轍夜は声に出して伝えた。ケットシーは怪訝そうな顔をする。
「前の持ち主はどうだったにゃー?」
「……人間の使い手はオレが初めてだって」
「うにゃー……」
なるほど、それでは分かりようが無い。ケットシーはこの件を深く考えないことにした。
ウィルオウィスプはいたずら好きで、人間に害をなす。通常、夜に活動し、青い炎をまき散らす。その炎は、ウィルオウィスプの特性によるものだ。死者の魂を取り込み燃料にする、という特性。
「夜なら見えるにゃー」
昼間は人間の目に映らないウィルオウィスプだが、夜の闇の中では煌々と青白く輝いて見える。
「だから、倒しにいくにゃー」
「おー」
ケットシーの言葉に、轍夜は応じた。
ウィルオウィスプと遭遇して逃げられた日の夜中である。轍夜の寝室にケットシーがこっそりやって来たのだ。
1人と1匹が足音を忍ばせて城から出ようとしていると、
「あ」
ばったり、リムネロエとヒュレアクラに会った。2人も城を抜け出そうとしていたのだ。
夜中に子供だけで外出するのは褒められた行為ではない。双子は、咎められることを覚悟した。
「……」
「……」
3人と1匹は無言で顔を突き合わせる。数秒の沈黙の後、轍夜が口を開いた。
「秘密にしよーぜ。男の約束だ」
「! うん!」
リムネロエとヒュレアクラは、ぱぁっと笑顔になった。
城から出て、轍夜と双子は別方向に歩いた。轍夜の頭の上でケットシーがしっぽをゆらす。
「良いのかにゃー」
「何が?」
「深夜の外出は、親が注意すべきにゃー」
「でもなー。オレも子供の頃、こっそり夜中に外出たことあるしなー」
「あの様子だと、頻繁にやってるにゃー。それなのにリィラにバレていないとは大したものにゃー」
「実は気付いてたりして」
「……有り得るにゃー。リィラは本当、何考えてるか分からない時があるにゃー」
ケットシーは呆れたように言った。
そんな話をしながら街を出た時、視界の隅をよぎったものがある。青白い光。
「いたにゃー! ウィルオウィスプにゃー!」
ウィルオウィスプの移動は風のように速い。街から森へと飛んでいく。




