1-3 王
この世界には、数多くの島と幾つかの大陸がある。
今、轍夜たちがいる場所は、妖精の島。東西2つの大陸を結ぶように存在する群島の中の一つだ。
「この島には4つの国があります。人間の国が2つと、エルフの国と、妖精の国です。ここは、どこの国にも属さない中立地帯です」
エルフ王が去って行くのを見送りながら、リィラは話す。
「わたくしは、南の人間の国の王女。あなたには、王になってもらいます」
「えっ」
突拍子もない言葉に、轍夜は固まった。リィラの身分が高いことはエルフ王との会話から察していたが、まさか王になれと言われるとは思わなかったのだ。
「王? オレが?」
「はい。……わたくしの国は滅ぶはずでした。父が死に、王になりたがる者もいなかったので」
「リィラが女王になれば良いんじゃねーの?」
「女は王になれません」
きっぱりとした返事に、轍夜はきょとんとした。
「何で?」
「戒律で定められているからです」
「カイリツ?」
オウム返しに尋ねる轍夜。リィラは嘆息する。
「神の定めです。あなたのいた世界での意味合いとは異なるかもしれませんね」
「ふーん?」
分かるような、分からないような。轍夜は曖昧に相槌を打った。
「じゃあ、オレを王にするためにプロポーズしてきたってことか」
「その通りです」
「……他にいなかったのか? 何てゆーか、オレ、バカだし、王なんて務まるとは思えねーぞ」
「そこは、わたくしが何とかします。どうか、王になってください」
懇願するように言うリィラに、轍夜は大きく頷いた。
「分かった。けど……やっぱ分かんねーな。何で異世界人のオレなんだ? 国民は?」
「皆、保身に走ったのです」
リィラは溜息を吐きながら語る。
「王家の血を引かないにも関わらず王になった者は、死後の世界で永劫の苦しみを味わうといわれていますから」
「え、何それ。宗教的な? そんなの、現実には起こらねーよな?」
「……そう、ですね」
リィラは曖昧に微笑んだ。そういうことにしておこう、と。
実際には、現実に起こり得ることである。しかも、生きている時間より死後の世界で過ごす時間の方がずっと長いのだ。国の男たちが王になりたくないのも無理からぬことだった。
もっとも、轍夜は異世界人。例外的な存在だ。この話に当てはまらずに済むかもしれない。
「とりあえず、国に戻りましょうか。ついて来てください」
リィラはそう言って歩き出した。
エルフ王は、一人歩きながら嘆息する。
(まさか、異世界人が現れるとは)
異世界の存在は、様々な情報から確からしいと言われていた。この世のどこかに次元の狭間があり、そこは異世界と繋がっているのだと。
だが、今まで、異世界から誰かが来たという情報は無い。
休戦を申し入れたのは、異世界人を警戒したからだ。どんな力を持つか分からない。下手に戦えば、エルフの国が滅びるかもしれない。
(また激しく戦うことになるだろうからな)
先ほどの戦いで、リィラがわざと矢を受けたのは明らかだった。こちらに勝ちを譲ろうとしたのは、どのみち王不在で国が滅びると確信していたからだろう。だが、王になる者が現れた以上、自ら負けるような真似は絶対にしてこない。
(厄介なことになった)
休戦期間中に、少しでも情報を集めなければ。
そう思いながら、エルフの国に帰ったのであった。
人間の国に入った轍夜とリィラを、兵士が迎える。
「リィラ様! そちらの男は⁉」
「わたくしの夫、つまり王になる方です。……城へ案内しておいてください」
そう指示を出し、リィラはその場を立ち去った。轍夜を王にする儀式を行うためだ。神に伝えなければならない。
「こちらへ」
兵士は轍夜に声をかけ、城へ歩いた。
少しして城に着いた。城と聞いて轍夜がイメージしたものよりは随分と貧相だ。石造りの2階建て。ちょっとした豪邸のような大きさで、広大な庭がある。
中に入ると吹き抜けの玄関ホールが広がり、正面には幅の広い階段。全て石だ。装飾らしい装飾は無く、冷たさを感じる。
兵士は中に入らなかった。出迎えた使用人の男と何かを話し、立ち去る。
他に人はおらず、閑散としていた。
「私が案内します」
そう言って、使用人の男が2階へ上がる。轍夜も上がると、男は廊下を左へ進み、右に曲がった。城の最奥の部屋へ向かっているのだ。その部屋が王の寝室である。
「ここでお待ちを」
男は轍夜に部屋へ入るよう促し、外から扉を閉めて去った。
轍夜は室内を見渡しながら待っていた。簡素な机と椅子、それから大きなベッドがある。
「硬っ」
ベッドにはマットレスが無く、薄い布が敷いてあるだけだった。
(……まあ、公園のベンチで寝るよりはマシだな)
数年前を思い返して苦笑いする。不良グループとつるみ、夜中になっても家に帰らず、公園から登校していた日々を。
そうやって、不良グループと関わり続けていたから、高校を退学になったことを。
(異世界、かぁ)
どうやら野垂れ死ぬのは回避できた。それどころか、おそらく勝ち組である。
(蘇生能力、役に立ったな)
意外だな、などと思っていると、部屋の扉が開いた。リィラが入ってきたのだ。
「お待たせしました」
言いながら、リィラは扉を閉める。藤色の長い髪が風でふわりと揺れた。
2人はベッドに座り、顔を突き合わせる形になった。寝室で、2人きり。
轍夜は色々と期待したが、リィラから切り出された話は出会った時の状況についてだった。
「少し前から、この国とエルフの国は戦争をしていました。妖精の国の王女様に呪いがかけられたことが原因です」
妖精王女にかけられた呪いは、一定の期間が経過すれば死ぬというものである。
「もう一つの人間の国の魔術師が呪いをかけたようなのですが、この国が疑われたのです」
「その、何とかの国って言い方、どうにかなんねーの? もう一つの人間の国とか分かりにくいんだけど」
轍夜が口を挟んだ。リィラは溜息を吐く。
「この辺りの島では、こういう呼び方をするのです。大陸では国名がありますが……」
「じゃあ、国名を付けよう」
「駄目です、慣れてください」
リィラにピシャリと言われ、轍夜はコクコクと頷いた。
「説明を続けますよ。わたくしは、妖精の国の王女様を助けたいのです。個人的な理由もありますが、それが叶えばエルフの国と和解できます」
「……できないから戦争になったんじゃ」
「はい。解呪の術は無く、王女様は死を待つだけでした。……あなたが現れるまでは」
そこで言葉を区切り、リィラは轍夜をじっと見つめた。
「質問させてください。あなたの、神にもらったという能力についてです」
「蘇生能力のこと?」
「その蘇生能力で私を生き返らせたのですよね? 人間以外も生き返らせることが出来ますか? どうやって発動しているのですか? 死者がどのような状態でも生き返るのですか?」
「待て待て待て! 知らねーから!」
早口でグイグイ迫るリィラにたじろぎ、轍夜は後ずさった。リィラは苦笑する。
「そうですか……それならば、実験してみるしかありませんね」