5-4 神使
その日の昼過ぎ、神使が城の前に降り立った。首から下は人間のような姿だが、頭の部分は白銀の直方体で、顔の部分には何やら紋様が描かれている。背中からは直方体と同じ色の翼が生えており、羽ばたくたびに美しい羽が舞い落ちる。
「お待ちしておりました」
リィラが言った。隣には轍夜とケットシー、ミューレ、リムネロエ、ヒュレアクラが並んで立っている。何の用かも、誰に関するものかも分からなかったため、家族勢ぞろいで出迎えたのだ。
神使が声を発する。
「用件は、蘇生能力……否、レスカーダ化の力についてだ」
その声は顔の紋様から発せられていた。声が出るのに合わせ、紋様がキラキラと光る。
「1人だけのものならば、放置しても問題無いと考えていた。しかし、受け継がれるなら話は別である。対策を望む」
「対策ですか……」
神使の言いたいことは分かる。だから、リィラはこう答えた。
「制約を設けてください。レスカーダ化の力を持つ者をレスカーダ化できない、という制約を」
「よかろう。ただ、それでは不足。力を持たずとも、その血を継ぐ者もレスカーダにできぬようにすべきである」
「構いません。……良いですね?」
リィラは家族に確認を取った。リムネロエとヒュレアクラは頷いたが、轍夜とミューレはきょとんとしている。話についていけていないのだ。
ケットシーは轍夜の頭の上でしっぽを揺らし、
「具体例を出してはどうかにゃー」
と提案した。
「そうですね……」
リィラは少し考え、話す。
「まず、レスカーダ化の力を持つテツヤ、リムネロエ、ヒュレアクラの3人は、レスカーダになれなくなります」
「待って、既にわけ分かんねー!」
轍夜が口を挟んだ。
「何がです?」
「えーっと、蘇生能力って言ってほしーなー……その、言い換えたやつ頭に入ってこねーから……」
轍夜は少し申し訳なさそうに言った。
「分かりました。では、蘇生能力を持つ3人は蘇生してもらうことが出来ない、と言えば理解できますか?」
「あ、それならなんとか」
「では、続けますね。本人が蘇生能力をもっていなくても、親が蘇生能力を持っていれば蘇生してもらうことが出来ません。この具体例はミューレです」
「ミューレにも蘇生能力を使えなくなるってこと?」
「はい。ただし、ミューレの配偶者や子供は蘇生することが出来ます。リムネロエとヒュレアクラは、配偶者の蘇生は可能ですが、その子供は蘇生できません」
「分かんなくなってきた……けどまあ、良いんじゃねーの」
轍夜は、理解するのを諦めて同意した。一方ミューレはこの説明で理解して、
「その制約が無いと神様に怒られるのよね?」
と尋ねた。
「そういうことです」
「なら、わたしも賛成」
それを聞いた神使は、関係者全員の同意が得られたと判断し、儀式を開始する。
「制約よここにあれ。天を統べし大神との誓約に基づき、今この時をもって成さん」
唱えながら、くるくる回り、独特の足運びで移動。踏まれた地面が光を発し、神使の顔と同じ紋様が現れた。
神使が動きを止めると、地面の紋様も消える。
「これで制約は設けられた」
それだけ言い残し、神使は空へ飛び去った。
「ふぅ……」
リィラは大きく息を吐き、城の中へ入っていく。
子供たち3人は、地面に落ちている羽を拾い始めた。
「そんなの拾ってどうするにゃー?」
ケットシーは轍夜から降り、羽を1枚しっぽで浮き上がらせる。それをしっぽでぱたぱた扇ぎ、ふよふよと飛ばしてみた。
リムネロエとヒュレアクラは目を瞬かせる。
「綺麗だから、そのままにしておくのはもったいなくて」
リムネロエが言い、
「わたしは2人が拾い始めたから」
ミューレが言った。
神使の翼から落ちた羽は、たくさんあった。100枚くらいはありそうだ。
「飾りでも作ろうかな」
リムネロエが呟きながら、羽を1枚ミューレの髪にあてる。ヒュレアクラは懐から小さな宝石を取り出し、羽の根本にあてた。その宝石は澄み渡った空のような青色で、髪の藤色と羽の銀色によく映えている。
それを見た轍夜は、感嘆の溜息を漏らした。
「にゃー? その宝石は何にゃー」
ケットシーは羽で遊ぶのをやめ、怪訝そうに尋ねる。
「えっとね……」
リムネロエは返答に窮した。
◇
数日前の深夜。リムネロエとヒュレアクラは、こっそり城を抜け出した。
星を見ながら散歩して、街の外まで行くのが2人の趣味になっていた。この日も、空を埋めるように輝く星々を眺めながら歩いていた。
そんな2人に声をかけるものがあった。
「先日はすまなかった」
〈影〉である。
〈影〉は小さな布袋を渡してきた。リムネロエは困惑しつつ受け取る。そこには青い玉が20粒ほど入っていた。
「これは……?」
「茨の力を結晶化した宝石だ。魔力を込めれば茨が出る。詫びとして受け取ってほしい」
「詫びなら、ぼくより他の子どもたちに……」
「いや、誰よりも君を酷い目にあわせてしまった。〈飼い猫〉が来なければ、あのままトドメを刺していたところだ」
心の底から後悔しているような声音で〈影〉は言う。
「あと、君のお姉さんにも重症を負わせた……。彼女にもその宝石を渡してくれ。ただ、他の誰にも、自分が宝石を渡したことを言わないでほしい。他の人間や〈飼い猫〉にも、誰にも」
「何で?」
「……」
〈影〉は言い淀む。
「理由を言ってくれないと、言いふらす」
〈影〉を睨みながら言葉を発したのはヒュレアクラだ。珍しいな、とリムネロエは思った。
「ぼくにも、少し伝わってたんだ」
全身を貫く激痛、呼吸のままならない苦しさ。それらの一端を、ヒュレアクラも感じてしまった。双子であるがゆえに。
「そっか、ごめん」
「リムネロエは悪くない。悪いのは〈影〉だ。……怒ってたんだ。ぼくも、お父さまも、お母さまも。ケットシーに免じて許したけれど、そうでなければ〈影〉を生かしてはおかなかった」
ヒュレアクラは滔々と語った。〈影〉は顔を伏せ、話す。
「多くの者に知られるわけにはいかないのだ。力の結晶化とは、そういうものだ。力を使う時は呪具のフリをしてくれれば良い」
「この宝石が〈影〉の持つ力を結晶化したものだと知る人が増えれば増えるほど、〈影〉に何か良くないことが起こるってこと?」
リムネロエの確認に、〈影〉は頷いた。
「分かった。それなら、お姉さま以外には黙っていてあげる」
リムネロエは微笑んで言った。一方、ヒュレアクラは不満そうだ。この期に及んで〈影〉が保身に走っているのが気に入らないのだ。
「感謝する」
そう言って、〈影〉は姿を消した。
リムネロエには、ヒュレアクラの気持ちがよく分かっている。逆の立場であったなら、きっと同じように思ったからだ。片割れを殺されそうになって、平静でいられるわけがない。
ヒュレアクラの方も、リムネロエがさほど怒っていないことには納得していた。結果的に殺されなかったのだから良いではないか、という考え方だ。
2人は顔を見合わせ、とりあえず宝石を2等分することにした。1つ余ったので、これを姉に渡すことにする。
3等分にしなかったのは、姉よりも自分たちの方が上手く扱えると思ったからだ。
◇
「秘密」
リムネロエはいたずらっぽく笑って言った。ケットシーは納得がいかないという顔でしっぽを揺らす。
ヒュレアクラはミューレに
「後で話す」
と耳打ちした。
その時、ケットシーの鼻が何か良くない臭いを捉える。
ケットシーはしっぽで轍夜の顔を叩いた。
「散歩に行こうにゃー」
「おー」
「あっちにゃー」
ケットシーに示されるまま、轍夜は歩いて行った。




