4-3 影Ⅰ
ある日の午前中のこと。轍夜は庭でケットシーと遊んでいた。
「テツヤ」
リィラに呼びかけられ、轍夜は目を向ける。
「ん?」
「あなたは最近、エルフからもらった剣を使っていませんよね?」
「あー、確かに」
金色の剣があまりにも使い勝手が良く、そればかり使っているのだ。
「だから、その2本をリムネロエとヒュレアクラに譲ってはどうかと思いまして」
「え、子供に刃物持たすって危なくねー?」
「……? 遅いくらいではないですか?」
「にゃー……話がかみ合っていないにゃー。テツヤ、この辺りの人間の王族というものは、幼い時から武器を手にするものなのにゃー。早ければ、物心ついた時からにゃー」
ケットシーの説明を聞き、そういうものなら従おうと轍夜は思った。
「分かった、譲る」
「では、2人を呼んできます」
少しして、リムネロエとヒュレアクラが庭に出てきた。
「お母さまは仕事だって」
リムネロエが言う。
ヒュレアクラはいつも全く喋らない。リムネロエ曰く、「双子だから思考が同じで、2人とも喋る必要が無いから、ぼくが代表で喋ってる」らしい。
「どっちが良い?」
轍夜は尋ねた。すると、リムネロエは長剣を、ヒュレアクラは短剣を指さす。
考えることが同じ双子といえども好みは違う。もっとも、互いの好みも知り尽くしているが。
「じゃあ、はい」
轍夜は2人に渡す。これで譲渡が完了した。継承魔法の効果により、長剣の持ち主はリムネロエ、短剣の持ち主はヒュレアクラとなり、轍夜はこの2本を使えなくなった。
「ありがとう、お父さま!」
心底嬉しそうに言うリムネロエ。隣でヒュレアクラも嬉しそうに短剣を抱いている。
そして2人は、その場で戦い出した。
2本の剣がぶつかり合って、音を鳴らす。その剣さばきは子供とは思えないほど見事で、轍夜もケットシーも見入ってしまった。
「……って、いきなり何をしてるにゃー!」
ケットシーの声に驚いて、2人は動きを止める。
「何って、稽古だけど」
「模造剣でやれにゃー! 本物でやり合うやつがあるかにゃー!」
「大丈夫、お互いに動きは分かってるし」
リムネロエは平然と言う。
「それに、お母さまも許可してくれたよ?」
「……みーがおかしいのかにゃー?」
ケットシーは困惑した。リムネロエは補足する。
「お母さまも、小さい頃から本物の武器を使って稽古してたんだって」
「誰とにゃー?」
「先王とって言ってた」
「にゃー……親が親なら子も子、というやつかにゃー……」
ケットシーは諦めたようにしっぽをたらした。
リムネロエとヒュレアクラはしばらく剣をぶつけ合っていたが、不意にやめて轍夜を向く。
「お父さまともやってみたいな」
「オレと⁉ 無理!」
「えー、何で?」
「なんつーか……呪具に稽古モードは入ってねーっつーか」
轍夜が目を泳がせて言うと、ケットシーは嘆息する。
「そんなわけないにゃー。剣士の腕輪で手加減することも、上手くやれば出来るにゃー。テツヤが下手くそなだけにゃー」
その言葉に、リムネロエは不思議そうな顔をする。
「呪具を外せば良いだけじゃない?」
「無理にゃー。呪具を外せば、テツヤは剣をまともに持つことすら出来ないにゃー」
ケットシーは雑草を前足でペシペシ叩きながら言った。
リムネロエとヒュレアクラは、「じゃあしょうがないな」と言うように顔を見合わせ、稽古を再開した。
「つーかコレ、しょっちゅーサボるんだけど」
雑に強くなる呪具を示しながら、轍夜は不満を漏らした。
「にゃー?」
「だってさー、強かったら手加減も出来るはずじゃん?」
「確かにそうにゃー。雑に強くなる呪具も使いこなせていないにゃー?」
「そうじゃねーって。どーでもいいとか言ってサボってるんだ」
「変な呪具にゃー」
ケットシーは不思議そうに指輪を見つめた。
その頃、ミューレは城を脱走していた。リィラが仕事中なのを良いことに、家臣の目を盗み飛び出たのである。
ミューレは不満に思っていた。母が弟たちばかりひいきしていると感じたからである。
「リムネロエたちだけ剣をもらって、わたしには何も無し。ひいきよね、絶対」
呟きながら、街を歩く。行き交う人々はミューレの姿を気にも留めず、忙しそうにしている。
ふと、路地から声をかけられた。
「お嬢ちゃん、困りごとかな?」
「……?」
不思議に思って声のした方へ歩いて行く。そこには小さな人がいた。
影が濃く、姿が見えづらい。人間ではないと感じる。
「悩みを聞いてあげよう」
「……何者?」
ミューレは尋ねた。
「獣人だ」
と、それは答えた。影が薄まり姿が見えてくる。確かに獣人のようだ。
「どうして獣人がここにいるの?」
「観光だ」
「ふーん」
「それより、話してみないか? きっと楽になる」
耳にすべりこむような獣人の声を聞いているうちに、ミューレはいつの間にか話していた。不満を吐き出していた。そして、叫ぶ。
「弟たちの方が賢いからって、ひいきばっかり! わたしのことなんて、どうでも良いんだ!」
「本当に?」
「そうよ! だって、だってね……!」
その先が言葉にならない。感情が先走り、涙があふれてくる。
滲む視界の先で、影が濃くなった気がした。もう獣人の姿は見えない。
「小さい子の不平不満、爆発する感情、涙と憎しみ。ああ、何と美味しいことか」
耳元でささやかれた言葉に、ミューレはびくりと身を震わせた。
獣人ではなかったのではないか。何か、良くない種族に騙されたのではないか。そう思った時には、体が動かなくなっていた。
「……!」
抵抗を試みるも、全く動けない。
「あと1人で万全に……」
そんな言葉を聞きながら、ミューレの意識は遠のいていった。
同じ内容の陳情が増えている。幼い我が子が突然姿を消した、と。
家臣に少し調べさせたが、成果は無かった。
リィラはこの件を、自分で調べなくてはならないだろうと思い始めていた。そのためには、一旦仕事を片付ける必要がある。
そうして仕事に没頭していたリィラのもとに、家臣が報告に来た。ミューレが城を脱走したと。
「すぐに捜して連れ帰ってください」
「それが、見つからないんです」
その家臣は、ミューレの脱走に気付いてすぐに捜し始めた。リィラにバレないうちに連れ帰れば、自分の責任も問われないと思ったからである。しかし、見つからなかったのだ。
「……そうですか」
リィラは家臣を下がらせた。
(杞憂であれば良いのですが)
嫌な予感がする。
陳情に上がっている「我が子」の年齢は、3歳から8歳。ミューレの年齢はその範囲内だ。
考えながら庭に出ると、リムネロエとヒュレアクラが剣の稽古をしている。そばには轍夜とケットシー。
「ずっと稽古をしていたのですか?」
声をかけると、リムネロエとヒュレアクラはこちらを見て頷いた。
剣の譲渡が行われてから2刻は経っているはずだ。感心しつつ、告げる。
「ミューレの行方が分かりません。2人で街を捜してきてもらえますか? 別行動でお願いします」
「了解」
リムネロエは言い、ヒュレアクラとともに街へ向かった。
「にゃー? 何で2人だけで行かせたにゃー?」
ケットシーは疑問を投げかけた。リィラは簡潔に答える。
「標的になり得るからです。おとり捜査ですね」
「にゃー⁉ おとりに使ったのかにゃー⁉」
信じられない、という顔をするケットシー。轍夜も目を丸くする。
「大丈夫です。防御魔法をかけたので、死にはしません。それに、魔法で見ていますから。何かあれば……何か起こりそうならすぐに、転移魔法でその場に行くので」
「そういう問題にゃー⁉ 容赦なさすぎにゃー! ……ところで、何の標的にゃー?」
「子供が突然消えるそうです」
リィラの答えを聞いて、轍夜は困惑した。
「消えるって、どーゆーこと?」
「分かりません。誘拐か、他種族の仕業か……」
そこまで言って、リィラは息を呑んだ。リムネロエの姿が消えたのだ。
「行きましょう」
転移魔法で現場に向かう。辺りを見渡すが、何もおかしな様子は無い。
「ここで消えたのにゃー?」
「はい、この辺りで突然。誘拐なら誘拐犯も見えたはずなので、他種族の仕業でしょう」
リィラは言ったが、何の種族か見当もつかない。子供をさらう種族ならいくつかあるが、この辺りには生息していないはずだ。
2人と1匹が立ち尽くしていると、ヒュレアクラが駆けてきた。




