1-2 蘇生
「罰ってどーゆーことだよ!」
叫んだ轍夜の声が、風にさらわれる。耳が痛くなるような静寂が辺りを包んだ。
空は青い。
(もう異世界転移したのか⁉)
日の照ったこの世界は、闇の中にいた目には眩しすぎる。
目を細めたまま上を向いて立ち尽くしていた轍夜は、体の前面に温かな重みを感じ、視線を落とす。
誰かの頭だ。
長い藤色の髪をした少女が、もたれかかってきているのだ。
心臓が跳ねる。
(可愛い……!)
歳は自分と同じ17くらいだろう。
少女は目を閉じたまま動かない。全体重を轍夜に預けている。仰向けに倒れるところだったのを、偶然現れた轍夜が受け止めた形であった。
(ってか、何これ、どーゆー状況?)
細めていた目を開いていくと、少女の体が視界に入る。
(……え?)
少女の胸には矢が深々と刺さっている。事切れているのだと理解するまで、少し時間がかかった。
「……っ」
ようやく理解が及び、背筋が冷たくなる。自分は今、死体を抱いているのだ。死体を見て、可愛いなどと呑気なことを思っていたのだ。
(そうだ、蘇生能力! ……って、どー使うんだ⁉)
使い方は教えてもらえなかった。それくらい教えておけよ、と思いながら、轍夜は念じる。この少女が生き返るように。蘇生能力が発動するように。
その瞬間。
強烈な光が少女を包んだ。
(眩しっ)
思わず目をつぶる。
光が収まり目を開けると、少女に刺さっていた矢が消えていた。服の汚れも破れも血も、きれいさっぱり消えている。まるで、矢が刺さる前に時間が巻き戻ったかのように。
「……ぅ、……」
少女がピクリと動き、ゆるゆると瞼を上げた。琥珀色の瞳が轍夜を捉える。
何か言葉を発しているが、聞き取れない。
「え、何て?」
轍夜が聞き返すと、また少女は口を開く。だが、やはり何を言っているのか分からなかった。
少女はおもむろに轍夜の腕から抜け、地面に転がった杖を持った。身の丈ほどもある大きな杖だ。
その杖を、轍夜に向ける。怪訝そうに首を傾げている轍夜に。
「えっ、ちょっ、何」
轍夜が困惑の声を漏らすのと、杖が光るのは同時だった。
杖の先端から迸った光が、轍夜の体に吸い込まれる。
呆然としている轍夜に、少女は問いかけた。
「……わたくしの言葉が分かりますか」
「え?」
「通じていますか? あなたに翻訳魔法をかけたのですが」
「あ、分かる」
轍夜が驚きながら言うと、少女は微笑んだ。
「よかった。わたくしはリィラ。魔術師です」
鈴を転がすような声。轍夜はぼーっとしてしまう。
「……あなたのお名前は」
リィラに苦笑しながら問われ、我に返った。
「オレは轍夜だ」
「では、テツヤ、あなたに尋ねたいことがあります。……わたくしは、どうして生きているのですか」
「えっと、生き返らせたから?」
的外れな答えに、リィラは嘆息する。
「そうも容易に死者を生き返らせる方法は無いはずです。少なくとも、人間には不可能なはずなのですが」
「んなこと言われてもなー。そーゆー能力をもらったんだよ。神様から」
「見え透いた嘘を。神はそのような能力を授けません」
「えー?」
轍夜は困ってしまった。何と説明したものか。むむむ、と唸っていると、前方……リィラの後方にあたる位置から声がした。
「黙って見ておれば……」
溜息混じりだが、威厳を感じさせる声だ。その声に振り向いたリィラは、バツが悪そうな顔をする。
「すみません、エルフ王。横やりが入るとは思いませんでした」
「エルフ⁉」
驚きの声を上げる轍夜を、リィラは睨む。
「失礼ですよ。エルフの国の王に向かって」
「良い良い」
言いながら、木陰から姿を現したエルフ王。その姿は、轍夜が想像した通りのエルフであった。長い耳、美しい顔、腰まである銀の髪。手には弓を持っている。
そのエルフ王が、轍夜に向かって言う。
「さては、異世界から来たな」
「そうっす!」
元気良く即答した轍夜に対し、リィラは怪訝そうな顔をする。
「異世界、ですか……本当に別の世界が存在していると?」
「信じ難いのは分かる。だが……こやつが現れた状況を見ていれば、誰もが異世界から来たと思うだろう」
「……」
エルフ王の言を咀嚼し、リィラは溜息を吐いた。
「信じるしかなさそうですね。……テツヤ、責任を取ってください」
「へ?」
「わたくしを生き返らせた責任を」
「これ、ちゃんと説明せんか」
エルフ王が声を投げかけた。リィラは目を瞬かせる。
「それは……わたくしが、死ぬつもりであったことを、ですか」
「ぅえ⁉」
轍夜は素っ頓狂な声を上げた。
「どゆこと、何でそんな」
「わたくしは、そこのエルフ王と、一騎打ちをしていたのです。国をかけて」
「国を」
目を点にして復唱した轍夜を、リィラは見つめる。
「……わたくしと結婚してください」
「喜んで!」
思わず即答した轍夜だが、いきなりプロポーズされた理由がさっぱり分からない。
様子を見ていたエルフ王は嘆息する。
「休戦するか」
「そうですね。3年で構いませんか」
「良いだろう」
あっさりと承諾し、エルフ王は踵を返した。