3-7 遺跡
遺跡のある島への道中、竜は話した。友が邪竜となった経緯を。
「悪魔という種族を知っておるか」
「北の群島に住む種族、というくらいしか知りません」
竜の問いにリィラが答える。竜は「そうだろうな」と言うように尾を揺らした。
「代償と引き換えに他種族の力を引き上げる種族だ。我も詳しくは知らぬのだが……」
溜息を吐きながら竜は話す。
「悪魔がスノーエルフと手を組み、我らの住む竜の国に攻めて来たのだ」
その竜の国は、東の大陸の北部に位置している。
「にゃー? スノーエルフはエルフとどう違うにゃー?」
「エルフとの違いはよく分からぬが、氷雪を自在に出し操る種族だ」
烈しい戦いだった。草原は氷に閉ざされ、吹雪が止まない戦場で。
「友は雷撃を得手としていた。山となった氷を砕き、スノーエルフを焼き尽くそうと、雲の中から懸命に雷を落とし続けた。だが、足りなかった」
悪魔の影が、戦場のスノーエルフたちを包んだ。その瞬間、スノーエルフの力が膨れ上がった。
雷撃は氷を砕けず、逆に氷に呑み込まれた。
「友は氷の中に封じ込められた。他の竜もだ……我を含めて」
戦場にいた全ての竜が、砕けぬ氷に包まれた。終わりだと思った。それでも、友の戦意は消えず。
「あやつは……無理やり力を暴走させた。邪竜に堕ちると分かっていても」
友は氷の中から念話で言ってきた。「この戦争が終わったら殺してくれ」と。
邪竜に堕ちるは竜の恥。最も忌み嫌われることだ。友以外の竜は、邪竜に堕ちるより死んだ方がマシだと思っていた。
それでも、友は戦うことを選んだ。
荒れ狂う力は暴雷となり、戦場を縦横無尽に駆け巡った。全ての氷を粉砕し、竜たちの自由を取り戻す。
渦巻く暗雲、降りしきる雷雨。熱い雨が雪を溶かし、スノーエルフを弱らせた。
「友のおかげで、我らは優勢となった。そして、スノーエルフから国を守り切ることが出来た」
忘れることは無いだろう。友の勇姿を。あの雨の熱さを。
「そんな友の最後の頼みを、果たせないところだったのだ。あのままではな」
「ふにゃー……竜も凄いけど、スノーエルフもとてつもないにゃー」
話に聞き入っていたケットシーは、溜息を吐いて言った。知らず緊張していた体をほぐす。
「悪魔が厄介なのだ。本来、スノーエルフにそこまでの力は無いのだからな。……見えてきたぞ」
竜は眼下の島を見て言った。
遺跡の前に着き、轍夜は入ろうとした。しかし、前に進めない。見えない壁に阻まれたように。
「遺跡自体にも結界が張ってありますね」
「そのようにゃー」
リィラは遺跡を、いや、遺跡に張られた結界を、じっと見つめた。少しして、虚空を指さす。
「テツヤ、あの辺りと、ここと、向こうの陰の部分を斬ってください」
指を動かしながら指示した。
「待って、そんないっぺんに言われても覚えきれねー。てか、斬るって何を?」
困惑する轍夜。その頭の上から、ケットシーは言う。
「みーは覚えたにゃー。テツヤ、まずは右斜め前に歩くにゃー」
「え、こう?」
「そっちは左だけど、まあ良いにゃー。そのまま真っ直ぐ歩くにゃー。……止まるにゃー」
轍夜は歩を止めた。
「正面を斬るにゃー」
「どゆこと?」
「良いから、剣を振るにゃー。横にずばっといくにゃー」
前には何も無いが、言われた通り横なぎに剣を振る。
「次は右に歩くにゃー……ここで跳ぶにゃー。もうちょっと上に行くにゃー……ここで良いにゃー。剣を振り下ろすにゃー」
「こう?」
「降りてから斜め前の陰に向かって歩くにゃー……ここで袈裟斬りにゃー」
「えー?」
訳が分からないまま、轍夜は指示通りに動いた。
リィラの目には映っていた。轍夜が袈裟斬りにした後、結界がほどけて消える様子が。
「入りましょう」
リィラは言って、遺跡の入り口へ歩き出す。何の抵抗も無く、遺跡の中へと入っていった。
轍夜とケットシーも、続いて中に入る。土を固めて作られたようなその遺跡は、壁のあちこちにひびが入っていた。
ケットシーは轍夜の頭から降り、轍夜の後ろについて歩く。リィラは壁を見ながらゆっくりと進んでいた。
轍夜は何も考えず、さっさと歩く。リィラを追い越しずんずん進む。
「気を付けて進むにゃー」
「ほーい」
返事をした轍夜の姿が、ケットシーの前から消えた。
落とし穴に落ちたのである。
「びっくりしたー」
浮遊靴で上がり、轍夜は溜息を吐く。
「下に、何かトゲトゲがあった」
「落ちたらアウトなやつにゃー。浮遊靴があって良かったにゃー」
ケットシーは呆れたように言った。轍夜は笑う。
「釣り天井とか、動きに反応して矢が出てくるやつとか、この先にあったりするかな」
「何で楽しそうなのにゃー⁉ あったら困るにゃー!」
「やー、この呪具があればどうとでもなるだろ。何せ雑に強くなるんだからな!」
「呪具を過信しすぎるなにゃー」
「ケットシーの言う通りです」
追いついたリィラが言う。
「呪具に頼らず自力で対処してこそ楽しいのではないですか」
「にゃー⁉ みーが言っているのはそういうことじゃないにゃー!」
「分かっていますよ」
リィラはいたずらっぽく微笑んだ。
かくして2人と1匹は、同じ速さで慎重に進んでいく。結果として、轍夜が言ったようなトラップは無かった。落とし穴はいくつかあったが。
迷路のようになっているわけでもなく、楽々最奥に着いてしまった。
小さなドーム状の部屋。中央には布をかけられた台座が置かれている。
「2人とも、何ちょっとがっかりしたような顔をしているにゃー……」
ケットシーが不満そうに言う。
「いやだって、こーゆーのってさ、もっとこう……ドーンってなってワーってなってウオーってなるもんじゃねー?」
「何言ってるか分からないにゃー」
轍夜とケットシーが話しているのに構わず、リィラは台座に近付いた。布をめくると、そこには剣が置かれていた。
輝く刃は、ケットシーの毛並みよりも濃い金色。見る者を魅了するような美しさだ。
継承魔法をかけようと、リィラは杖を構える。
「……?」
かからない。まさかと思い、魔法で攻撃。いくつか杖から放ったが、いずれも剣に触れると消えた。
「この剣は、魔法を無効化するようですね」
「にゃー?」
ケットシーが台座に飛び乗り、しげしげと剣を見る。
「持ってみるにゃー」
「テツヤ、お願いします」
「え、オレ?」
指名され、轍夜は剣を持つ。雑に強くなる呪具が、「この剣、ビーム出るぞ」と告げた。
「ビーム⁉」
轍夜は驚きつつも、剣を振ってみた。部屋の奥、剣の届かない距離にある壁にむけて。
斬撃が迸り、壁表面がボロボロと崩れ落ちる。
「……ビーム?」
遠距離攻撃ではあるが、果たしてこれはビームなのだろうか。呪具はビームだと言い張っている。
その様子を見ながら、リィラは言う。
「その剣はあなたのものです」
「え? リィラが持ってた方が良くね?」
轍夜は不思議そうに言った。既に2本も剣を持っているのに、更に増やす必要性が感じられない。
「いえ、わたくしはこの杖だけで充分ですから」
リィラは微笑んで言った。
ケットシーも不思議そうに目を瞬かせていたが、ふと理解する。
「テツヤが強い武器を持っていた方が安心だからにゃー?」
「その通りです」
「どーゆー意味?」
轍夜は尋ねたが、リィラもケットシーも答えない。代わりに呪具が、「あまりにも頼りないから、徹底的に呪具や強力な武器を与えて身を守れるようにしてやろう、と思っているんだろう」と答えた。
「やー、うん、呪具のおかげで戦えてるのは分かってるけど。今で充分じゃね?」
「不充分です。今のままでは、炎からしか身を守れないでしょう? それに、遠距離攻撃が出来ません。それが、この剣を使うと、遠距離攻撃も出来るようになる上、魔法に触れれば無効化できるのです」
リィラは丁寧に説明した。説得しようとするように。
呪術師は、轍夜を狙ってくるかもしれないのだから。
雑に強くなる呪具も賛同を示す。「黒いのより金色のやつの方がよく斬れる。もらっとけ」と。
「そーゆー問題?」
「常にわたくしがそばにいて守れる訳ではありませんから。それに、剣が必要な時はあなたから借りれば良いだけです」
それもそうか、と轍夜は思った。
「帰ろうにゃー」
ケットシーが轍夜の頭に乗って言う。轍夜は剣を持ったまま部屋から出た。どこからか音がする。地響きのような音が。
パラパラと砂が降ってきた。リィラはハッとして叫ぶ。
「……! 崩れます、走って!」
「にゃー⁉ 転移魔法はどうしたにゃー⁉」
「遺跡の力で封じられています!」
「それを先に言えにゃー! テツヤ、全力で走るにゃー!」
「リィラは⁉」
「舐めないでください!」
騒ぎながら、遺跡の中を駆け抜ける。雑に強くなる呪具は、轍夜の足の速さを上げた。信じられないスピードで走る轍夜。それと同じくらい速く走っているリィラは、魔法で身体能力を底上げしていた。
2人と1匹が脱出して少し経つと、遺跡は完全に崩れ落ちた。跡形もない。砂の山が築かれているだけだ。
「こういうのを求めていたにゃー?」
ケットシーの質問に、2人は笑って頷いた。
その後、約束通り竜に妖精の島へ送ってもらい、城へ戻ったのであった。




