3-4 エルフ、狙われる
翌朝、リィラはペトアモスのもとを訪れた。元もう一つの人間の国の城内、執務室である。
「ペトアモス。あなたに頼みたいことがあります」
「命令してくれて良いのだぞ? 余はそなたの家臣なのだからな」
「……では、お言葉に甘えて。わたくしはしばらく国を空けます。テツヤのもとで、わたくしの仕事を代わりにしてください」
「ふむ、承った」
「そんなあっさりと……大丈夫なのですか?」
ペトアモスにも仕事がある。領地の管理という、王とそう変わらない仕事が。
「構わぬ。魔法で送ってくれるのだろう?」
「もちろんです」
「では、余の仕事は部下たちに任せてこよう」
そう言って、ペトアモスは席を立った。
「ふにゃー」
ケットシーは気持ちよさそうに鳴く。謁見の間の椅子に座った轍夜の膝の上で。
「暇だー」
轍夜はケットシーをなでながら呟いた。リィラに、ここで待機しているように言われたのである。
「にゃー」
ぴくりとケットシーが動き、轍夜の頭の上に乗った。
「だからー」
何度目か分からない文句を言おうとした時、目の前にリィラとペトアモスが現れた。
「それでは、行ってきますね」
リィラは言ってすぐ、転移魔法で北端の船着き場に行った。
残されたペトアモスは轍夜に尋ねる。
「執務室はどこかな?」
「え? 知らねー」
轍夜は執務室に行ったことが無い。場所も聞いていない。
「みーが言うにゃー」
「なんと、ケットシーか。見事な毛並みだな」
「ふにゃー」
ペトアモスに褒められ、ケットシーは嬉しそうだ。
「まずは右に曲がるにゃー」
「おいケットシー。オレから降りて道案内してこいよー」
「やだにゃー。ここで道順を言うにゃー」
ケットシーは譲らない。轍夜の頭に乗ったまま、執務室の場所をペトアモスに伝えた。
「ふむ、理解した」
ペトアモスは執務室へ向かう。轍夜は椅子から立ち、思いっきり伸びをした。
結局、ケットシーはずっと轍夜の頭上に陣取っていた。そのままの状態で、轍夜は浮遊靴を使う。
「よーっし、完璧!」
思い通りに宙を動き、満足そうに呟いた。ケットシーは楽しそうにしっぽを揺らす。
「良い眺めにゃー」
「浮けるんだろ?」
「こんなに上までは浮き上がれないにゃー」
「ふーん」
「それより、街に出ようにゃー」
ケットシーの誘いに乗り、轍夜は街に出た。本当はリィラに、勝手に城の敷地外に出ないよう言われている。しかし、言われたことを律義に守るような性格ではなかった。
「そのまま街をでるにゃー。まっすぐ歩いて行くにゃー」
「ほーい」
轍夜は歩く。ケットシーに乞われるままに。
そうしてたどり着いたのは、鬱蒼とした森であった。
この森はエルフの国にほど近いが、国外だ。どこの国にも属していない森である。
「この先にゃー」
「何かあるわけ?」
「不審者にゃー」
「それを早く言えよー」
轍夜は剣に手をかけて、前に進む。切り倒された木が行く手を塞いでいるのを、浮遊靴で軽々飛び越えその先へ。
「にゃー⁉」
ケットシーが驚きの声を上げる。轍夜も目を丸くした。
そこには、何人ものエルフが横たわっていた。目は固く閉じられ、反応が無い。
「この臭いは、対エルフ用の毒だにゃー。毒で意識を奪って攫うつもりかにゃー」
「さらうって、どこに? 何で?」
「大陸だにゃー。多分、南にゃー。奴隷目的にゃー」
南の大陸では、隷属術という催眠術の一種が発達している。その力で奴隷にするのだ。エルフは男女問わず、見た目の良さから人気らしい。
「誰だ⁉」
いかにも怪しい風体の男が5人、それぞれエルフを抱えてやってきた。轍夜に誰何の声をかけた男が言う。
「何だ、人間か。見逃してくれるだろう?」
「んなわけねーだろ! 帰れ!」
「すぐに出て行くとも。このエルフたちを連れてな」
「させねー!」
轍夜は言ったが、エルフを盾にされていて斬りかかれない。
「にゃー。エルフを置いていけば、みーがついて行ってやるにゃー」
ケットシーは地面に降りて、男たちを睨みつける。
「まさか、ケットシー⁉」
「どうするよ、ケットシーの方が高値で売れるぞ」
「でもなあ。折角エルフが手に入ったのに」
「エルフ1人の50倍だぞ、考えるまでもないさ」
男たちは話し合いながら、エルフを地面に置いた。
「今にゃー」
「ほーい」
黒い刃の一閃が、男たちの腕を斬り落とす。
「な……に……⁉」
「今、何が……」
「……っ、腕が、腕がぁ⁉」
男たちが騒ぐ。一瞬の出来事に、頭がついていかないのだ。
「お見事にゃー」
「やっぱこの呪具すげーな」
轍夜は嬉しそうに剣士の腕輪を触った。
「くっ……何の権限があってこんなことを!」
男の1人が腕を押さえながら、苦しげに尋ねる。
「みーたちの国はエルフの国と同盟関係なのにゃー! 連れ去られそうなら助けるのが王としての責務にゃー!」
「王だと⁉」
「そうにゃー! ここにいるテツヤは、この島の人間の国の王にゃー!」
「くっそぉ、何て運の無い……」
「自業自得にゃー! この島に来たことを後悔しながら死ぬがいいにゃー!」
ケットシーの口上を聞いていた男の1人が、不意に笑いだす。
「くふっ……はははっ……」
「おい……どうした?」
「痛みでおかしくなったか?」
他の男たちはその男を心配そうに見た。
「はぁーあ、おっかしー……知らないようだから教えてやる……この毒はなぁ、3日で死に至るんだ……」
「にゃー⁉ 解毒剤はどこにゃー⁉」
「おれが異空間にしまっている……」
「お前、魔術師にゃー⁉」
「……」
男は答えない。
「てめー! 出せ! 解毒剤!」
轍夜は男の胸倉を掴んで激しく揺さぶった。しかし、男は既に意識が混濁していた。そのまま気を失ってしまう。
他の男たちも、いつの間にか気を失っていた。
「にゃー。テツヤ、こいつを殺して蘇生するにゃー」
ケットシーは、魔術師と思われる男をしっぽで示し、不愉快そうに言った。
「でもさー、出してくれるかな」
「出させるにゃー」
轍夜はとりあえず剣を構えた。殺意を乗せると、自然に体が動く。刃が男の心臓に、ずぶりと差し込まれた。
「よっと」
男から剣を引き抜き、蘇生能力を使う。意識を取り戻した男は、呆然とした。
ケットシーは轍夜の頭に乗り、話す。
「お仲間のうち、少なくとも2人はこのまま死んでしまうと思うにゃー」
「……そうだろうな。いや、多分4人とも死ぬ」
「テツヤなら生き返らせることが出来るにゃー。現に今、お前を生き返らせたにゃー」
男は渋面を浮かべた。
「信じられんな」
「だったらもう1人生き返らせてやるにゃー。丁度そこのやつが死ぬところにゃー。刮目しろにゃー」
ケットシーはしっぽを揺らして言った。
「テツヤ、もう一度蘇生能力を使うにゃー」
「ほーい」
そうして、たった今死んだ男は生き返った。解毒剤の持ち主は目を見張り、
「何と……」
と呟いた。
「どうだにゃー。解毒剤を出せば全員生き返らせてやるにゃー」
「……それだけでは不足だ。この島から安全に出させろ」
「約束してやるにゃー」
ケットシーの約束は絶対だ。男は溜息を吐き、呪文を唱えて解毒剤を出す。それをエルフたちに飲ませていった。
「にゃー。毒の臭いが消えたにゃー。テツヤ、約束通り残りの3人を生き返らせてやるにゃー」
「え、まだ死んでないっぽいんだけど」
轍夜は言った。蘇生能力を得た影響か、生きているか死んでいるかが何となく分かる。
「死ぬのを待つか、一旦殺すかするにゃー」
「よし、殺そう」
轍夜は剣を閃かせ、さくっと殺して生き返らせた。
「うーん……?」
「あれ? 何が……」
男たちが目を覚ます。解毒剤を持っていた男が事情を説明した。
「ひえー……」
「さっさと歩くにゃー。エルフが気付く前にここを脱出するにゃー」
ケットシーは急かすようにしっぽを振り、森の中を歩いて行く。5人と轍夜はケットシーの後ろを夢中で追いかけた。
しばらく歩くと、森を抜けた。
「ここまで来れば大丈夫にゃー。テツヤ、帰るにゃー」
「どっち?」
ケットシーは嘆息し、轍夜の頭に乗る。
「左を向くにゃー。……そっちは右にゃー」
「あれ?」
そんな1人と1匹を、5人の男は複雑な表情で見送った。
「……助かったな」
「蘇生能力とか言ってたな。そんなの有りかよ」
「てかさー、それなら解毒剤なんて要らなかったんじゃないか?」
「エルフを斬るわけにはいかないんだろ」
「あー……」
「もうさ、エルフ狙うのやめよう」
「そうだな。ここが一番楽だって聞いてたのに、このざまだし」
「南行くのやめて、北に帰るか」
「そうだな」
5人は話し合いながら、船着き場に向かった。
「不思議にゃー。エルフがあんな毒にあっさりやられるとは思えないにゃー」
轍夜の頭の上で、ケットシーは呟いた。
「対エルフ用なんだろ?」
「それでもにゃー。臭いで気付いて対策するはずにゃー」
「ふーん?」
そんな話をしながら帰り道を歩く。城に着いた時には日が沈んでいた。




