3-3 魂を喰らう獣
妖精の島には気温の変化がほとんど無い。1年を通して暖かく過ごしやすい気候だ。
しかし、「春夏秋冬」は存在する。星の位置で把握するのだ。
ある冬の夜。轍夜とリィラは同じベッドの上にいた。
窓から差し込む月明かりが、ランプを消した室内を映し出している。
城には結界が張ってあるので基本的には安全だ。だから、この時、リィラは杖を異空間にしまっていた。轍夜も剣を手の届かない場所に置いていた。ケットシーは散歩に出ており、城内にいない。
そんな夜に、それは突然、影のように立ち上った。ベッドから少し離れた窓際。ゆらりと形を結び、リィラに襲い掛かろうとする。
リィラはすぐに杖を出そうと呪文を唱え始めた。
「スパティウ……!」
影の動きはあまりに速く、リィラは目を見開いた。間に合わない。
「くそ!」
轍夜が割り込む。影がずぶりと轍夜を飲み込んだ。
(……〈魂喰らい〉ですか。連れ去られましたね)
影が消えていく。轍夜の体から力が抜けて、リィラの上へどさりと落ちた。開かれた目は焦点を失い、何の反応も示さない。
リィラは溜息を吐いた。
(まあ、テツヤなら大丈夫でしょう)
魔力量が多い者の魂ほど美味しいらしい。逆に魔力の少ない者の魂は不味くて、食べられたものではないのだとか。ゆえに、轍夜の魂は食べられない。戻ってくるのを待つのみだ。
轍夜の魂は閉じ込められていた。
「どこだよ、ここ」
呟きが反響し、真っ暗な空間の狭さを示す。
(何もねーしなー)
状況がよく分からず、轍夜は首を傾げた。剣があれば斬ってみようと思うところだ。何も見えないが、手首をつかむと剣士の腕輪の感触がある。
(剣……あるってことにすれば出てきたりしねーかな)
そんなことを考えて、思い描いてみる。剣が手元にあると。いつも使っている剣が。黒い刃をもつ剣が。
すると、右手に重みを感じた。いつの間にか剣を握っている。
(まじで出てきた!)
驚きつつも、正面を横一文字に斬り裂いた。空間が綻んで、ゆっくりと消えていく。
視界に光が差した。目の前に、大きな獣がいる。
地の底から響くような声が耳朶を打った。
「女の魂をさらうように言ったはず。何故男なのか」
それは、轍夜に向けられた言葉ではなかった。言葉の先は、轍夜の後ろにいる獣。轍夜の魂をさらった獣だ。
大きな獣――獣王は不満を口にした。
「折角、呪術師がお膳立てしてくれたというのに。そんな不味そうな魂は要らぬ。棄ててこい」
「お言葉ですが、男も女も魂の味に差は無いかと」
「たわけ。そういう問題ではない。よく見てみろ」
「あっ……そういうことですか」
轍夜の魂をさらった獣は、納得した。そして、轍夜の魂が入ったカゴをくわえて獣王のもとから立ち去る。ぽいっとカゴを放り投げ、その獣はどこかへ行った。
よく分からない場所に放置された、いや棄てられた轍夜は途方に暮れた。
カゴからは簡単に抜け出せた。するりと素通りできたのだ。だが、帰ろうにも、周りには草原が広がるのみ。どちらに進めば良いのかも分からない。
(オレは今、魂だけの状態ってことだよな?)
普段は働かせない頭をフル回転させ、何とか理解しようと努める。
(魂……って、勝手に体に戻ろうとするものだよな、多分)
ということは。
(戻りたいって思えば戻れるんじゃね?)
そう考え、目を閉じて念じた。
(オレは! 体に戻る!)
轍夜が目を開けると、リィラと目が合った。
「お帰りなさい」
「ただいま……?」
微笑むリィラに返事をしつつ身を起こすと、ケットシーが頭に乗ってきた。
「ふにゃー。テツヤ、なかなか見事にゃー」
「何が? あ、それより! 何か、呪術師って言ってた!」
轍夜は慌てて言う。リィラは息を呑み、
「どういうことです?」
と尋ねた。
「よく分かんねーけど、リィラをさらうよう言ったやつが、呪術師がどうこう言ってたんだ」
「分かりにくいにゃー。つまり、こうかにゃー? 〈魂を喰らう獣〉は呪術師の助力を得てこの城に侵入し、リィラの魂を狙ったのにゃー。でも、テツヤが妨害したから事なきを得たのにゃー」
ケットシーは、散歩から戻った後リィラから話を聞いていた。それと轍夜の話をまとめたのだ。
「なるほど……」
〈魂喰らい〉とも〈魂を喰らう獣〉とも呼ばれるその種族は、北の大陸に住んでいるといわれている。大陸に渡った呪術師がその種族に接触したということか。
「もしや、例の魔術師はわたくしの杖を狙っているのでしょうか」
「きっとそうにゃー。正面からじゃ無理だから、他の種族をけしかけているのにゃー」
「厄介ですね。目の前に現れてくれれば、返り討ちにするものを」
リィラはケットシーをなでながら言った。
「ふにゃー。みーももっと警戒しておくにゃー」
「助かります。しかし、こうも容易く侵入されてしまうとは……。結界を強化しなければいけませんね」
「できるのかにゃー?」
「現状ではできません。魔術院で新たに覚えなければ」
魔術院は魔術書が収められた施設だ。魔術師を志す者は、どこの国の者であれ、そこで魔術書を読み魔法を学ぶ。中には魔術書を書き写して自国に持ち帰る者もいる。
「しかし、そう何日も留守にするわけにはいきませんし……」
リィラは迷った。魔術院があるのは西の大陸。行くだけで何日もかかる上、魔法を覚えるのにも時間がかかる。10日以上国を空けることになるだろう。
「おっさんに頼めば?」
轍夜の提案に、リィラは何のことかと考える。
「……ペトアモスにですか?」
「そうそう」
「誰にゃー?」
「前はこの島に、人間の国が2つあったのです。今は無いもう一つの人間の国の王だったのがペトアモスで、今はわたくしの家臣です」
事情を知らないケットシーに、リィラは軽く説明した。
「珍しいにゃー。島に2つも人間の国があったなんてにゃー。普通の島は1つの種族につき1つの国だと聞いたにゃー」
「その通りです。……どこで聞いたのですか?」
「風の噂というやつにゃー」
ケットシーはしっぽを揺らし、ぴょんっと轍夜の肩に乗る。
「まじでやめて。最近肩こり酷いから」
轍夜はげんなりして言った。
「てか、その魔術院ってとこ、オレも一緒に行ったらダメ?」
「駄目というか……行っても入れません。最低限、魔法を使うに足る魔力量の持ち主しか入れないようになっているのです」
「にゃー。それも聞いたことがあるにゃー。それだけ魔術院は特別な場所なんだにゃー」
「はい。何しろ聖地の中心ですから」
西の大陸では戦争が激しい。魔術院のある聖地を巡って、いくつもの人間の国が争っているのだ。
「西の大陸は人間が多すぎるのにゃー」
ケットシーは呆れたような声で呟いた。




