08.エリザベスは治療する
金の薔薇――――
レポワージュ領の名産品が薔薇になったのも、現国王であるレオナルド殿下の父親に献上したこの金の薔薇がきっかけであった。
そもそも金色は王家代々に受け継がれる瞳の色であり、歴代の国王陛下もレオナルド殿下も光輝くような金の瞳であった。それ故に金は王家の色とされている。更に男性は愛する女性に、自身の瞳と同じ色の花を贈る事がこの国の習わしでもあった。
そしてレポワージュ領から献上された金の薔薇を国王陛下が王妃様の誕生日に捧げたのだが、そのお話は恋愛劇となって国内各地の劇場で公演され、数多くの国民へと伝わっていった。
金の薔薇は陛下が王妃様へと捧げられた花、通称プリンセス・オブ・ローズとして爆発的に有名になったのだ。
エリザベスも十五歳になった年、社交界のデビュタントの際にレオナルド殿下から贈られた花でもある。
エリザベスの銀色の髪にレオナルド殿下の瞳の色の薔薇を付けて、初めて一緒にダンスを踊った。
レオナルド殿下はとてもダンスが上手で、舞い上がっていたエリザベスを優しくリードしてくれたのだ。
周りのご令嬢からは「エリザベス様は殿下に愛されているのですわね」と口々に言われて、更に舞い上がってしまったのを覚えている。
しかしレオナルド殿下がエリザベスに対してあまり好意を抱いていないのはうっすらと気づいていた。金の薔薇だって偽善からの贈り物だったのかもしれない。
それでも国王陛下と王妃様の恋愛劇に憧れていたエリザベスは、今までレオナルド殿下から贈られたどの宝石やドレスよりも、殿下と同じ瞳の色をした金の薔薇が一番嬉しかったのだ。
あの輝くように美しい金の薔薇はこの方が――――
足の怪我が原因なのか、研究は不調そうだった。ラジェール王国との戦争が起きた為に、このままでは本来はあるはずの金の薔薇が無くなってしまうのかもしれない。レオナルド殿下との思い出の品である金の薔薇が……。
もうエリザベスがレオナルド殿下と婚約する未来は無いのかもしれない。むしろ婚約してもレオナルド殿下は男爵令嬢に恋をする未来は知っているので、再度嫉妬に駆られ罪を犯すような可能性を生むのは絶対に避けなければならない。今後もレオナルド殿下とは婚約などしてはいけないのだ。
そうなるとこの思い出は永遠にエリザベスだけの思い出となる。
しかし確かにレオナルド殿下を愛していた頃の自分はいたのだ。その頃の美しい思い出の品までもが無くなってしまう……。そう思うと、心にチクっと痛みが走った気がした。
ん? チクっ? いやいや、違う違う!
あまりにも思い入れがある花だったから、ついつい昔の恋愛脳になってしまったが、本当に重要なのはそこでは無い。このままではレポワージュ領の名産品が無くなってしまうという危機なのだ。金の薔薇の経済効果は計り知れない。それによって仕事が増えて多くの人々の暮らしが潤うのは間違いないのだ。
エリザベスはパームさんの旦那さんの足を治すと決意した。金の薔薇の話が出る前も治療したいと思っていたが、エリザベスが治癒の魔法を使える事がシャーリーやダニエルに知られてしまうのだけは避けたかった。家の者に伝わってしまったらエリザベスはその理由など話すことは出来ないだろう。
エリザベスは未来で人を殺め、殺人の罪で服役しているうちに数々の癒し魔法が使えるようになった。そして何故か過去の自分に戻ってしまい、今現在魔法が使えるようになったのよ……なんて言えるはずもないし、そんな話は正気の沙汰ではない。
きっとお母様は卒倒し、お父様と兄のアーガイルはすぐさま医者を呼んでエリザベスをベッドから離してくれなくなるのは目に見えている。
しかし、そんな事は言っていられない。レポワージュ領に住む人々の為にも、金の薔薇は無くてはならない物なのだ。
エリザベスは真剣な面持ちでパームさんの旦那さんの元へと歩き出した。
「?!!」
「どっ、どうしたんだい?! お嬢ちゃん……」
エリザベスは旦那さんの足元に跪くような形で床に足をつき、失礼しますと一言声を掛けて彼の足に手を触れた。
「金の薔薇は決して夢物語ではありませんわ。 私はおじ様が夢を叶えられると信じております。どうか諦めないで下さい……」
「あ……。はい」
エリザベスに足を触れられて、慈悲深い聖女のような神々しい顔で見つめられたパームさんの旦那さんは、真っ赤に顔が染まっていった。
それを見たパームさんはゴンッと一発、旦那の頭に焼きを入れる。
「さっ、そろそろ仕事場に戻らなきゃ! お嬢ちゃん行くよっ」
「はいっ!」
エリザベスは去り際にコソッと一言耳打ちをした。
「足の治療代として、この事は秘密にして頂けると助かります」
一体何のことだ? と、唖然としている旦那さんに向けてエリザベスは微笑みながら一礼した。
エリザベスは足に触れた際、無詠唱で超再生魔法を使い、骨や細かい神経細胞など壊れた組織を全て元どおりにしたのだ。
このおよそ三十分後、立ち上がろうとしたパームさんの旦那さんは何の痛みも無い足に驚くこととなる。
エリザベスの仕業だという事を黙ってくれるのかは分からないが、もし家族に知られてしまったらその時はその時でどうにかするしかないだろう。
そして、狭い家だし着替えなんてすぐに終わるからと、シャーリーとダニエルはパームさんの家の前で待たされていた。
その二人がこの後、エリザベスのとんでもない格好を見て腰を抜かしたのは言うまでもないだろう。
こんなに沢山の方にお読みいただけるなんて思わずとても驚いています。これからエリザベスは恋愛よりも人助け!と言いつつ、どんどん人たらしっぷりを発揮していく予定です。
完結まで無理せず頑張ろうと思いますのでよろしくお願いします。ここまでお読みいただきありがとうございました。