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07.思い出の薔薇

 



 エリザベスは薄紫色の質のいい生地に豪華な花の刺繍が入った王室御用達ブランドのドレスを着ていた。クローゼットに入っている中でなるべく目立たないドレスを選んだつもりだが、一目で高貴な身分だと分かるだろう。


 そんな身なりをしたエリザベスがいきなり農作業中に現れて、一緒に仕事をしたいだなんて言い出したらどうなるだろうか。迷惑をかけてしまうのは重々承知だった。しかしエリザベスにはどうしても譲れないものがあるのだ。



 服役中、治癒能力もまだ低く戦地に放り込まれる前のこと。エリザベスは様々な貧困地域に住む人々を目の前にしては何もできずにいた。囚われの身のエリザベスが魔法で治療する人は限られていたからだ。治療していたのは、高額な医者にはかかれないけれど最低限のお金を持っている中間層以下の市民がほとんどだった。


 犯罪者である首輪を付けたエリザベスに誰もお礼など言わなかったが、不満や文句は何度も何度も言われた。エリザベスには一銭も入らないから分からないが、治療代は決して安くは無かったのだろう。自身の命に関わるので泣く泣く治療代を払うが、明日食べるご飯が無いと文句を言う人は多かった。

 治療を受ける事ができる人でこの状況だ。受ける事も出来ない人達はいったいどんな生活をしているというのだろうか。


 治療する施設の建物はその土地によって格差があった。そして貧困街に面している時が一番辛かった。

 そういった場所だとよくお金を持ち合わせていない子供が自分よりも小さな子供を抱えてやってくる。妹の、弟の命を助けてくださいと、涙ながらにやって来るのだ。

 エリザベスを監視している国の役人達はいつも追い払っていたが、エリザベスはそれを見ている事しかできなかった。


 救える命を目の前にしても救えない事に、罪の意識は増えていった。それに比例して、今まで何も知らずに贅沢な暮らしをしていた自分に嫌気がさした。エリザベスは何度も何度も過去の自分を呪った。知らないということは何て恐ろしいことか。無知とは罪なのだ。


 本当は今すぐにでもこの力を使って貧困街へ赴き、病や怪我で苦しんでいる人々を治してあげたい。しかし今の状態でその道を選ぶと両親や兄は必ず反対するたろう。もう親不孝を繰り返したくは無い。この国の悲惨な状態を知っても十三歳のエリザベスに出来ることなど少ないのだ。


 でも、せめて、少しだけでも……。

 今まで知ろうともしなかったエリザベスが守るべき領民の暮らし。それを知る努力はしたかった。少しでも力になれるように考える事は絶対に必要だと思ったのだ。



「あれまぁ、なんて可愛いらしいお嬢ちゃんだこと!」

「やだ、パームさんったら! どう見たってお嬢ちゃんって歳でも無いでしょうよ」

「あっはっは! そうかい、悪かったねぇ。で、お嬢ちゃんは何の用だい?」


 パームさん達は貴族の身なりをしたエリザベスに臆する様子もなかった。それどころか明るく接してくれる人柄にエリザベスはとても救われる。


 結局お嬢ちゃんのまま呼ばれたエリザベスは仕事中にいきなり押しかけた事を謝り、農作業を一緒に手伝いたいとお願いした。


 パームさん達はそれを聞いて驚いていたが、皆んな嫌な顔ひとつせずに快く承諾してくれたのだ。

 更にドレスが汚れてしまうからと言って善意で服を貸してもらえる事になり、エリザベスは一番家が近くにあったパームさんの家を訪れた。


「あらぁ、お嬢ちゃん、作業着姿もなかなか良く似合ってるわよ! ねぇ、あんた?」

「いや、似合っている……のか……?」


 突然話を振られて、椅子に座っていたパームさんの旦那さんは唖然とした。いきなり豪華なドレスを着た、いかにも貴族だろうという少女が家に入って来たと思ったら、パームさんがいつも着ているくたびれた作業着に着替えて出て来たのだ。


 作業着は上下紺色で、上は長袖、下はスカートの下に履くドロワーズをもっと長く大きくしたようなズボンだった。それに顔の周りにひさしがついた頭巾のような帽子を被っていた。

 手入れが行き届いている銀色の長く艶のある髪に、農作業など絶対にした事が無いような白くきめ細やかな肌。そして華奢な体のエリザベスにはとても違和感がある姿だった。


 鏡が無いのでエリザベスは自分が似合っているのかは分からなかったが、初めて着る作業着がとても新鮮で、これからする農作業が余計楽しみになったのである。

 そんなワクワクしたエリザベスの顔を見て、パームさんの旦那さんはこれ以上何も言わないでおこうと思った。


 そういえばパームさんは外で働いていたけれど、旦那さんはちょうど休憩中なのかしら……?


 家の中にいる旦那さんを見てエリザベスは少し不思議に思ったが、彼の横に立てかけられている杖が目に入り、エリザベスは唐突に話しかけてしまった。


「おじ様……失礼ですが、足を悪くされているのですか?」

「おっ、おじ様……?!」

「嫌だねぇ、そんなおじ様って柄じゃないよぉ、この人は!」


 旦那さんは動揺し、パームさんはケラケラと笑って、話を続けた。


「この人はねぇ、去年仕事の一環でラジェール王国にいたんだよ。運が悪かったんだねぇ、その時戦争に巻き込まれて足を怪我しちまってさぁ。今ではろくに仕事も出来ない体になっちまったんだよ」

「そうだったんですか……」


 ラジェール王国。去年といえば、この国と戦争になったという……。


 エリザベスの知っている過去では戦争になっていないので、歴史が変わっていなければ間違いなく怪我はしていなかっただろう。ここにも運命が変わってしまった人がいるとは思わなくてエリザベスは驚いた。


「ちなみにおじ様はどのようなお仕事をされているのでしょうか?」

「仕事と言ってもこの人は研究に力を注いでいてねぇ。家の裏に大きな小屋があっただろ? あそこで薔薇の新種を改良しているんだけど、いかんせんあの小屋は温度を保つのにお金がかかってねぇ……」


 そう言ってパームさんはジロリと旦那さんを睨んだ。


「わ、分かってるわい! 今回失敗したら、もうあの小屋も研究もキッパリ足を洗うと言っているだろう!」


 旦那さんはバツが悪くなって、そっぽを向いた。


「薔薇……の研究ですか?」

「そうさぁ。あれ、お嬢ちゃんは知らなかったのかい? ここら一帯は全部、薔薇農園なんだよ。この人は金の薔薇を作って王家に献上するのが昔からの夢だったのさ」

「おい! お前、喋りすぎだぞ!」


 エリザベスの質問でまさかの夫婦喧嘩が勃発しそうだったが、エリザベスは正直それどころではなかった。



 金の薔薇――――



 それはエリザベスの知る限り、確かに王家に献上された薔薇、プリンセス・オブ・ローズである。そしてエリザベスとレオナルド殿下の思い出の花でもあった。




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