06.いつか聞いた民謡
雲ひとつない青空の下、ガタンッという音と共にエリザベス達を乗せている馬車が大きく斜めに揺れた。
エリザベスは隣にいたダニエルが咄嗟に支えたが、向かい合わせに座っていたシャーリーはダニエルの体に突進する形になってしまう。
馬車はガコンガコンと変な音を数回立てた後、そのまま止まってしまった。
「エリザベス嬢、大丈夫ですか?!」
「ええ、ダニエルさんのおかげで私は何とも。それよりお二人の方が……」
「いえ、お構いなく! 失礼、少々ここでお待ちください」
エリザベスの無事を確認するなり、ダニエルはいち早く現状を把握する為に外へ飛び出した。
「何で平気なのよ、あの筋肉バカ。いったたたた」
「まぁ、シャーリーおでこが……。ヨシヨシ」
エリザベスは真っ赤になったシャーリーのおでこを撫でながら、本人に気付かれない程度に魔法で癒してあげた。
「お嬢様……(尊い……)」
シャーリーはエリザベスの五つ歳上だった。自分が守るべき主人を守れず、あろう事かバカにしていたダニエルに守ってもらう形になり落ち込んでいたが、エリザベスのヨシヨシの前ではそんな気持ちも吹き飛んでしまう。
戻って来たダニエルの話だと、さっきの揺れと衝撃は大きな石に馬車がちょうど乗り上げてしまったせいらしい。それが原因で車輪の軸が外れそうになってしまい、現在エリザベス達は車輪が直るまでの間、立ち往生する羽目になってしまった。
今回通った道は、迂回して行きたいというエリザベスたっての希望の為、お屋敷から街へ直接続く大きな道ではなかった。周りを見渡しても、ただただ広大な農村が広がるばかりで、あまり舗装が整っていない砂利道をずっと走っていたのである。
そもそも以前のエリザベスはレポワージュ領の事を父親の話や資料では認識していたが、こうやって自身の目で見たことは無かった。
外出するとしても、演劇を見たり食事をする為に一時間かけて王都の貴族街に足を運ぶ事がほとんどであった。
今はレポワージュ侯爵家に生まれた者として、自身の領民について知ろうともしなかった自分をとても恥じているし、十三歳のエリザベスにも何か出来ることは無いかと模索していたのだ。
「お嬢様すいません、あと小一時間はかかるそうです」
「そう、でも丁度いいわ。領地の農村の様子も見たかったの。少しこの辺りを散策しましょう」
「えっ、お嬢様?!」
そう言ってエリザベスは馬車のドアを開けた。
お屋敷以外の土地を歩くのは、十三歳のエリザベスになってから初めての事である。砂利道のデコボコした道の上へと、エリザベスは大きく足を一歩踏み出した。
罪人として服役していた五年間は、お天道様の下を自由に歩く事などもちろん出来なかった。
何処へ行くにも監視官の指示の元動かなければならなかったし、治療をしていた施設から外へ出るときは次の治療施設へ向かう馬車に乗り込む時だけだった。色々な地域を巡ったけど、外の世界は馬車の中から眺める事しか出来なかったのだ。
だけど今は――――
エリザベスは自由を噛みしめるように、もう片方の足を馬車から降ろす。そして果てしなく広がる空を、意志の揺るがない真っ直ぐな瞳で見上げた。
「決して自分の罪を忘れたわけでは無いわ。これからは、私は私の意思で一歩ずつ歩きながら罪を償います」
「お嬢様……?」
一呼吸おいてシャーリーの方へ振り返ったエリザベスの顔は、無邪気な笑顔だった。
「さあ、シャーリー行きましょう!」
「行くって何処へですか?! お嬢様〜〜!」
車輪を直していた男組に、待っている間この辺りを散策してくると言ったらダニエルが慌てて付いてきた。
左右を見渡すと、何かの苗がビッシリと綺麗に列をなして植えられている。どこまでも続く青い空と、遠方まで緑色のラインが伸びている景色は見ていて気持ちが良い。
そよ風が頬に当たり、エリザベスの銀色の細い髪を通って後ろへと流れていく。エリザベスは少し土の匂いが混じった自然の空気を吸い込み、大きく深呼吸をした。
「とっても気持ちいいわね」
「お嬢様、日に焼けてしまいます。やっぱり日傘を取りに戻っても……」
「少しくらい焼けても平気よ」
「ああ……! お嬢様の綺麗な白いお肌がぁああ!!」
「うふふ。シャーリーったら大袈裟ね」
エリザベスもレオナルド殿下の婚約者であったなら日焼けも気にしていたであろう。しかし、今のエリザベスはどうも婚約者の身では無いみたいだし、王家に嫁ぐ者として何を気にする事も無い。晴れて自由の身なのだ。それもあってか、余計に太陽の下を歩くのが楽しかった。
シャーリーが絶叫する最中、エリザベスがルンルンと歩みを止めずに歩いていると、遠くから歌声が聞こえてきた。
人だ……!
苗が植えられている緑の大地の中に女性が四人、五人はいるだろうか? 作業をしながら声を合わせて歌を歌っている。
独特な声色がいくつも重なって、力強くも優しいハーモニーはとても耳に心地良かった。
「ルイヴィサージュの民謡ですね」
いつのまにか隣にいたダニエルは懐かしい目をして言った。
「ダニエルさんはご存知なのですね」
「ええ、村の収穫祭や婚礼などでもよく歌われますし、農作業で歌う時は作物成長の魔法を込めて歌うんですよ」
「魔法を……?」
「はい、歌うように魔法を詠唱するんです。植物は音楽に反応するといいます。それもあって農作業では歌ってると思うんですが」
「そうでしたか……」
エリザベスが服役中の時も、この歌は馬車の外から何度も聞こえてきて、自然と覚えては口ずさんでしまう歌ではあった。しかしそれが何の歌で、何の為に歌っているのかは知らなかったのだ。
「私も歌は知っているのよ? 一緒に参加する事はできないかしら」
「エリザベス嬢がですか?! まぁ、民謡の歌魔法は難しいものでも無いですが、エリザベス嬢はまだ魔法を教わっていない歳でしたよね……?」
「歌魔法は使えないかもしれないけれど、皆さんがしている農作業に参加してみたいの」
「「ええっ?!」」
「ちょっと聞いてくるわね! あのーーっ、すいませーーん!!」
そう言ってお出かけ用のドレスを着たエリザベスが颯爽と農地に入っていったのを見て、ダニエルとシャーリーは顔を見合わせた後、遅れて後を追いかけて行った。
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