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04.エリザベスは絶句する

 



 三つ目の転機は、エリザベスが婚約解消された卒業式の日からちょうど一ヶ月が経った頃だった。

 エリザベスは、自身と入れ替えにレオナルド殿下の婚約者となった男爵令嬢を殺害してしまう。


 しかし正直なところ、エリザベスはどうやって男爵令嬢を殺害したのかがはっきりと思い出せなかった。あまりに精神的ショックが大きかったからなのか、思い出そうとしても頭に霧がかかったようにぼやけてしまうのだ。


 しかし既に息を引き取った男爵令嬢がエリザベスの目の前に倒れている光景だけは鮮明に覚えていた。

 男爵令嬢を心底恨んでいたので動機は充分にある。目撃証言こそないものの、殺害現場の状況からしてエリザベスが犯人だと断定された。


 まだレオナルド殿下と男爵令嬢は婚約の段階であったが、エリザベスは未来の国母を殺害したのだ。極刑は免れないと思われたが、これも神の思し召しなのか何なのか、結局エリザベスは無期懲役の受刑者として生き延びる事が出来た。


 きっとあのまま極刑を受けていたら、なんの反省も無く周りの全てを恨みながら死んでいったに違いない。

 こんな風に家族の温かさを感じる事も無かったのだ。



「エリー、何か悩み事でもあるのかい?」

「あ、いえ……何でもありませんわ」


 いけないいけない。家族団欒の朝食の席で考えごとをしてしまった。


「そうか、悩んでいないのならいいが……。しかし何か我慢していることがあるなら何でも言って欲しい。以前は欲しいものをよくねだってくれたじゃないか。エリーが聞き分けのいい子になるのはまだ早い。私は反対だな」


 少しむくれたような顔をしてお父様は言った。


 確かに以前は欲しい物があったら頻繁にお父様におねだりをしていた。お父様も娘が喜ぶ顔を見たいのか、お願いしたら嬉しそうにして何でも買い与えてくれた。


 エリザベスは受刑者として何年も国内の色々な地域を巡り、今のエリザベスと同じ年頃の子を何人も見てきた。

 実際、この国で普通に暮らしている人ならば十三歳はもう子供ではない。裕福な家庭でもない限り、女だとしても立派に働いているのが当然だった。

 欲しい物があれば自分で稼いだお金で買っている。それも大体の人は家計を助ける為に働いているので、自分に使える金額は僅かなものだった。


 しかも侯爵家のお屋敷には何もかもが揃っている。受刑者として生きてきた壮絶な五年間を思えば、これ以上欲しいものなど何も無かった。


「お父様、ありがとうございます。でも決して我慢をしているわけではありませんの。こうして家族一緒に食事をいただけるだけで私は幸せなのですわ」


 エリザベスはお父様の気持ちをありがたく思いつつも、少し困ったように微笑んだ。


「エ、エリー……うっ、うっ……」


 何故か隣に座っていたお母様が泣き出してしまった。


「……なぁ、エリー。エリーは良くなったと言っていたが、やはりまだどこか具合が悪いんじゃないのかい?」

「なっ……?! そうなのかエリー?! おい、早く誰か医者を呼んでくれ!」

「えっ、ちょっ……お兄様!? 私は何ともありませんからっ!!」


 お父様がいらぬ心配をしたおかげで、兄のアーガイルは慌てて席を立ち上がり、エリザベスの元へ駆け寄った。

 大袈裟に心配する家族に驚いてエリザベスは声を荒げてしまう。


「ホッ……。良かった、いつものエリーだね」


 お兄様、それはどういう意味ですか?


「最近のエリーを見ていると一人で何かを抱え込んでいるように見えてね。エリーが成長しようとしているのは分かるんだが、お父様やお母様や私にも、たまには甘えていいんだよ?」


 そう言ってアーガイルはポンポンとエリザベスの頭を撫でてくれた。


 そんな風に思ってくれていたなんて……。


 以前のエリザベスなら甘えるのはもちろん、心配されるのも当たり前の事だと思っていた。


 両親や兄の優しさに胸がじんわりと温かくなるのを感じる。それと同時に、欲しいものは無くてもここは甘えなければならないと悟った。


 エリザベスは少し考えた後、遠慮がちに口を開く。


「……じゃあ、ひとつだけお願いをしてもいいかしら」


「「「何?! 何だい?! 何かしら?!」」」


 みんな見事に声が揃った。


「ええと……、お屋敷の外に出たい……です」

「「「えっ…………?」」」



 エリザベスは侯爵領に住む人々の生活を自分の目で見たかった。さらに言うと孤児院を巡ったり、この領地にある貧困街がどういう状況なのかも知りたかった。


 しかし家の中で転んで一週間も寝込んでいたエリザベスを思うと、両親も兄もすぐに返答できなかった。


 街での買い物ならともかく、孤児院を巡りたいと言ったら大反対されたので、さすがに貧困街を確かめたいなどとは言えなかった。そうは言っても、エリザベスの事が大好きな三人は遠慮がちに言われたお願い事を無下にも出来なかったのだ。


 こうして街での買い物巡り限定だが、侍女のシャーリーと護衛を二人付けるという形で、エリザベスは外出する許可を得る事ができた。




「はぁ……。殿下との予定さえ無ければ、私がエリーとお出かけできたのに……」


 食事を終えて、先程からブツブツと独り言を言うアーガイル。


 アーガイルとエリザベスは幼少の頃からレオナルド殿下の遊び相手であり、数少ない殿下の幼馴染である。

 しかしエリザベスが十歳を過ぎた頃、レオナルド殿下を友人ではなく異性として意識し始めてからは、一定の距離を置かれてしまう。

 アーガイルは男同士でなおかつ同い年という事もあり、今でもしょっ中レオナルド殿下に城へと呼び出されていた。

 婚約が決まる前はレオナルド殿下とほとんど会う機会も無くなっていたので、エリザベスはアーガイルが羨ましくて、いつもキーキー怒っていたのを覚えている。


 そういえばすっかり忘れていたが、十三歳の頃は既に王妃教育が始まっていたはずだ。

 毎日のように城から家庭教師が派遣され、通常の勉学も含めて徹底的に教えてもらっていた。更に月に二、三度はエリザベスがお城へと向かい、国王様や王妃様、レオナルド殿下と一緒に食事をしていたはずである。


 過去の自分になって目覚めてからは一週間経ったが、今のところ一度も家庭教師は来ていない。

 実際今のエリザベスは、王妃教育も十八歳までに習う貴族としての知識や教養も全て学び終えているので習う必要は無いのだが、そうはいかないだろう。

 しかし思い返せば毎日の勉強量は相当なものだった。それが辛くてよくエリザベスは発狂していたのだ。

 その勉強量が、寝込んでいた分も合わせて二週間分も手付かずのまま溜まっていると思うと、とても恐ろしく思えた。


「そういえばラッセル先生はいつ頃からいらっしゃるのでしょうか? お兄様は何かご存知ですか?」

「ラッセル先生……?」

「ええ、私の王妃教育を担当されている家庭教師の先生ですわ」


 ラッセル・バーナード。現在の国王陛下の末の弟で、王位継承権を唯一放棄している人物だ。

 彼の知識はあらゆる分野に長けていたので、十三歳の頃の家庭教師はほぼラッセル一人が付きっ切りで教えてくれていた。


 当初、王妃教育なので女性の先生が来るのかと思ったが、実際に来てくれていたのは長身で美丈夫のラッセルだった。

 しかし薄く青がかった髪はストレートで長く、体の線は細く顔立ちも中性的だったので、これで身長が低ければ女性と言われても過言ではなかったのだが。

 更にエリザベスが魔法学園に入った際にも教師として赴任していたので、とても縁のある先生だった。


「エリー……やっぱり熱があるんじゃないのかい?」

「……?」

「ラッセル先生など知らないし、王妃教育と言われても……」


 アーガイルは続きを言うのを躊躇ったが、再びエリザベスの目を見て話し出す。


「エリーは殿下と婚約なんてしていないじゃないか」


 エリザベスは声を失った――――





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