03.エリザベスは思い出す
エリザベスが目覚めてから一週間。
弱った体も転んだ際に捻挫していた脚もすっかり元どおりになり、自由に動き回れるようになった。
現在の自分は十三歳だと知り、以前の年齢から考えてちょうど十年の時を超えた事になる。
「はぁ……せめてあと一年、昔に戻れていたら……」
「お嬢様、如何なさいましたか?! 具合でも悪いんですか?!」
ため息をついたからか、侍女のシャーリーが物凄く心配そうに聞いてくる。
最初は私に怯えているようだったが、一週間かけて積極的に話しかけていたら、いつのまにかそれも無くなったようだった。
それにしてもため息を吐いただけで、心配しすぎではないだろうか……?
「ふふっ、シャーリーったら大袈裟ね。私は今日も元気いっぱいよ?」
そう言ってベットから出て立ち上がった拍子に、エリザベスは足を滑らした。
「あっ……!」
「おっ、お嬢様っ!!」
パフン……
見事お尻からベットに倒れこみ、エリザベスはしばし呆然としたものの、自身のおっちょこちょいさ加減に笑いが込み上げてきた。
「クッ……クックック。これじゃあシャーリーが心配するのも無理ないのかしら」
「もうっ、お嬢様ったら! そうですよ。心配するに決まってます。本当に気をつけて下さいね!」
そう言ってシャーリーはエリザベスの両手を掴んで体を起こしてくれる。
怯えていた頃とは一変して、一週間足らずでエリザベスを叱ってくれるまでになるとは……エリザベス自身も驚いていた。そしてエリザベスを叱るほど心配してくれる人がいるという事に、心の底から嬉しく思い感謝をする。
あ……シャーリーの手が少し荒れてきているわ。
エリザベスはシャーリーに気づかれないように一瞬で魔法を使い荒れた皮膚を治癒した。
少し前に治したばかりなのにもう荒れてしまうのね。どれだけ仕事が過酷なのかしら。今度使用人達の仕事内容を見てみようかな。
エリザベスは触れたもの限定で詠唱せずに魔法が使えた。
普通魔法を使うには必ず詠唱しなければならないのだが、エリザベスがこなしてきた数えきれない治療行為により気づいたら無詠唱が出来ていた。
時を遡った今でも未来で起きたエリザベスの記憶があるように、未来で経験して得られた能力は健在であったのだ。
これによって両親や兄はもちろん、使用人達にも気づかれず、さり気なく癒し魔法をかける事が出来た。
癒し魔法は免疫を極限に高めて病気を予防しつつ体調を回復させる魔法だ。
更に手荒れが酷い使用人には肌再生の魔法をプラスしてかけてあげていた。
十三の頃はまだ魔法学園に通う前で、本来なら魔法の使い方など学んでいない歳なのだ。お世話になっている周りの人の為にもせめて病気予防はしてあげたい。
詠唱なしで魔法が使えて本当に良かったと、エリザベスはホッとする。
ちなみに侯爵家の本邸であるこのお屋敷の使用人は全部で百三十八人。
動けるようになったここ二日間で全ての人に魔法をかけ回っていたので、魔力が急激に減り足元もふらついたのである。
寝たら魔力は自然と復活するのだが、エリザベスは夜な夜な記憶を整理し、自身の今後やるべき事について考えを巡らせていた。
まず、エリザベスの人生において大きな転機は三つある。
一つは十二歳の年にこの国の王太子であるレオナルド・ルイヴィサージュ殿下と婚約を結んだ事だ。
今は十三歳になったばかりなので、残念ながら既に婚約済みであった。あと一年過去に遡っていればこの婚約を阻止する事が出来たかもしれないと思うと、さっきは自然とため息が出てしまったのである。
何故婚約を阻止したかったのかと言うと、理由は転機の二つ目にある。
エリザベスが十八歳になる年、この国の貴族が通う魔法学園での卒業式の場でレオナルド殿下がエリザベスとの婚約を解消すると大々的に宣言したのだ。
婚約解消の理由として、レオナルド殿下と親しくしていた男爵家の令嬢に対し、エリザベスが陰湿ないじめを繰り返していた事実を挙げられる。
しかもエリザベスの数々のいじめを証言したのは、他でもない兄のアーガイルであった。
エリザベスは罪を全て否定したが兄の他にも証言者はいて、それにより婚約は解消される事となる。
そして父親が国の大臣に任命されたのを機に、侯爵家の家長はすでに兄のアーガイルに引き継がれており、エリザベスは兄の独断によって生家から縁を切られてしまったのだ。
まさかの平民落ち。行き着く先は何処かの修道院だろう。将来国の正妃になるはずだったエリザベスにとっては地獄と同様。
平民として生きるのなんて死んだも同然、そんな未来はまっぴらだ。
そうした思いが因果となり、エリザベスには三つ目の転機がすぐに訪れてしまう事となる――――