その、7 ダンジョンを通しで攻略してみよう①
「辻本君はゴールデンウイークどうするの?」
「今年はダンジョンで腕を磨いてきます。俺はまだ洞窟エリア、1人で突破できていませんから」
「そうだったっけ? あれ?」
「制作の時にはその先も入りましたけど、自力で突破は出来ていません。だからこの休みにデパートエリアに入れるくらいには成長したいと準備しています」
そういえば完成して魔物が出てから一緒に行った覚えがない。
「俺も一度最初っから攻略してみようかな。使っている人がどんな感じで攻略を進めているのか実際に見てみるのもいいかも。ゴールデンウイークだと学生の術者さん達もいるかもしれないし」
「学生は増えるでしょうけど、他の年配の術者達は連休が稼ぎ時ですから少ないかもしれません。ダンジョンは稼ぎになりますが顧客の人脈は馬鹿にできません」
辻本君の所は確か祖父母と母が術者で父親だけが普通の勤め人と聞いている。実家にいる家族が受け付けて、手が足りなくなってから呼び戻されるのだろう。
「そういう人は平日?」
「はい」
「んー、両方見に行こうかな。そういえば自分のダンジョンカード作ってない……忙しくなる前に受付の人にも色々お話を聞いてみるか」
時々メンテナンスなどで入ったりしているが、正規のカードを作って受付を通して入場していなかった。管理者権限と言ってしまえばそれまでだが、なんだかせっかく作ったのに勿体ないような気もする。
そうして連休前日の人が減ったお昼過ぎ、征也はダンジョンの家の受付に話を聞きにやってきた。受付班も忙しくはないようで3人が対応してくれた。受付は無人だが呼び鈴ですぐ戻れるからいいのだそうだ。
「明日から客層が変わりそうです。各所でバラバラだった術者達もここに来れば集まって意見交換ができますし、青少年用に少し交流会も企画しています」
「家系に霊力関係者がいないと爪弾きにされる子もいますからね。そういう子を見つけて拾い上げるのもこの家の目的の1つとしています」
「この近辺のみになりますが各学校などにも配布していますが霊力のない子は見えません。そういう仕掛けで発見に繋げる予定です」
参加を募る掲示板の案内には児童用と中高生用は午前中に波川の札作成初心者講座とその後昼食で立食交流会が企画されている。それ以上の大学生や社会人は午後からの講座で夕方から交流会のようだ。気候の良い時期なので外でも大丈夫なのだろう。
「使い勝手が悪いとかトラブルとかは完全に丸投げですけど大丈夫ですか? 変更してほしい所とか追加してほしいとかありますか? 子どもが入るとか予定していなかったので子ども用とか……」
「いえ、トラブルは主に霊珠の所有権や誰が魔物を倒したかの争いですので、こればっかりはどうしようもありません。ほとんど霊珠に付いた霊力をポチ様かタマ様が見分けることで解決しています」
「時々コン様もですね。津田様が配置なさったと聞いておりますが、非常に助かっております」
あれかー、試運転の時から揉めていた事案だよね、と最初の予想外のトラブルだったのでまだ解決に至っていないのかと遠い目になった。
「それと時々霊力を持たない方が無理矢理入って怪我をして上がって来る程度ですね。最初に規約を説明しますが、対人相手に自信のある方は引き下がって戴けない場合が多々ありまして……」
「確かに対人と魔物だと勝手が違いますよね。たまに霊力(物理)の方もいらっしゃるから全員を追い返すわけにもいかないでしょう」
時々、霊力を使っている自覚のない霊力者が対人と同じように魔物を攻撃して撃退する事例があるのだ。
「そうなんですよ! 知り合いの方が『あいつは良いのに俺は駄目なのは納得いかない』と無理に入られるので……そういう方は大体魔物に対応できません」
「霊力が分かっていない時点で却下ですよね」
「はい」
「ですね」
「特にお若い方に多いです」
それはお友達と一緒が良いってことか、それとも気に入らない奴に負けたくないってことか。後者の確率が高いか。
「後は……そうですね、扉から直接個人カードをスキャンして霊珠投入口に投入後すぐ計算して、指定日に口座振り込みなので金銭トラブルは少ないですね」
「ええ、たまーに、本当にたまーーーに現金でご要望もありますが上限が決まっていますから」
「お子さんが初ダンジョンの記念とかですね」
ああ保護者がいる術者さんたちの初陣みたいなものですね。
「そういう方は一緒に明細も欲しいと言う方が多いので発行しています。明細とお金とカードを写真に撮って記念にしているとか。冬休み最初と終わり、春休みの始まりに多かったですね」
「明日からはゴールデンウイークということで学校がお休みで初陣の子も来るかもしれないので、少し多めに現金を用意しています」
微笑まし気に受付さんたちは話してくれる。
「あとは……何だろう、ダンジョン内の休息所に置いてある備品は必要な物をそちらで検討して貰っていると聞いていますし……」
「ええ、最初は炊飯ジャーとポットと水・米・インスタントお吸い物位でしたけど、最近は数種類の味が楽しめるコーヒーメーカーとか固形の栄養補助食品とか入れていますね」
ダンジョン内の休息所は松林さん所の狐さんにお願いして、荷物を持って行き掃除と在庫管理をお願いして補充して貰っているそうだ。物品の減り具合で段々奥へ進む人が増えたと実感しているのだとか。
「外国への情報は葉月様が止めていらっしゃるので資源云々の揉め事もないですし……」
「情報を流れないようにって? どういうことですか?」
「霊珠は今までは術者さんたちの専売特許でしたが今は電力の元にもなる資源ですよ? 新しい資源として公開買い付けを要求されたりすると外交の火種となって揉めるでしょうし、津田様も遠くに新しいダンジョンを作れと言われて困るだろうと葉月様が止めていらっしゃったのです」
「ダンジョンを作るにも大きなエネルギーが必要で簡単に量産できるものではないでしょう?」
「採取する術者も必要ですし、お狐様を呼ぶにしても適応できる人は少ないですし、そう運営は簡単でもないので。揉め事回避のためですよ」
「そうですか」
天司君には気付かない所で配慮して貰っていたようだ。
「やりたいなら自国の神様がいるでしょうし、自分たちで作って自分たちでメンテナンスして運営すればいいと思いますよ?」
「一時は電力会社の人が自力採取しようとなさいましたが、普通に物理では採取できないと撤退されました」
報告を上がってこない所で色々あっていたんだね。ダンジョン内以外の管理はほぼ補佐とダンジョンの家の館長にお任せだったから知らなかったよ。
「電力に換算すると夏の1万世帯を1か月10ctで賄えるそうなので、電力置換機を多く揃えて他の火力や原子力などの電力より安上がりの霊珠電力を進めたいという話を聞いています。最初は調節弁としてお試しから始めたそうですが使い勝手が良いようで」
他の電力の内情は知らないが、大掛かりな輸送も機械も必要ない電力の分安上がりなのかもしれない。
「津田様、個人カードの作成が完了しました。最下層7階までフリーで進めます。最下層以降のカード更新はありませんので、第二ダンジョンは自由にお進みください」
「ありがとうございます。中にいる人にも話を聞いてみます」
カードを受け取って席を立つ。
「それと葉月様がいらっしゃっています。ご一緒に入られますか?」
「いや約束はしていないけど、どうするのかな?」
何も聞いていない。天司が時々ダンジョンを使っているのは知っているが今日はどうするのか知らないのだ。
「一緒に行きましょう。辻本から今日と明日ダンジョンに入って話を聞きに行くと連絡を受けたので、入場者が集まりやすい場所など案内も必要かと思いまして」
と天司が受付裏の部屋に入って来た。
「話が終わったなら行きますか」
「あ、うん」
流れるように連れていかれた。
「3階までは最短距離で降ります。3階の休息所には人がいると思います。後、5階の休息所と6階の階段入口付近ですね。洞窟エリアからデパートエリアに入る前の5階からの合流地点も誰かいると思いますが、どの程度のレベルで聞いてみますか?」
「全体的にみんなから聞いてみたい。仕様変更をするかどうかは別として使いにくい所とか要望とかあれば考えてみるつもり」
先へ先へと作り進んできたが使い勝手などは霊課の面々と報告で上がって来る分しか知らないため、一般術者の実際の声も聴いていないし碌な改善もしていない。ほとんど身内向け、なんて殿様商売なんだ。
「わかりました、では行きましょう」