その、1 新たなるお客様
自分の神社を持って初めての例大祭も終わり、春エリアを閉じ通常業務へそれぞれが戻って行った。
征也は秋に向けて紅葉の美しい『日本庭園・秋エリア』を造ることを目標として資料を集めている。警察庁別館捜査霊課の会議室から神域の黒書院には直通で繋げてあるため、補佐はそこを通ってやって来る。
「津田君、来週のどこかで警視庁のお客様と会ってほしいのだけど。いつが空いているの?」
「来週……月・火・金ならいつでもいいですよ。ああ水・木は狐さん達の一般道お散歩が入っているので、10時から15時までは行けませんがそれ以外の時間なら大丈夫です」
ダンジョンで魔物を倒して霊珠を取ってくれている使役されている狐さん達。尻尾が4本になった狐さんから耳と尻尾が完全に消せる人化の術が使えるようになるので、人の中に混じって過ごせるように練習をするのだ。
尻尾が5本になって飛躍的に能力が上がった狐さん達は現在、第二ダンジョンのデパートエリアを攻略中だ。
「ああ、やっと狐さん達が外に出るのね。どんな感じ?」
「一応、狐さん3匹に保護者2人…ああ召喚者と波川さんですね。ダンジョンの家から近くの稲荷神社まで行ってカフェでお茶して帰って来る予定です。
何度か行って慣れてきたら少しずつ行ける場所を増やして、できれば見回りと浄化をお願いしたいと思いますけど……上手くいくかどうか……上手くいかなければ後ろから着いて来ている俺が周囲の記憶から消して無難な感じに修復します」
「様子を見ながらね。じゃあ来週は月・火・金がいいのね?」
「はい。ご用件は何でしょう?」
「ほら、ダンジョン内に隠れ家を作ったでしょう? それを応用して虐待やDVの避難所を作ってほしいという話だけど、他に一時保護の施設もあればって。できそうかしら?」
ダンジョン内には征也と一緒に作成している辻本が悪ノリしたせいで作られたマンション風の隠れ家があり、被害者の保護などを目的に警察の本部で管理されている。公民館や会議室なども入っているため使用頻度も高いそうだ。
「あー、あっちが図面を持ってきてもらえるなら大丈夫ですけど……。
とりあえず空き空間の広さと提供する場所を決めておきますか? 他の所へ提供することもあるでしょうし、整備すれば使える場所は増えますけど話し合いの場の前に決めておいた方がいいでしょう?」
「そうね。どこがどの程度空いているのかしら?」
征也がダンジョンの立体図を取り出して来た。
「まず、第一からデパートエリアまでと洋館エリアの段差の所で5㎞×幅2㎞位、で洋館エリアから更に日本庭園エリアは広げたので、南側と東側の幅1㎞あります。どうします?」
「そうね、だったら端の1×1㎞を整備しておいて。最初っから広い場所を提供する必要もないでしょ」
「そうですね。ああ、高さは結構まで大丈夫ですよー。600m……って何階まで入るのか知りませんけど」
「そんなに高くは必要ないはずよ。確か、20階建てでも60m辺りだったと思うから。精々100mまで位にしておきなさい。じゃあ、日時はあちらと交渉しておくわ」
「はい」
と言ったのが水曜日。
翌週の月曜日の朝、彼らはやって来た。
「こんにちは、警視庁生活安全部の平石です。こちらは部下の野村」
それぞれに警察手帳を示した。
「原です。こちらは部下の石井」
こちらは名刺を渡され、都庁の児童福祉を担当する職員のようだ。
「坂本です。こちらが今回の計画実行者の津田です」
応接室に案内し、話し合いを始める。
「そちらの作成されたシェルターはとても使い勝手が良く頻繁に使わせてもらっております。今回も安全性が重要な件ですのでご協力をお願いします」
と平石が状況の説明を始める。
「ですので、大体の必要な物を書き起こしてきました」
平屋建ての手書きの見取り図を出して来た。
「いかがでしょうか? 少なくともこの位は必要になりますが」
「えー、大丈夫です。図面は建築家さんにそちらで書いていただいて、こっちで建築会社を使わずに作ります。出入りについては使用人数が変わってくると思うので応相談で」
「そうですね。あちらの方は少人数での出入りが対象なので仕様の変更が必要でしょう。会議室のように使っている所もありますので、そちらを参考にしてもよろしいかと思いますよ。それと、どこに繋ぐのかも考えていただければ」
津田と補佐が平石の図面を見ながら答える。出入りについて話し合い、一息ついた所で安倍がお茶とお菓子を持って来た。今日は一口饅頭か、と思える程度には征也も落ち着いている。
「でも、意外でしたね」
「何がです?」
「だってつつましやかっていうか……いえ、そんなに使う人がいたらいけないんでしょうけどね? 10階建てとか20階建てとかでドーンと建てるのかと思いましたよ。ホント、相談室とかじゃなくてガッツリ精神科入れてシェルターに避難してる人達と一緒にケアするのかと思ってました」
征也が笑顔で言うと
「可能なら今から変更させてください! お願いします」
「こちらからもお願いします!」
「おおう……」
身を乗り出して食いついて来た。やっぱり言えば必要なのか。
「完全に墓穴掘ったわね、津田君。……自業自得と思って頑張りなさい」
補佐は呼ばれたのでしれっと去って行った。
「まず、最大容量を聞きましょう。広さはどの位ですか? 何階建てまで可能ですか?」
原がいい笑顔だ。笑顔の圧力が怖い。
「えー、面積は1×1㎞です。……分かりませんが上が100mまでは大丈夫なので、後は建築家の人に聞いてください。聞いた話だと20階建ての高層マンションで60m位だとか。地下は10mくらいしか掘れませんので地下室は作らない方がいいかもしれませんね」
「キロ?! 単位はキロですか?」
「はい。…ああ、無理に全部使わないといけない訳ではないですよ? 必要な分だけどうぞ」
野村が単位に驚いていたが必要ないなら使わないで構わない。手を広げると維持費が必要になるだろうからコンパクトに作るのもいいだろう。
「わかりました。病院も作っていいのですか? ……もしかして、これは本来の効果の方でそっちの方がいいのでしょうか?」
「生命の、でしたね。こちらが専門でしょうか?」
原と石井が尋ねる。
「そうですね……というか、最初の予想では小児科とか病児保育辺りを頼まれるかと思ったら、まさかの命の危機ですからね。隠れ家あるからと思ったら、え、あれで足りないの? って話でしたから」
大分打ち解けてきている征也が答えると平石が申し訳なさそうに苦笑いして
「あー、すみません、あっちは公安や刑事課や広域などの人を保護していますのでこっちまで枠が足りなくて」
「確実に殺してやる、という明確な殺意で狙われている訳ではないので……」
と野村も困った顔だ。
「……明確な殺意が優先なんですね。そんなに使う人がいるとは思いませんでしたよ」
「予想外に便利でしたから。先月ある捜査官が使用した事例が報告されて以来、全国各所から保護要請ひっきりなしですし。
ところで、2棟、3棟と建てても大丈夫ですか? それとも1棟のみですか」
「そこは建築家にお尋ねください。こちらの指定の範囲内なら1棟でも2棟でも何でも。防災とか採光とか風通しの問題とかあるので建築家の人にご相談ください」
やろうと思えばできないことはないが、秋エリアの整備に出来る限り時間を使いたいところだ。外注できるなら外注して貰いたい。
「津田さん、病児保育がとさっき仰いましたが、一緒に入れても? それに普通の保育園では無理ですか?」
「大丈夫ですよ。病児でも普通でも夜間でも。まあ、緊急避難でなければ安全性とかどういう仕組みになっているとか色々言われると思うので難しいかもしれませんね。
こちらは箱ものしか作れませんから人手の問題などもありますし、その他手配や説明などはそちらでお願いします。屋上を公園とか砂場とかにしておけば、普通の保育園でもなんとかなるかもしれません。その辺りは建築家……それか保育関連の専門の人にお願いします」
「では、出来ないのはどのような場合でしょうか?」
「うーん……基本は生命と浄化ですからね。
警察関係は人を守る、保護するから離れなければ大体は。厚労省も医療関係なら大体は? 特に未成年ですね、眷属が子どもの健やかな成長を担当しているので、このあたり文部科学省とかで小中学校か高校生の第二次性徴が終わるまでは行けると思いますよ? えーっと、……学童保育とか?」
「なるほど」
「あと、植物とかの関連で農林水産省辺りなら……うーん、まあ、ギリギリ何とか……」
「そこまで絞り出さなくても大丈夫ですよ」
どうにか口にした征也に平石が笑う。
「では、こちらで相談して建物の内容を決めてもよろしいですか?」
「ええお願いします」