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第2話⑵


「……お気づきだとは思いますが、私がその剣を直したいと思ったのは父の言葉だけが理由ではありません」


 ヴィーラントとカミラは静かに聞き始める。


「父が死に、母と二人で暮らし始めて一年と少し過ぎたころの深夜のことでした。突然、街中に大きな悲鳴が響き渡ったんです。そしてベッドから飛び起きた母親は窓から外の様子を伺い、しばらくすると血相を変えてこう言いました。『いい? 息をひそめてここに隠れていなさい。そして、何があっても、ここから出ないで』と。わたしは母の尋常ではない様子に言う通りにしていました。すると、家のドアが吹き飛ぶと同時に……」


 小さな手を握りしめ、言葉を詰らせるエマ。


「ワーウルフが家の中へ入ってきたんです……」

「ワーウルフ、か……」


 カミラの言葉に、エマは静かに頷いた。


「母親はその剣を使ってワーウルフに切りかかろうとしました……。でも……その次の瞬間に、母は……」


 彼女は顔を歪め、言葉を詰らせる。

 ワーウルフの群れが村や街を襲う、なんてことはこの世界ではよくある話だった。それをよく知っているヴィーラントもカミラも悲しそうな顔をするも、そこまで驚くことはなかった。


「わたしは……わたしは、何もできなかった……! 目の前で……目の、前で……お母さんが……あんな目に、あっていたのに……!! 怖くて……体が……動かなくて……ただ、見ていることしか……!! わたしは…………!!」


 彼女の握られた手からは血が滲み、瞳から涙がとめどなく零れ落ちていた。

 それでも彼女は涙を殺し、呼吸を整え再び話し始める。


「朝、明るくなってから暖炉の中から出るとワーウルフたちの姿はなくなっていました。そしてしばらくすると近くの城から兵士がやってきて、わたしは教会に……。後から聞いた話では街の人はほとんどが全滅だったそうです……。わたしはすぐに教会から抜け出しここへ向かいました。この怪我はその途中で崖から落ちた時のものです……。幸い高さもさほどなく、下にあった木々と剣のおかげで何とか歩くことはできるくらいの怪我で済みました。そうしてなんとかこの村にたどり着いたんです」


 彼女に起こった悲劇に、室内は重苦しい空気に包まれる。


「わたしはどうしてもこの剣を修理したいんです」

「修理してどうするんだ?」

「それは……この手で母を殺した、あのワーウルフに復讐します」


 ありえないエマの決意に、ヴィーラントは血相を変え強い口調で苦言を呈す。


「無理だ。あんたは訓練された剣士でも何でもない、ただの()()だ。それにこの剣……」


 ヴィーラントはさやから抜いた剣を見つめる。


「この剣には魔力の根源となる石がないんだ。封魔剣ならばその石が柄に施されているものなんだが、この剣にはないどころかついていた形跡もない。たしかに白銀でできていて、ルーン文字が刻まれてはいるが……封魔剣とは言えるものではないな……」

「そんな……」


 彼女には衝撃的な言葉だろう。

 これが封魔剣だと信じ、これが以前の姿を取り戻しさえすればワーウルフに一太刀浴びせることができるかもしれない。そう思っていたのだろうから。


「まぁ白銀自体は相当高価なものだ。一介の戦士じゃそうそう持てる代物じゃない。あんたの親父さんは相当な剣士……それも国から称号を与えられるような、そんな剣士だったんだろう。誇りを持て」


 そう言いながら、ヴィーラントは剣を鞘に納め、エマに手渡す。


「例え折れていてもこの剣、小さな城が買える程の価値がある。母親の仇など考えず売って平和に暮らせ。きっとお前の両親もそれを望んでいる。あんたはまだ若い。そんなことのために命を無駄にするな」


 厳しいが、優しさ故からの言葉だった。

 まだ成長しきらぬ体躯に、まして女性である者がワーウルフに向かっていって勝てるはずもない。まして一匹ではなく集団なのだ。下手すれば仇どころか違うワーウルフに喰われて終わりである。

 しかし……


「それでも……勝てないとしても、命を落とすことになったとしてもわたしは……。 せめて自分の母を喰い殺した、あの片目片耳のワーウルフだけは……許せないんです……」


 彼女の頭には何もせず、あの衝撃的な出来事を忘れて生きるという選択肢はすでにない。

 もはやその程度の憎しみではなかった。

 彼女は決意の瞳を二人に

 その一方で、ヴィーラントは先ほどまでの様子とは変わり出していた。


「待て……今、なんて言った……? 片目片耳のワーウルフだと?」


 少しずつ顔を歪めるヴィーラント。


「もしかして……そいつの残っていた耳にリングのピアスをしていなかったか……?」


 鍛冶師の問いに、エマはしばし記憶を辿る。

 彼女は母親の首元に喰らいつくワーウルフの姿……その時満月に照らされていた右耳で鈍く光るリングを思い出した。


「そういえば右耳に銀のピアスが光っていたはずです……。あの、それがなにか……?」


 それを聞いた瞬間、鍛冶師は激昂し、拳を叩きつける。

 鍛冶師の中ではかつての忌々しい記憶が呼び覚まされると同時に、奥にしまい込んでいた憎しみがふつふつと沸いてきていた。


「そいつは昔……俺から妻と息子を奪ったやつだ……! この片足はその時にやられたものだ」


 鍛冶師は右足を拳で軽く叩くと、乾いた金属音が部屋に響いた。


「なぁ、あんた。本気であのワーウルフをやり合うつもりなのか?」


  エマは静かにうなずいた。


「そうか……わかった。ただ今のままじゃただの無駄死にだ。俺が認めるレベルまでは力をつけてもらう。その間……そうだな、寝泊まりするだけならそこのベンチでもいいだろう。それでもいいか?」

「はい! ぜひよろしくお願いし──」

「ちょっと待ちな!」


 エマの言葉を遮るカミラ。


「ヴィーラント、あんたこんな小さな子になんて扱いをするつもりだい! 全く……。エマちゃん、よかったらうちに来ないかい? 娘の部屋が空いてるんだ。こんな薄汚い店よりはずっといいだろう」


「で……でも……」


 それは願ってもない申し出だった。

 しかしよそ者の、しかもただでさえすでに迷惑をかけているというのに甘えていいものかと悩むエマ。

 そんな彼女の悩みを吹き飛ばすようにカミラは、


「いいのいいの。それに孫ができたみたいだって旦那も喜ぶだろうしねぇ。はい、決まりだよ」


 そう、大声で笑いながら強引に決めてしまったのだった。


「薄汚いって……カミラのばあさん、さすがにそれはひどくねぇか……?」


 ヴィーラントは先ほどのカミラの物の言い方が気になったのか、少し落ち込みながら、そんなことないと思うんだけどなぁ、と少しの間ぶつぶつと言っていた。


「まあそれはいい……。カミラのばあさんが置いてくれるっていうならその方がいいだろう。ばあさんのところなら安心だからな。そっちは任せた。あんたも、それでいいな?」


 エマを置いてけぼりに、話はほぼ決まってしまい、これ以上は断ることができない雰囲気になっていた。

 おそるべしカミラである。

 エマもそれを感じ取り、了承するほかなかった。


「それとこの剣だが……俺も初めてのことだ。上手くいくかはわからない。だが、できる限りのことはしてみよう。この剣の修理、受けさせてもらう」

「ありがとう……本当にありがとうございます……」


 ゆく先は決まった。

 最初は俯き悲痛に満ちていたエマも、自分と同じ轍を踏ませてはいけないと否定的だったヴィーラントも今では決意に満ち溢れていた。


 こうして奇縁とも言えるつながりをから、彼ら彼女らの師弟関係は始まったのだった。


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