フローラの独白
閲覧いただき、ありがとうございます。
フローラsideのお話です。
短めのお話です。
私の名前は、フローラ・ローレンス。そして、乙女ゲーム『ジェム・ランコントル』のヒロインだ。
いきなりこんなことを言われたら、驚く人もいるだろう。
私も前世の記憶が蘇った時は驚いて、寝込んだものだ。
私が前世の記憶を取り戻したのは、原作の舞台である学園の存在を知った時だ。
その学園の名前を見た瞬間、私は「あ、ここゲームの舞台だ」と思い出したのだ。
他の人なら、「ヒロインなんてラッキー、ハーレムでも作ろう!」なんてポジティブに考えるのかもしれない。
でも、私はそうは思えなかった。
このゲームが大好きだったからこそ、私は知っている。
このヒロイン、女友達がいないのだ。
所謂、男にモテるけれど、女から嫌われるタイプの女ってやつだ。
だから、私は出来る限り、非の打ち所がない完璧なヒロインになれるよう努力した。
女友達は相変わらず出来なかったものの、嫌がらせに遭うことはなかった。
悪役令嬢対策もして、攻略対象のデータも書き留め、万全の状態で学園に入学したのだが、そこには違和感しかなかった。
まず、私の一番のお気に入りのキャラクターである、第2王子、クリストファーはあの悪役令嬢への想いを拗らせて、とんでもないヘタレ王子になっていた。クリストファーの本性を知った時は、理想が崩れる音が聞こえたものだ。原作のクリストファーも確かに甘えん坊な面はあったが、これは行き過ぎだ。
その他の攻略対象である、公爵家の息子のシャルルと留学生のアダムに関しては、恋愛イベントは全然起きないくせに、やたら私に絡んでくる。
お陰で、恋愛フラグが立たないまま、やっかみだけが増えていく毎日。
そして、ヒロインの引き立て役でもある、悪役のレティシアがそもそも学園にいない!
全くもって、シナリオ通りじゃない状況に私はとにかく苦戦した。
対策できない妙に手の込んだ嫌がらせは日に日にエスカレートしていき、恋愛フラグは立たずに無自覚人誑しの攻略対象達は私に懐くなど、悪化の一途を辿る日常に心が折れそうになった時。
私は攻略対象の1人である第1王子、リシャールと出会った。
屋上で独り、泣き言を呟いていたところをリシャールに見られてしまったのだ。
居たたまれなくなった私は、すぐに立ち去ろうとしたが、出来なかった。
リシャールが手を掴んだからだ。
正直、その時はトキメキよりも、また面倒な奴に絡まれたくらいにしか思っていなかった。
でも、次第に話していくうちに、リシャールは思慮深く、観察眼に優れていて、誰よりも人を愛していることに気がついた。
仲間思いのリシャールは事あるごとに嫌がらせを受けている私を助けてくれた、
そして、私は、気がつくと、リシャールに惹かれていたのだ。
それから、猛アピールの末、私とリシャールは晴れて婚約者になったのだ。
もちろん、告白は自分からした。
原作のヒロインなら、きっと告白されるのを待つだろうが、私はそれが出来なかった。
前世の私は白黒はっきりさせたいタイプだったから、その性格が色濃く出ているのだろう。
告白をあっさりと承諾した時は、思わず、私でいいの?と尋ねてしまった。
矛盾している私の言葉に彼は
「多才で強かな貴女なら、王妃という重役もこなせるでしょう」
と言ってきた。
実にロマンのへったくれもない返答だった。
しかも、猫被りもバレていて、私のことを強い女認定してきた。
前世の気の強さが邪魔して、か弱いヒロインになりきれなかったのだ。
リシャールが私のことを女として見てくれているのか、婚約者になった後も、未だによく分からない。
なんだか、今でも婚約者らしい関係に成れていない気がしてならない。
実に複雑だったが、終わり良ければ全て良しだ。私はこの状況を受け入れることにした。
私とリシャールの微妙な関係よりも、私の頭を悩ませたのは、嫌がらせだ。
学園のシンデレラストーリーとして、私とリシャールの関係はあっという間に広まった。
美談として語られるのは構わないが、そのおかげで嫌がらせはエスカレート。
ゲーム終了した後も、この嫌がらせはエスカレートしていった。
リシャールも嫌がらせをさせまいと助けてくれていたが、私はあえてそれを拒んだ。
リシャールが成人するまであと少し。
リシャールが国王になれるか否かは、成人式の時に決まる。もし、成人した際に、リシャールが現国王及び国民に次期国王として認められなければ、次期国王は弟達になるのだ。
そんな大切な時に、婚約者である私がしっかりしなくてどうする。こんな嫌がらせくらい、私がなんとかしてみせると、つい強がりを言ってしまった。
そういえば、ゲームのヒロインはレティシア以外にも虐められていたが、ゲーム終了時には、一切の嫌がらせがなくなっていた気がする。
何故だろう、と考えてから、すぐに理由がわかった。
レティシアが破滅し、それが反面教師となり、嫌がらせをしていた女生徒達は、嫌がらせを辞めたのだった。
しかし、今世はそもそも悪役令嬢のレティシアが不在なのだ。
…レティシア!
私は現状の改善がなされないのを、まだ見たこともないレティシアのせいだと八つ当たりをしたのだった。
そして、その諸悪の根源であるレティシアと会うのは意外とすぐのことだった。
リシャールの婚約者になった私は、第2王子の元婚約者であり、今や有名ブランドとなりつつある、アンジェ・テイラーの経営指導者であるレティシア・アングラードの存在を知った。
そして、すぐに私は彼女が私と同じ転生者であることに気がついた。
おそらく、悪役令嬢である彼女は自分の破滅を恐れて、ゲームの舞台から敵前逃亡したのだろう。
それに、上手く破滅フラグを回避しながら、経営指導をするような悪役令嬢なんていないと思う。
私はひとまず、レティシアの大ファンということで、彼女に近づいた。
平和ボケしているレティシアに一言文句を言ってやりたかったんだ。
彼女が逃げたせいで、私は尻拭いをしているんだと。
でも実際、レティシアに会ってみると、彼女も彼女なりに苦労していることに気がついた。
だから、今の私とレティシアの関係は、転生者という共通点を持つ、敵でもなく、味方でもない、不思議な関係になったのだった。
寝る前に、今までの出来事を振り返っていた私は突然の扉のノックに驚いてしまった。
すっかり、有名人になった私は実家で暮らしていくことが困難になり、王宮で婚約者として必要な勉学を行いながら、滞在していた。
慌てて応答すると、ノックした人物はリシャールだった。
「どうしたの?こんな夜遅くに…」
私が尋ねると、リシャールは私にホットミルクを差し出す。
「外を散歩していたら、貴女の部屋の明かりが見えて、貴女が眠れないのかと思って、持ってきたんだ」
リシャールは、たまに私に温かい飲み物や本を持ってきてくれる。
きっと、急に実家を離れなくてはならなくなった私への配慮だろう。
私は温かいマグカップをありがたく受け取った。
「レティシア様と会ってからの貴女は特に不安定だったから心配していたんだ。こんな夜更けに女性の部屋を尋ねるのは失礼かと思ったんだが…良ければ明日の昼が空けられそうだから、一緒にランチでもどうだ?」
リシャールの言葉に私は顔が赤くなった。
相変わらず、リシャールに隠し事は通用しない。
レティシアに会う際、私は情緒不安定になっていた。
それは、彼女に虐められるのではないかという不安ではなく、彼女にリシャールを取られるのではないかと心配になったからだ。
原作のバッドエンドは、レティシアとヒロインが選んだ攻略対象が付き合うエンドも多数あったから、可能性が拭いきれなかったのだ。
でも、その心配は杞憂だった。
レティシアは、彼と目も当てられないほどラブラブだったのだ。
少し羨ましかったなんて、口が裂けても言えない。
そんな心の葛藤を顔に出さないよう努めて、私は平静を装った。
「気を遣ってくれてありがとう。私は大丈夫よ。久しぶりに2人で昼食を取れるなんて、楽しみだわ。じゃあ、おやすみなさい」
私は本心に気づかれないように、おやすみの挨拶をして、そそくさと扉を閉めようとした。
すると、リシャールは扉に手を置き、私の頬にキスをした。
「ああ、おやすみ。愛しの婚約者殿」
リシャールがそう言って、扉を閉めると同時に私は床にへたり込んだ。危うく、ホットミルクの入ったマグカップを落とすところだった。
本当に私の婚約者は食えない男である。
彼を攻略出来る日は果たして来るのだろうか。
熱のこもった頬を手で押さえながら、私はそう思ったのだった。
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