クリストファー アフターストーリー
閲覧いただき、ありがとうございます。短編の感想を元に半ば勢いで連載版を作りました。蛇足になっていたら申し訳ないです。
本編から一年経った頃のクリストファールートのお話です。
今日、私は町娘に変装して、とあるカフェに訪れている。
「いらっしゃいませ」
店に入ると、笑顔で1人の男性、変装したクリストファーが出迎えてくれた。
私との婚約破棄で、色々考えることがあったのか、クリストファーは視野を広げる為、社会勉強の一環として、カフェで働くことを決めたらしい。
ズレている気もするが、クリストファーがこうして努力している姿を見るのは嫌いじゃない。
昔から国王候補として、あらゆる面で努力しているのを一番間近で見てきた。
なんだか、昔に戻ったみたいだな、と私はメニュー越しにクリストファーの姿を覗き見た。
しかし、こういったカフェに訪れるのは前世以来だ。
私は思わず久しぶりのメニューをまじまじと凝視してしまった。いつもはコースメニューだから、色んな種類から選ぶということをしない。
私が何を注文しようか迷っていると、クリストファーがこちらにやってきた。
「迷ってらっしゃるようなので、お声がけささていただきました。宜しければ、オススメを紹介しても?」
私は頷き、クリストファーにオススメを聞くことにした。
「当店のオススメは、厳選された茶葉をブレンドしたオリジナルフレーバーティー。こちらはさっぱりとしているので、オレンジタルトと凄く相性が良いですよ」
美味しそう。
私はクリストファーのオススメ通り、オリジナルフレーバーティーとオレンジタルトをセットで頼んだ。
クリストファーと復縁してから一年。
あっという間に時間は過ぎ去った。
婚約破棄をされてから復縁までの間はとても時間が経つのが、長く感じたのに。
乙女ゲームの舞台はヒロインが入学した一年間。つまり、ゲームはもう終了したのだ。
無事にゲーム終了を迎えた私は悪役令嬢としての役割を免れたことに安堵した。
私はカフェで流れる音楽に身を委ねながら、ゆっくりしたひとときを味わった。
「お待たせしました。オリジナルフレーバーティーとオレンジタルトです」
クリストファーが運んできてくれた紅茶に口をつける。
爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
私はほっと息を吐く。
オレンジタルトも絶品だ。
さっぱりしたオレンジと甘すぎないジュレ。
甘い物が得意でない私好みの味だ。
もしかして、クリストファーは私の好みだと思って、選んでくれたのかな?
私がクリストファーの方に目を向けると、視線に気がついたクリストファーがにっこりと笑った。
タルトを食べ終わった私は持ってきた本を手に取り、読み始める。
今日は、クリストファーの仕事が終わった後に、クリストファーに周辺を案内してもらう約束をしている。
私はそれまで本を読んで、待つことにした。
2時間後。
本に没頭していた私は、クリストファーに肩を叩かれ、驚きの声を上げてしまった。
「待たせたな。行くぞ」
私は差し出された手を取って、カフェから出ようとした。
すると、クリストファーの同僚達が嬉しそうな表情をして、こちらに駆け寄ってきた。
「君がクリストファーの彼女か。クリストファーがいつも君の話をしているから僕達気になっていたんだ」
「給料が入ったら、大好きな彼女にウチのとっておきをサービスするんだって、マリアージュを試してたんだよ」
揶揄うように話す同僚達を、クリストファーは睨む。
そんな同僚達は、そんなクリストファーに臆せず、おお怖い、と笑った。
クリストファーは同僚達を一瞥し、お疲れ様、と言って、カフェを出た。
相変わらずの不器用な性格に私は思わず笑ってしまいそうになる。
カフェを出た私達は、街を散策した。
ふと、私は一つの店に目が留まる。
その店は、アクセサリーショップでショーウィンドウに飾られたバレッタに目を奪われてしまったのだ。バレッタに嵌め込まれた碧い石はクリストファーの瞳の色にとても似ていた。
「なんだ、あれが気になるのか。じゃあ、入るぞ」
私の様子に気がついたクリストファーは、店に入るよう私に促した。
店に入ると、クリストファーは店員にバレッタを試したいと頼み、私はバレッタをつけてみた。
つけたバレッタは、キラキラと輝き、とても綺麗だった。
綺麗、だけど私に似合っているだろうか?
気後れしている私をよそに、クリストファーは店員に告げた。
「じゃあ、これください」
私が驚くようにクリストファーを見ると、クリストファーは無邪気に笑った。
「ある程度、給料が貯まったんだ。自分で働いた金で、お前に何かプレゼントを贈りたかったんだ。貰ってくれ」
なんでもない日にプレゼントを貰ったことがなかった私は嬉しくなる。
このバレッタは私の宝物だ。大切にしよう。
私はこのまま着けて帰ろうと、梱包してもらわずに、そのまま受け取った。
店を出た私はありがとう、とクリストファーに言った。
すると、クリストファーは私の頭を撫でた。
そういえば、前世の私は幼馴染に頭を撫でられるのが好きだったな。
仕事を頑張ったり、成果を出したりすると、いつも労ってくれて、頭を撫でてくれた。
今まで、乙女ゲームの記憶以外、あまり思い出せなかった私は急に思い出した幼馴染の存在に、懐かしくなり、胸がぎゅっとなった。
「レティシア!」
慌てたようなクリストファーの声と同時に、私はクリストファーに引き寄せられ、抱き締められた。
バシャッという音とともに、馬車が走り去る。
恐る恐るクリストファーの方を見ると、そこには、びしょ濡れになったクリストファーがいた。
「クリス!ごめんなさい、ぼうっとしてしまって…」
「いや、いい…お前は濡れてないか?」
私は慌てて首を振る。
乙女ゲームの記憶ではなく、昔の自分の記憶に思わず気を取られていた私は、馬車に轢かれそうになってしまった。
あ、危なかった…でも、こんなこと前もあった気がする。
私は既視感を覚えたが、それ以上の記憶が思い出せず、気のせいだと判断した。
暫くして、迎えに来た護衛達は、びしょ濡れになったクリストファーの姿に驚いていた。
馬車に乗り込んだ私は、車窓を眺めた。
今日はなんだか、昔のことをよく思い出す。
ぼうっとしている私は、クリストファーの言葉に殴られたような衝撃を受けた。
「そういえば、兄上に婚約者が出来たらしい。今度、兄上の婚約者に会うから、お前も来てくれないか」
兄上、それは第1王子であり、攻略対象の1人であるリシャール・ウィルソンのことだろう。
二度のクリストファーとの婚約の際に、会ったことがある。でも、基本的に乙女ゲームの世界と関わりたくなかった私は社交辞令での会話しかしたことがないので、彼の恋愛事情など全然知らなかった。
私は嫌な予感がし、背中に冷たい汗が滲むのを感じた。
「クリス、リシャール様の婚約者の名前は何ていうのかしら」
その質問にクリスは興味なさそうに答える。
「確か、フローラ・ローレンスという名だったかな。男爵家の一人娘らしい」
私はその言葉に絶望感を抱いた。
フローラ・ローレンス。
それは、乙女ゲーム『ジェム・ランコントル』のヒロインの名前だった。
私が遠のきそうになる意識をぐっと堪え、攻略対象とヒロインと会う日取りについて説明するクリストファーの話を話半分で聞いたのだった。
乙女ゲームの舞台は終わったはずなのに、ヒロインに遭遇することになるなんて、私はどうなってしまうのだろうか?
数週間後。
いよいよ、今日はリシャールとフローラに会う日だ。
これだけ、逃げ出したいと思ったのは婚約破棄されて以来だ。
ゲームが終了しているから、破滅しない、と自分に言い聞かせながら、私は王宮に向かった。
余程、緊張していたのだろう。
王宮で出迎えてくれたクリストファーは訝しげに私の方を見た。
「もしかして、具合が悪いのか?」
「い、いえ…少し緊張してしまって」
本心は口が裂けても言えないので、ふわっとしたニュアンスで伝えた。
すると、クリストファーは私の肩を抱いた。
「臆することはない。何かあったら、私が助けてやる」
私はそんなクリストファーの言葉に思わずドキッとしてしまう。
肩から伝うクリストファーの微かな温もりが、私を安心させた。
大丈夫、どんなことがあっても、クリストファーと添い遂げると決めたんだから。
応接間に着くと、そこにはリシャールとフローラの姿があった。
私は思わず身体を強張らせてしまう。
クリストファーが固まる私の背中をそっと叩き、私はハッとなる。
「兄上、この度は御婚約おめでとうございます。フローラ様、はじめまして。弟のクリストファー・ウィルソンです。彼女は私の婚約者のレティシア・アングラードです」
私は慌ててお辞儀をする。
そんな私達にリシャールは興味なさそうに、ああ、と呟いた。
ふと、フローラと目が合う。
フローラは妖艶に微笑んだ。
あれ、ヒロインってこんな表情したかな。
可憐で無邪気なヒロインはこんな美魔女みたいな笑い方しなかった気がするんだが。
私は思わずぎこちない笑みを返した。
すると、フローラは私に駆け寄り、興奮したような表情で私に話しかける。
「レティシア様、私一度貴女にお会いしてみたかったんです。私、アンジェ・テイラーの商品が大好きで…倒産しかけているアンジェ・テイラーを復興させたのは、レティシア様とお伺いして。憧れの令嬢ランキング第1位になるだけではなく、商才もおありなんて…尊敬してます」
あの謎ランキング、フローラも見ていたのか。
キラキラした目を向けられ、私は困惑しながらも、ありがとう、と答えた。
「良ければ、今度うちにいらしてください。ゆっくりお話したいんです」
フローラは微笑みながら、尋ねてくる。
義兄になる人の婚約者の願いだ。無下にはできない。行きたくない気持ちをぐっと堪えて、私は頷いた。
数日後。
私はローレンス男爵家に訪れることになった。
ローレンス男爵家は街外れの閑静なところにあった。
辿り着くと、その家はドールハウスのようにこじんまりとしていて、可愛らしい建物だった。
門扉には、笑顔のフローラが立っていた。
「今日はようこそいらっしゃいました。中庭にアフタヌーンティーの準備をしているんです」
馬車から降りるとすぐに、フローラは私の手を掴み、中庭へと案内した。
気のせいか、私の手を握る力は強い気がする。少し痛いくらいだ。
言おうか迷っている間に、中庭に辿り着いた私達は席に着く。
「そういえば、クリストファー様との馴れ初めが聞きたいわ。一度、婚約破棄されたのに、復縁したキッカケとかも…」
お茶会が始まるや否や、フローラは急にそんなことを聞き始めた。
ほぼ初対面の人物にそんなことを尋ねるのはマナー違反ではないか。
私は注意するか迷い、やめた。
変な誤解を招いて、悪役令嬢として扱われたらたまらない。二度目の婚約破棄など御免だ。
「私の母と王妃様が仲良しで、私とクリストファーは幼馴染だったんです。婚約破棄は、齟齬が生じてしまっただけだったので。意思疎通をした今では順調にお付き合いをさせていただいています」
内容が内容だけに、少し素っ気ない返し方をしてしまっただろうか。
ヒロインとの会話はどこに破滅フラグが潜んでいるか分からないので、内心ドキドキしてしまう。
思わず紅茶の水面をじっと見つめてしまう自分に気がつき、慌てて私はフローラの方を向いた。
一瞬、フローラがこちらを睨んでいた気がした。だが、フローラは、すぐにいつもの笑顔に戻り、仲がよろしいのですね、と返した。
「私、入学前からずっとクリストファー様を慕っていたんです。いつかお近づきになれたらいいなぁって…」
仮にも第一王子の婚約者なのに、その発言はどうなのだろうか。
私は恋する乙女のような表情をするフローラに複雑な気持ちになった。
そんな私の気持ちなど、御構い無しにフローラは話を続ける。
「私、ずっと前から、ここでの学園生活を楽しみにしてたんです。辛いこともあるけれど、きっと素敵なご縁に恵まれるって…」
カシャン、とフローラはティーカップを無造作に置いた。
私は思わず吃驚して、フォークを落としてしまった。
急にフローラの纏う雰囲気が変わったのだ。
「なのに、全然思い通りに行かないんだもの。クリストファー様は貴女のことで頭いっぱいみたいだし、貴女がいないせいで、いじめの対策も出来ないし、今だって続いてる…」
話し口調も砕けている。
急なフローラの変化に戸惑いながらも、私は一つの心当たりがあった。
この子はもしかして…
「貴女も転生者なんでしょう?自分の破滅フラグが怖くて逃げ出しちゃった悪役令嬢さん」
フローラは嘲笑うかのように、私に告げた。
額に汗が滲む。
ヒロインも転生者とは、予測していなかった。よく考えれば、私が転生しているということは、他の人だって転生する可能性はあるのだ。
私の他に転生者がいるなんて、今まで考えたことがなかった。少なくとも、この転生者は私のことを良く思っていないのだけは分かった。
私が黙って固まっている姿を見て、痺れを切らしたのか、フローラはダンマリですか、と挑発するような目つきをしながら言った。
これは、肯定すべきか否定すべきか。
少し考えて、私は頷いた。
こんな会を設けるくらいだ。きっとフローラは私と腹を割って話したかったのだろう。
私はそれに応えることにした。
それから、フローラは私の知らないこの世界でのゲーム期間のことを話してくれた。
『ジェム・ランコントル』の攻略対象は4人。フローラは全員と知り合いらしい。
フローラの婚約者であり、第一王子のリシャール、私の婚約者である、第二王子のクリストファー、公爵家の息子であり、サフィール国からの留学生のアダム、伯爵家の息子であり、ヒロインのクラスメイトのシャルル。
私はアダムとシャルルには会ったことない。
通っている学校が違うこともあり、舞踏会でも見かけないことから、全然接点がないのだ。まぁ、これは破滅フラグを回避すべく、意図的にやっているのだが。
フローラは前世の頃からクリストファー一強というほど、クリストファーが好みだったらしい。
だから、攻略をするのもクリストファーにしようと決めていたらしいが、婚約破棄したはずの悪役令嬢に未練タラタラなクリストファーを見限り、リシャールと付き合い始めたのだとか。
なんて、強かな女性なのだろう。
庇護欲を唆るか弱いヒロインの設定は何処へ。
そして、肝心の私に敵意を向けている理由。
一つ目の理由は、虐めの対策が出来ず、身体的にも精神的にもダメージが大きく、チートが全然通用しなかったこと。
二つ目の理由は、原作では悪役令嬢であるレティシアがヒロインのフローラを虐める主犯格だったので、ゲーム終了時にレティシアが処罰を受けることによって、見せしめとなり、虐めがなくなるはずだった。
それが、私が敵前逃亡したが故に、ゲーム終了した今でも虐めは続き、第1王子の婚約者となった今では、さらに悪質なものとなっているらしい。
「要は、貴女がのうのうと生きているのが気に食わないの!私はヒロインとしての役割を果たしてきたのに、敵前逃亡なんてして。おかげで、そのツケが私に回ってきているのよ。逃げた分だけ、責任取ってもらうからね!」
「せ、責任とは具体的に言うと…?」
「私が原作のヒロインみたいに幸せになるよう手伝いなさい!」
そんなアバウトな。
少なくとも、学園の虐めは他校生の私にはどうしようもないし、結婚相手も自分の手でゲットしている。
となると、舞踏会などのイベントでの虐めから助けることや、フローラの評価を周りに吹聴することくらいか。
ゲーム要素の中で、特にヒロインとは関わりあいたくなかった。
しかし、ここではYES以外の答えは求められていなさそうだ。
私は渋々頷いた。ああ、NOと言えない自分が情けない。
それからというのも、私は事あるごとにフローラのお願いに付き合わされた。
なんでも、悪役顔の私と一緒に茶会に行くと、虐めが減るだけでなく、自分の評価が上がるらしい。完全な引き立て役だ。
ゲームでの悪役っぷりのツケが、世界線を越えて、今のレティシアに来てしまった…
しかし、このフローラのことが、私は憎めない。確かに可愛げはないし、引き立て役なんて要らないくらい強かな女性だが、引き際も分かっている。本当に無理なお願いはしてこない。それに、なんだかこの不器用さがクリストファーと重なって、すっかり絆されてしまった。
…私って都合の良い人間かな。
クリストファーと改めて婚約者になった時、多くの友人は反対した。あまつさえ、クレマンとの婚約を勧めてきたのだ。
クレマンと私は良い仕事仲間なのに。
外面は完璧なのに、不器用で残念な性格に、つい世話を焼きたくなってしまう。
前世からのお節介気質は、現世にも受け継がれている。こんなところを前世の幼馴染にでも見られたりしたら、呆れられるだろう。
『子供っぽい相手にはこっちが大人になるんじゃない、そいつが大人になるように、あえて突き離して、成長させてやるんだよ!』
前世の私が人間関係で悩んでいた時に、幼馴染が告げた言葉だ。
幼馴染よ、相変わらず私は人を甘やかす癖があるみたい。
「ちょっと、何ぼうっとしてるのよ」
前世のことを思い出すと、どうしてもぼうっとしてしまう。フローラが小声で私にだけ聞こえるように注意を促した。
ごめんなさい、と言うと、フローラは別に、と返した。
「そこ、段差あるから気をつけなさいよ」
フローラに言われて、ハッとする。
もう少しで、足を挫くところだった。
…なんだかんだ言って、このヒロインも優しいのだ。
数週間後。
今日は久しぶりにクリストファーと、庭園でゆっくり過ごしていた。
「最近、疲れてないか?」
ふと、クリストファーが心配そうに尋ねてくる。ぼうっとしてしまっていたのか、私は慌てて否定する。
そんな私の反応にクリストファーは納得がいっていないのか、待っていろ、とどこかに消えてしまった。
暫くして、クリストファーはトレイにティーポットとティーカップを載せて、戻ってきた。
「これでも飲め」
ぶっきらぼうに言われて、差し出されたのは
ラベンダーのハーブティーだった。
私はハーブティーを飲み、ほっと息をつく。
そういえば、ラベンダーはリラックス効果ぎあると聞いた。
クリストファーは、もしかして私に気を遣って持ってきてくれたのだろうか?
思わず私はクリストファーの顔をまじまじと見てしまった。
すると、どこか落ち着きのないクリストファーが自分のカップにハーブティーを注ぎ、一口飲む。
「口に合わなかったか?メイドがいつも淹れてるように淹れてみたんだが…」
「クリスが淹れてくれたの?」
私は驚いてしまう。
王子が紅茶を淹れることなんて、滅多にないはずだ。
私がありがとう、と言うと、クリストファーは少し迷った後、ぎこちない手つきで、頭を撫でた。
「私はプライベートで人を励ますことなど、滅多にないから勝手が分からん。でも、お前が困っているなら、いつでも助けになりたいと思っている」
ちら、とクリストファーの顔を覗こうと目線を上げると、クリストファーは耳を真っ赤にしてそっぽを向いていた。
相変わらずのクリストファーの様子に私は可笑しくて笑ってしまった。
すると、クリストファーは、何がおかしい、と抗議してきた。
相変わらずの不器用なクリストファーに癒された後、クリストファーは急遽執務が入り、迎えが来るまで、王宮にある図書館で時間を潰すことになった。
図書館で一冊の本が読み終わった頃、扉の音がして、目を向けると、そこにはリシャールがいた。
リシャールもこちらに気づき、私の向かいの席に座った。
しまった、顔を上げなければよかった。
図書館ということもあり、より一層気まずい沈黙が流れた。
「最近、フローラが貴女を連れ回していると聞いた…迷惑をかけてすまない」
二冊目の本のプロローグを読み終わった頃、リシャールはぽつりと呟くように私に言った。
不意の出来事で、私は大きく首を振ってしまい、その拍子で本を落としてしまった。
リシャールは、私が落ちた本を拾い上げ、私に渡した。
「…面白い人だな、貴女は。フローラが気に入った理由が分かる」
原作でも滅多に笑うことのないリシャールの無邪気な笑みに、私は思わずドキッとしてしまった。
というよりも、フローラに気に入られてるとは。完全にいびられているようにしか思えないのだが。
本を受け取り、高鳴った胸を鎮めようと、深呼吸をしていると、鋭い視線に気がついた。
視線の方を辿ると、フローラが恐ろしい形相でこちらを見ていた。
フローラは、私が動揺しているうちに、息を巻いて、図書館を出てしまった。
なんだか、やらかしてしまった気がする。
顔面蒼白になった私に気づいたリシャールが不思議そうな顔で、どうした、と私に尋ねた。
「フローラ様を怒らせてしまったみたいで…」
すると、リシャールは気にするな、とだけ言って、本を読み始めてしまった。
あの後、私は気になってしまい、フローラの後を追った。こういう齟齬は早めに解決しなければ、クリストファーの二の舞になってしまう。
途中で見失ってしまい、私は探すのに手間取り、数十分経ってしまった。
フローラはクリストファーの執務室の前にいた。そこには、執務が終わったであろうクリストファーが困ったような表情を浮かべながら、涙しているフローラを慰めていた。
私は飛び出すのを躊躇い、一旦、柱の陰から2人の様子を見ることにした。
「フローラ様、どうされたのですか?」
「レティシア様がリシャール様と見つめ合っていたんです…とても良い感じだったので、私不安になってしまって…」
抗議したい気持ちをぐっと抑え、私は2人の様子見を続けた。
「フローラ様の思い違いでは?兄上はフローラ様のこと大切に想ってますよ」
「そうでしょうか…」
今のフローラは原作のヒロインそのものだった。
まさか、まだクリストファーを諦めていないとか?
私は嫌な予感に胸がざわめいた。
「そうですよ。冷血そうに見えますが、兄上は、ああ見えても家族想いの良い人です。フローラ様のことも家族の一員として、大切にされていますよ」
クリストファーがそう告げると、フローラはクリストファーに抱きついた。
私は声が出そうになるのを必死に堪えた。
「私、不安なんです…リシャール様の妻としてやっていけるのか」
そんなフローラをそっと離し、クリストファーは優しく微笑む。
「兄上に見初められたのです。自信を持ってください。それに、初めから完璧な人間なんていません。困ったことがあれば、王宮一同、貴女の助けになりますよ」
「クリストファー様…」
頬を赤く染め、嬉しそうに微笑むフローラ。
これは、やばい。
そう思った私は2人の前に出ようとした。
しかし、私より前にリシャールが姿を現した。
「フローラ。あまり弟と弟嫁を困らすな」
そう言うとリシャールはフローラをぐいっと自分の方へ引き寄せた。
「クリストファー、迷惑をかけたな。執務が終わって、レティシア様のところに向かう途中だったのだろう?」
「ああ…構わないけど」
執務を終えてからの急展開についていけないのだろう。クリストファーは生返事をした。
クリストファーが呆気にとられているうちに、2人は去ってしまった。
…フローラはリシャールに任せていいかな。
リシャール、しっかりしてそうだし。
2人の姿が見えなくなった頃、私は今着いたように装って、クリストファーのところに向かった。
「クリス、執務は終わったのかしら?」
私に声をかけられたクリストファーは、ハッと我に返り、こちらに向き直る。
「ああ、今向かうところだったんだが…フローラ様と何かあったのか?」
「図書館で迎えを待っていた時にリシャール様にお会いして、私が落とした本を拾ってきただいた時にフローラ様がいらして、勘違いをされたみたいです」
そう言うと、クリストファーはそうか、と納得したように頷いた。
「信じていただけるんですか?」
昔のクリストファーなら、疑って、周辺調査をして、裏付けを行なったりしたはずだが。
社交界での付き合いで、男性と話しただけでも、浮気を疑うような人だった。
婚約破棄もそんなクリストファーの勘違いが膨らんだ結果だ。
拗らせ王子がこんな素直に納得するなんて、と私は思わずそう尋ねてしまった。
クリストファーは訝しげな表情をする。
「お前の言ったことを信じるのは当たり前だろう?」
昔のクリストファーに聞かせてやりたい。
それほど、クリストファーの言葉は、昔のクリストファーの考えと180度変わっていた。
婚約破棄の一件以降、コミュニケーションと相手を思いやる気持ちの大切さを学んだ私達の信頼関係は、気づかぬうちに強くなっていたようだ。
私は思わず笑顔が溢れる。
そんな私にクリストファーは不思議そうな表情をする。
「クリス、どんなことがあっても、一緒に乗り越えていきましょうね?」
そう告げると、クリストファーは当たり前だろうと笑った。
ゲーム終了後、思わぬところでヒロインと遭遇することになったけれど、大丈夫。
きっと、2人でならどんな困難でも乗り越えていける。
もう離れたりしない。
私は決心を胸に、クリストファーと歩き始めたのだった。
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