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魔術が衰退した世界に目覚めた付与魔術師は可愛い弟子と遊びたい

作者: 緋色の雨

 いまより300年前、危険な思想を持つ付与魔術師が存在していた。

 力が伴わなければ、誰も危険視することはなかっただろう。だが、彼は学生にして既に、大人を圧倒する付与魔術の知識と技術を兼ね揃えていた。


 放置すれば、彼はいずれ野望を為し遂げるだろう。それを恐れた者達が結託して、彼に重犯罪者としての濡れ衣を着せた。


 彼は無実を訴えたが耳を貸す者はおらず、彼は重犯罪人として封印されてしまった。


 その事実は特におおやけになることもなく、すぐに人々の記憶から消え去った。何事もなければ、彼はそのまま歴史上から消えていただろう。


 だが――彼が封印されてほどなく、学校でおこなっていた魔術の実験が失敗し、大陸から魔術の行使に必要な大気中の魔力素子(マナ)が枯渇した。


 魔術が使えなくなった人々の生活水準は低下。魔術の技術を継承することも難しくなり、魔術の水準は大きく後退していった。


 それから300年。

 魔力素子(マナ)は徐々に回復し、いまでは以前より豊富になった。だが、もはや以前のレベルで魔術を使える者は残っていなかった。

 封印された、彼だけを例外として。


 もし、300年前ですら頭一つ抜き出していた彼が、現代に目覚めたら世界にどのような影響を及ぼすか、それを知る者はもはや生き残っていない。


 そんな現代に、彼は――目覚めた。


 学校の跡地があるセルベリア大陸の中央の広がる魔の森の中。

 様々な魔物が生息するがゆえに、一般人は滅多に近付かない。そんな森の奥地にある遺跡の最深部に隠された部屋は、大気中の魔力素子(マナ)を吸収して光る魔導具に照らされている。


 部屋の真ん中に設置されている、巨大なクリスタル。淡い光に照らされたその中に、かつて封印された少年が閉じ込められていた。


 そのクリスタルに、ピシリとひびが入る。


 最初は小さな一筋のひびに過ぎなかったが、続いてピシッ、ピシシッとひびが幾筋にも入り、それがクリスタル全体へと広がっていく。

 そうしてひびで真っ白に染まった直後、凄まじい音を立ててクリスタルは砕け散った。


「俺は無実だっ! 俺はただ自分好みの衣装を、自分好みの女の子に着せたいだけだ!」


 クリスタルから解放された少年が叫び声を上げ、バランスを崩して座り込んだ。

 自分がここに居る理由が思い出せないとばかりに、少年は周囲を見回す。それからほどなく、彼は自分の置かれている状況を思い出した。


(そうか、俺は女子達にはめられて……)


 クリスタルに閉じ込められていた少年――レンは学生として学校に通い、自分の趣味全開で作った女性の衣装にエンチャントを施す研究をしていた。

 ちょっと趣味が変わっているだけの、わりと普通の少年だった。


 だが、彼の作る衣装は女生徒達にすこぶる不評でありながら、彼の施したエンチャントは他の追随を許さないほどに優秀だった。


 ゆえに、普通の服にエンチャントを施せと説得や強要されることも多々あった。だが、そうすることでますます、彼の欲求は膨れあがっていった。


 彼の趣味全開の衣装こそが最強装備。彼の作った女性用の衣装を着るかどうかが、女魔術師としての実力に直結する。


 このままでは、あらゆる女の子が彼の作った趣味全開の衣装を着るハメになる。そんな未来を恐れた者達が彼に無実の罪を着せ、この世から消し去ったのだ。


(ちくしょう、あいつら人の話を聞かないで。俺はただ自分好みの女の子に、趣味全開の衣装を着せたいだけなのに!)


 あくまで、着て欲しいとお願いするだけで、強要するマネは一切しない。なのに、この仕打ちはあんまりだとレンは心の中で悪態をついた。


 だが、レンの施したエンチャントはあまりに強力すぎた。力が欲しければ、この衣装を身に着けろと迫るレンは、力と引き換えに魂を求める悪魔同然だ。

 女性達がレンを危険視したのは当然だろう。


 彼の付与魔術師としての才能が人並みであれば、誰も不幸にならなかった。すべては、彼に他の追随を許さないほどの才能があったことが原因である。


 それはともかく、レンは自分がどうして目覚めたのかと考えた。


 未来永劫目覚めることのない封印で、死ぬことも出来ない。それが重犯罪者の烙印を押されたレンの運命だったはずなのだが、なぜかその封印が解かれている。


「……誰かが、俺の封印を解いたわけじゃ……なさそうだな」


 もしそうなら、封印を解いた者が側にいるはずだ。近くに誰もいない以上、封印は自然と解除されたと考えるのが妥当だろう。


 つまり、レンの封印が解除されたのはイレギュラー。封印が解けたことを知られたら、また封印を施されるかもしれない。

 そうしたら、今度こそ二度と目覚めることはないだろう。女の子に自分好みの衣装を着せる前に封印されるのは嫌だと、この場から逃げ出すことにした。


 まずは――と持ち物を確認する。

 身の回りの物は当然無くなっているが、彼がアイテムボックスに入れていたもはいまも変わらず取り出すことが出来た。


 正確には、魔力素子(マナ)が枯渇していた時代は取り出せなかったのだが、それをレンが知ることはない。とにかく、いまでは問題なく取り出すことが出来た。そして、時間が止まるアイテムボックスの中にしまっていた物はすべて、当時の品質を保っていた。


 ひとまず逃亡生活は出来そうだ。

 そう判断したレンは、自分の封印が解けた事実の発覚を少しでも遅らせるために、クリスタルの破片もすべて収納。最後に自分の身だしなみをチェックする。


 彼が身に付けていたのは、罪人が着る質素なローブ。

 レンはアイテムボックスから自分の普段着――思う存分にエンチャントを施した装備一式を取り出して身に付けた。

 女性には趣味全開の衣装を作るレンだが、自分の服は至ってまともである。


 装備を調えたレンは深呼吸をして自分を落ち着かせ、慎重に部屋から脱出したのだが――廊下に出た彼はぽかんと間の抜けた顔をさらしてしまう。

 魔術で強化されているはずの廊下がボロボロになっていたのだ。


「なんだこれ? 魔王でも攻めてきたのか?」


 ぱっと見たところ、他の部屋も破壊されている。レンのいた部屋が無事だったのは、たまたま難を逃れただけのようだ。


 いまが300年後であることも、魔術の暴走で魔術文明が大きく衰退したことも知らないレンは、明らかな異常事態に動揺しながらも外を目指す。

 レンがいたのは学校の地下だったので、階段を上るとすぐに外に出ることが出来た。

 だけど――


「ホントにどうなってるんだ……」


 レンは呆然と呟いた。

 校舎の上階はほとんど崩れ去っていて、残った校舎は蔦に覆われているし、周囲は見たこともないほど深い森に呑み込まれている。

 校舎が壊れてから数百年は過ぎていることがレンにも分かった。


 当然、学生や先生は一人も見当たらない。逃亡が発覚する危険は低下したが、封印されているあいだになにがあったのかという疑問が浮かんでくる。


「魔術で保護されていたはずの校舎がここまで壊れるなんて、本気で魔王でも攻めてきたのか? それか……あぁ、もしかしたら魔術の暴走、か?」


 荒唐無稽な想像と一蹴したいところだが、目の前の光景は同じくらいありえない。

 レンは人類が既に滅んでいる可能性にいたって焦る。


(もし人類が、女の子が滅んでいたら、俺好みの女の子に、俺の趣味全開の衣装を着せるという野望が果たせないじゃねぇか!)


 いや、まだだ。まだ焦る時じゃないと、レンは魔術を発動して周囲をサーチした。


 まずはこの一帯がかなり大きな森になっていることが分かる。動物の他にも魔物が多く生息しているのは、大気中の魔力素子(マナ)が豊富だからだろう。

 魔物が多いのは煩わしいが、魔石を初めとした素材を多く入手出来ると言うことでもある。端的に言って、この一帯はかなりの一等地となっていた。


 そんな一等地に誰も住んでいる様子がない。

 その事実にレンはますます焦るが、森の外縁に街道らきし物があり、そこから少し離れた森の中に、そこに二つほど人らしき反応があることに気がついた。


 人類が滅びていたわけじゃなかった。その事実に安堵したレンは、とにもかくにもその人物に会って、情報を得ることにした。

 色々と慎重になるべき事情があるはずなのだが、すべて棚上げである。


 直線距離で数キロほど。

 魔物も生息する深い森の中を進むのは、この時代の人間にとって大変なのだが――エンチャントを施した装備を身に付けているレンは苦もなく森の中を駆け抜けた。


(たしか、この辺りだったよな?)


 森の比較的浅いところ。サーチをあらためて使って人の反応を探すとほどなく、三体のブラウンガルムと呼ばれる最弱クラスの魔物と戦っている少女を見つけた。


 少女が身に付けている魔術師風のローブは至ってシンプルな作りだ。

 辛うじて女性らしさを出してはいるが、生地で敵の攻撃から身を守るとでも言いたげに全身を覆っていて、非常に野暮ったいデザインとなっている。


 だが、そのローブを纏っている少女は逸材だ。


 青みがかった黒髪の少女。

 ローブに合わせてあるのか、髪は後ろで纏めてあるだけで地味に見えるが、その髪はサラサラで、陽の光を浴びて艶やかに輝いている。

 その反射光が綺麗な円となり、天使のわっかのように見える。


 むろん、彼女の美しさはそれだけじゃない。

 野暮ったいローブのせいで分かりにくいが、出るところはしっかりと出ていて、ローブから除く手足は細く長い。


 なにより、青みがかった黒髪に縁取られる小顔には厳選されたパーツが収められている。

 少し童顔の顔立ちが押しに弱そうな印象を抱かせるが、それが逆にイジワルをしたくなる感じでグッとくる――と、レンはロックオンした。


 もし、かつてのレンの同期がいたら、逃げてーっ、そこの女の子、超逃げてーっ! と忠告したはずだが、いまこの時代に彼を止める者はいない。


 まずはお近づきになりたいが、ブラウンガルムとの戦闘が終わってからの方が良いだろうかと、レンは少女の戦いを観察する。


 少女は杖を持っていて、魔術を使って戦っている。

 だが、魔術の展開速度が遅く、魔法陣の構成が不安定で、変換した魔力の純度が低い。魔術師と言うより、一般人が見よう見まねで魔術を使っているかのような有様だ。


(想像以上に未熟だな。彼女がたまたま未熟なのか、それとも全体のレベルがここまで下がっているのか……後者なら文明レベルが心配だな)


 レンにとってブラウンガルムは脅威でもなんでもない。

 万に一つも危険はないと思って見守っていたのだが、少女は魔術で攻撃した隙を突かれ、反撃を避け損なって足を滑らせた。


 そこに飛び掛かってくる別のブラウンガルム。

 少女は慌てて魔術を行使しようとするが、展開速度が遅くて間に合いそうにない。


 普通であれば――つまりは一般的な水準のエンチャントが施されたローブを身に着けていれば、ブラウンガルムのキバごときでダメージを受けることはない。


 だが、彼女のローブは、子供が初めて作ったエンチャント品くらいの性能で――


「――少女を中心に結界を展開」


 レンは魔術を行使して結界を発動させる。

 刹那、少女を中心に半円状に展開された半透明の盾がブラウンガルムを弾き散らした。


 弾き飛ばしたのではない。弾き散らした、だ。

 ブラウンガルムの攻撃を何倍にも跳ね返し、その命を散らしたのだ。


「……え? なに? なにが起きたの?」


 少女は混乱して動きを止めてしまう。

 そんな未熟な反応に(未熟な娘に色々と教えるのってありだよな)なんて不埒なことを考えつつ、レンは残り二体のブラウンガルムをロック。

 光の矢を放つ攻撃魔術を発動させて、その巨体を二体同時に打ち抜いた。


「大丈夫だったか?」


 紳士ぶってへたり込んでいる少女に声を掛け、警戒させないように歩み寄った。少女は最初驚いて身を震わせたが、レンの姿を見ると安堵の表情を見せた。


「はい。えっと……おにぃさんが助けてくれたんですか?」


(おにぃさん、だと!?)


 押しに弱そうな女の子が、自分をおにぃさんと呼ぶ。

 少女が自分の用意した服を『おにぃさんが着て欲しいなら、恥ずかしいけど……』とモジモジしながら、目の前で生着替えをするところまで想像して戦慄した。

 完全なるレンの妄想である。


「危なそうに見えたからな。それとも、余計なお世話だったか?」

「そ、そんなことありません。ありがとう、ございます」

「そうか、助けになったのなら良かった」

「~~~っ」


 少女は恥ずかしそうに顔を伏せた。

 その顔が恋を知った乙女のようになっているが、チョロイとは言えない。


 なにしろ、レンはその本性さえ見せなければモテる顔立ちをしている。

 更には、付与魔術師としても天才で、先ほど使った魔術の制御も見事だった。天は二物を与えた。与えてはいけない相手に、与えてしまったのだ。


 絶体絶命のピンチに現れ、凄まじい魔術を行使して自分の命を救った美少年。純粋そうな少女が好意を抱くには十二分に条件が揃っていた。

 少女の未来や純情が大ピンチである。


「あ、あの、私はフィリアって言います。おにぃさんは、なんて名前なんですか?」

「ん? あぁ……俺はレンだ。よろしくな、フィリア」

「ふわぁ……フィリアって、男の人にフィリアって呼び捨てにされちゃった」


 フィリアが顔を真っ赤に染めた。

 レンとしてもここまで純情な少女は初めてで、呼び捨てはダメだったかと不安になって問い掛ける。するとフィリアは恥ずかしそうにしながらも、ふるふると首を横に振った。


 いますぐ、この服を着てくれとレンが頼んでも、引き受けてくれそうな雰囲気。

 だが――まだだ。

 彼女ほどの、レンの好みを満たす逸材は学校には一人もいなかった。ここで慌てて、最高の人材に逃げられるような失態だけは犯せない。


「フィリアは、ここでなにをしていたんだ?」

「私は、その……森の遺跡で、アーティファクト級エンチャント品を探そうと思って」


 森の遺跡がなにか尋ねると、フィリアは森の奥に朽ちた遺跡があるのだと教えてくれた。だが、彼女が指差したのは、レンが来た方向だった。


「もしかして、朽ちた学校のことか?」

「あ、はい。300年前に滅んだ学校だって話です」

「――っ」


 300年前という言葉に、レンは思わず息を呑んだ。

 崩れた校舎の状態から数百年は経っていそうだとは思っていたレンだが、実際にそうだと知らされるのはショックが大きかったようだ。


 だが、その動揺を落ち着けて、レンはなにがあったのかを尋ねる。

 どうやら、300年前に実験で失敗して、魔法陣が暴走。大陸から大気中の魔力素子(マナ)濃度が低下。ほとんど魔術の使えない時代が続いたらしいと知る。


 時間と共に魔力素子(マナ)の濃度が回復し、いまでは以前よりも増えているが、魔術を使えない時代に技術を継承することが出来ずに、多くの魔術は失われてしまったらしい。


 フィリアの魔術が未熟なのも、それが理由だろうと当たりを付けた。


 ちなみに、学校が朽ちていたのは、魔術の暴走による衝撃が半分。魔力素子(マナ)の枯渇で建物を保護するエンチャントが起動しなくなり、魔物に荒らされたのが原因のようだ。


 なので、学校の跡地からエンチャント品が多く見つかることは不思議でもなんでもないし、持ち主がいなくなったそれらを持ち去ることにはなにも感じない。


 レンが驚いたのは、学校の跡地から見つかる――学生の作ったエンチャント装備が、アーティファクト級に位置づけされていることだった。

 つまり、ただの学生の追随を許さなかったレンのエンチャント品は世界最高クラス。


(封印されて不幸だって嘆いてたけど……ついに、ついに俺の時代が来た!)


 レンが精魂込めたエンチャント装備を、この時代の人間はこぞって欲しがるだろう。レンの趣味全開の衣装だって、エンチャントの効果を考慮して着てくれる女の子はいるはずだ。


(そういえば……フィリアは、エンチャント装備を探しに来たって言ってたよな?)


 あらためてフィリアを見る。

 年の頃はレンと同じ、十代後半くらいだろう。

 顔立ちは少し幼く見えるが、体つきは立派な大人だ。押しに弱そうな雰囲気を纏っているが、同時に手が届かないと思ってしまうほどに可愛らしい。

 もし彼女がレンが思いのままに作った服を着てくれるのなら、どれだけ労力を費やしてもかまわないとレンは思った。


「なあ、フィリア。どうしてエンチャント装備を探しているんだ?」


 ここで売るためなんて答えが返ってきたら絶望しかなかったが、幸いにしてフィリアが求めているのは力だった。


 フィリアの家系は魔術師の家系だったが、魔術の喪失が激しくて没落寸前。このままでは一家揃って路頭に迷ってしまう。

 それを防ぐために、フィリアは魔術学校に入学して優秀な成績を収めたいのだという。


「エンチャント品での底上げが、本人の実力と認められるのか?」

「はい。装備を揃えるのも実力のうちなので」

「なるほど……」


 その言い分は分からなくもないが、まずはそのつたない技術をなんとかするべきだろう。

 さきほどの魔術を見る限り、まともな訓練をしているとは思えない。レンが少し手ほどきすれば、格段に上達するはずだ。


 だが、それを教えてしまっては、フィリアがエンチャントを施したレンの服を着てくれないかもしれないので、いまは黙っておくことにした。

 服を着てくれた後でなら、それくらいのアフターサービスをしても良いだろう。

 ――ということで、


「エンチャント装備が欲しいなら俺が作ってやろうか?」

「え? レンおにぃさんって、付与魔術師なんですか?」

「ああ。世界最高クラスの付与魔術師だ。森の遺跡から見つかるエンチャント品より凄いのを作れるぞ?」

「ふふっ、おにぃさんったら」


 クスクスと笑う。どうやら、冗談だと思われてしまったらしい。

 だったら――と、レンはマジックボックスから工房付きの小屋を取り出し、空き地にどんと設置した。それを見たフィリアが目を丸くする。


「ふえぇぇっ!? お家、お家が出てきましたよ!?」

「これは俺の簡易工房で、エンチャント品を作る設備が揃ってるんだ。こっちへ」


 レンはさり気なく、フィリアを自分の工房へと招き入れた。いたいけな少女は、警戒心を抱くことなく彼の領域へと足を踏み入れてしまった。


 だが、レンにどのような思惑があろうとも、工房は工房。それも、簡易といえど、紛れもなく300年前の最高レベルの設備が揃っている工房。

 魔術師の家系に生まれたフィリアは、その素晴らしさに一目で気がついた。


 そもそも、フィリアを助けたとき、レンは二つの魔術を同時に行使した。それはマルチタスクと呼ばれる、既に失われた技術とされている。


 なにより、工房を取り出したのはアイテムボックスの魔術だろう。それを行使できる――しかも、工房を収納できるほどの容量を持つ魔術師なんて伝承にしか残っていない。


 彼なら本当に強力なエンチャント品を作れるかもしれないと、フィリアは胸を高鳴らせた。


「どうだ? これを見ても、冗談だと思うか?」

「いいえ、思いません。失礼な態度を取ってごめんなさい」

「いや、気にしなくて良い。それより、どうする? フィリアが望むのなら、エンチャント装備を作ってやるぞ?」

「それ、は……」


 フィリアは泣きそうな顔になる。

 フィリアの家は没落寸前で、代々伝わっていた遺産を売って生計を立てるほどにお金がない。この時代の平均レベルのエンチャント品を購入する資金ですらないのに、レンの作るエンチャント品を購入できるとは思わなかった。


 だが――


「安心しろ。対価を求めるつもりはない。いわゆるプレゼントだ」


 レンの目的は金儲けではなく、自分好みの服を少女に着せること。フィリアから聞いた家庭事情から、お金の心配をしていると察したレンはそんな気遣いを見せた。

 ……逃げ道を封じただけとも言う。


 だが、付与魔術師の作るエンチャント品はわりと高価だ。

 ましてや、アーティファクト級のエンチャント品ならお屋敷が建てられるほどの値段にだってなり得る。それをプレゼントすると言われたフィリアは驚いてしまう。


「無償で作ってくれるってこと、ですか? それだと、お兄さんにメリットがないですよね」

「いや、俺にもメリットはある」

「……メリット、ですか?」


 レンとしては、そのまま飛びついて欲しかったのだが、フィリアは少し警戒――というか、戸惑っているようだ。

 このままだと、受けてくれないかもしれない。


「俺は、自分好みの女の子に、自分がデザインした最高のエンチャント衣装を着てもらうのが夢なんだ。だから、フィリアが俺の服を着てくれるのなら、それ以上の報酬はない」

「ふえぇっ!? じ、自分好みの女の子、ですか? 私が!?」

「そうだ、フィリアは俺の理想の女の子だ」

「~~~っ」


 フィリアは真っ赤になって俯いてしまう。だけど、モジモジと視線を彷徨わせた後、上目遣いで、少し熱に浮かされたような瞳をレンへと向けた。


「……あの、本当に私が服を着るだけで、レンおにぃさんへのお礼に……なるんですか?」

「もちろん、なる」

「だったら、その……作って、欲しい、です」


 よっしゃああああああああ! と、レンは心の中で絶叫した。


 レンが妄想した『おにぃさんが着て欲しいなら、恥ずかしいけど……』とモジモジしたフィリアの生着替えが実現しそうな雰囲気だ。

 乙女の純情が大ピンチだが、ここは魔の森で、助けに来るような者はいない。


「よし、それじゃ……作る前にいくつか質問だ。付与するエンチャントの効果は、魔術師に適したタイプで良いのか?」

「えっと……はい。可能なら魔術の威力が上がるのか、展開速度が上がるのか、魔力の回復速度が、少しでも上がると嬉しいです」

「なるほど、その辺なら問題ない」


 フィリアはどれか一つあれば嬉しいと言っていたようだが、レンにとってそれらすべてを付与するのは苦でもなんでもない。

 フィリアにとって最高のエンチャントを揃えることを決意した。


「じゃあ、次に服を作るために採寸をさせてくれるか?」

「えっと、それって……その、下着姿になれってこと、ですよね?」


 異性に触れさせたことは無論、肌を見せたことさえないのだろう。フィリアは恥ずかしそうに頬を染めた。だが、顔に浮かぶのはあくまで照れであって嫌悪感ではない。

 この娘、既に手遅れのようだ。


 だが、レンが求めているのはあくまで自分好みの服を着せることで、フィリアを下着姿にして鑑賞することではない。

 彼は性癖のねじ曲がった変態だが、ある意味では紳士なのだ。


「すまない、説明が不足していたな。魔術で身体データを習得するから、服を脱ぐ必要はない。ただ、俺に身体データを渡す許可が欲しいんだ」

「あ、そ、そういう意味、だったんですね。はい、それなら大丈夫です」


 なぜか、なぜか既に外していた第一ボタンを付け直し、フィリアは早口に捲し立てた。


 レンは身体測定の魔術を起動、フィリアのサイズを事細かに収拾する。更にはシリコンのような材質を使って、そのデータを再現したボディを生成した。


「……これは?」

「立体裁断用のボディだ。フィリアの身体を完全再現してるぞ」

「そ、そういえば、私の身体にそっくりなような……ぁう」


 フィリアが恥じらいを見せる。

 それもそのはず、前の前に設置されたのはフィリアのボディ。つまりは、フィリアの裸同然の胴体で、フィリアの胸の大きさや形もハッキリと分かってしまう。

 もっとも、服を着せることが目的のレンは以下略。


「これで下準備は完了だ。デザインをして服を作るのに――いや、エンチャントを施すのに数日ほど掛かるから……そうだな、三日後に取りに来てくれ」

「み、三日で出来るんですか?」

「ああ、問題ない」


 エンチャントは普通、一ヶ月くらいかかるのにとフィリアは驚愕した。

 もっとも、レンのエンチャントは半日もあれば終わってしまう。残りの時間はすべて、衣装のデザインと製作に費やす予定である。

 その事実にフィリアが気付いていれば、レンの作る服がおかしなことに気付いたかもしれないが、幸か不幸か、フィリアが気付くことはなかった。


「じゃあ、その……三日後に取りに来ますね?」

「ああ。問題ない。ちなみに、ここから街までってどれくらいの距離なんだ?」

「えっと……いまから急いで帰れば、日が沈むまでには街に帰ることが出来ます」

「そっか……なら問題ないな。これを身に付けておけ」


 レンはオープンハートに小さな魔石を填めたネックレスを差し出した。


「……これは、なんですか?」

「お近づきの印のプレゼントだ。フィリアを護ってくれるから、肌身離さず身に付けておけ」


 ちなみに、持ち主が危機を感じたときに結界を張ることの出来る、この時代で言うところのアーティファクト級のエンチャント品である。

 ちなみに、そのネックレスがどこにあっても、レンには場所が分かるようになっている。この男、フィリアを逃がすつもりはなさそうだ。


 そんなレンの思いを知らないフィリアは嬉しそうにはにかんで、ネックレスを首に掛けた。そうして、レンに三日後に来ると約束して帰って行った。


 それを見届けたレンは――拳を握り締めて打ち震える。


(ついに、ついに俺の念願が叶うっ!)


 これは、可愛い女の子が、レンの趣味全開の服を着てくれるという単純な話ではない。レンにとって最高に好みな可愛い女の子が、レンの趣味全開の服を着てくれるという話なのだ。


 他人にとってはどうでも良さそうな違いだが、レンにとってその差は大きい。最高の、趣味全開の衣装を作ってやるぜ! と、レンは本気モードに入った。


 まずはデザイナーとして、レンはフィリア用のボディを見る。

 メリハリのある体つきで、胸はEカップに近いDカップだった。少し寄せてあげればEは余裕。おそらくはFカップにまで上げることが出来るだろう。


 だが、ブラで強引に寄せてあげた胸は、自然な胸と谷間の形が違ってくる。人工的で大きな谷間よりも、自然で柔らかそうな谷間を作ることを前提にブラをデザインした。

 この男、ナチュラルに下着まで製作するつもりだ。


 続いて、その自然で豊かな谷間を見せつけることを意識してブラウスをデザイン。更にはそれに見合ったスカート、それにニーハイソックスなどをデザインしていく。


 デザインを練っているあいだに丸一日が過ぎた。ちなみに、そのあいだに仮眠を少し、食事はアイテムボックスに放り込んでいた作り置きを食べた。


 それから、出来上がった妄想を込めたデザインを現実の物とするために、今度はパタンナーとして型紙の制作に掛かる。


 一般的な服は、計算して作り上げる平面裁断を使うことが多い。だが、フィリアの身体にぴったり併せるために、レンは立体裁断で制作する。

 計算ではなく、実際に身体に布を当ててサイズを決めるため、計算力よりも感性を必要とする手法で、立体的なデザインを作るのに向いているのだ。


 まずはイラストのデザインを、現実の物とするためにイメージを膨らませ、それを構成するのに必要な布を、フィリア用のボディに貼り付けていく。


 一般的にはマチ針を使ったり、ハサミで布を裁断したりと時間の掛かる作業だが、レンはそれらの工程をすべて魔術で補って、ありえないほどの速度で進めていった。


 そして、わずか数時間で、フィリアの衣装は仮の形で完成した。


 そこから、自分の手で少し手直しをする。もしその真剣な表情を切り取って見せれば、ころっと騙される女の子達がたくさんいるだろう。

 だが、調整しているのは胸元の開き具合とか、絶対領域の広さとかなので台無しだ。


 とにもかくにも、レンはフィリアの衣装の仮縫いを終えた。

 でもって、もし破けたりしても同じ衣装が複製できるように魔術で型紙を制作。魔術で綺麗に縫い合わせ、フィリアの衣装を完成させる。


「――完璧だ!」


 衣装作りを終えたレンは自画自賛した。

 なお、確実に多くの女性達の反感を買いそうなデザインだが、レンはそういう趣味なので仕方がない。レンの趣味は、300年経っても治らなかったようだ。


 でもって、次はフィリアに持たせる杖をデザイン、魔術を使って比重の軽い金属を使って再現。非力なフィリアにも振り回せるようにした。

 ちなみに、聖女が持つような神聖なデザインで、衣装の大胆なデザインとのギャップが良いとレンは満足する。


 ここまでで更に一日半。

 フィリアが受け取りに来る約束の時間まで、あと半日しか残っていない。


 だが、ここまで来たらなにも問題はない。

 自分の心血を注いで作った服をフィリアに着てもらうために、レンは300年前ですら他の追随を許さない技術を駆使し、様々なエンチャントを施していく。

 この間、わずか数時間。


 すべての行程を終えたレンは、制作の終わった衣装をボディから脱がせて綺麗にたたみ、そのままソファに倒れ込んで泥のように眠った。



 どれくらい眠っていただろう? 爆睡していたレンは、扉を激しく叩く音で目を覚ました。


「フィリア、本当にここなの?」

「そうだよ。というか、森の中にこんな小屋、他にあるはずないでしょ?」


 玄関から声が聞こえてくる。その片方がフィリアの声だと気付いたレンは、ついにフィリアが自分の服を着るときが来たとソファから飛び起きた。


「少しだけ待ってくれ!」


 こんなときでも、いや、こんなときだからこそ身だしなみは大切だ。

 フィリアに嫌悪感を抱かせないように、浄化の魔法を自分に掛けて身なりを整えて、それから深呼吸をしてから玄関へと飛んでいった。


「待たせたな、フィリア……と、誰だ?」


 フィリアの隣に立つ、ブロンドの少女がこちらを睨んでいた。

 少しピンク色を混ぜたような金髪は、左右に分けて纏め上げている。フィリアに負けず劣らず艶やかな髪でありながら、色味の加減もあって柔らかそうに見える。


 フィリアと同じく野暮ったいローブを身に着けていて、体型は良く分からない。フィリアはローブの上からでも良く分かったので、出るところが出ていないと言うことだ。

 手足が細く長いことは変わりないので、スレンダーな体型と言えるだろう。


 ただ、ブロンドの髪に縁取られる小顔には、きつめの瞳が収められている。他のパーツは整っているが、かなり気の強そうな印象。


(気の強そうな女の子に、俺の好みの服を着せる……ありだな)


 レンは平常運転だった。

 だが、気の強そうな少女はレンをじいっと睨みつけている。


「あなたがレンね。フィリアを騙そうとしたみたいだけど、あたしは騙されないわよ!」


 ビシッと指を突きつけてくる。

 なぜバレた!? とレンは慌てるが、続けて捲し立てられた少女の言葉は的外れだった。どうやら、レンが粗悪品でフィリアを騙そうとしていると思っているようだ。


「対価を求めないって、フィリアには言ったはずだが?」

「ごめんなさい。レンおにぃさん。私は大丈夫だって言ったんですけど……」

「――ちょっと、どうしてフィリアが謝るのよ!」

「クリスちゃんが失礼なことを言うからだよぅ。見せてあげたネックレスだって、本当に凄い効果があったでしょ? ほら、謝って?」

「ぐぬぬ……た、たしかに、あたしは失礼だと思うわ。でも、怪しすぎるじゃない! だから、フィリアが騙されてないって確認するまではあたしは謝らないわ!」


 少女の剣幕に、フィリアが申し訳なさそうな顔をする。どうやら、気の強そうな少女――クリスは、フィリアの心配をして勝手についてきたようだ。


 厄介な――とレンは唇を噛んだ。

 だが、レンは自分のエンチャント装備に一切の妥協をしていない。きっと大丈夫だろうと、話を進めることにした。

 ここに来て、我慢が出来なくなっただけとも言う。


「フィリアには、杖と服のセットを用意した。杖に施したエンチャントは魔術が対象で、命中補正、威力アップ、クリティカル率アップ、クリティカル威力アップ、すべて特大だ」


 レンの説明に二人がフリーズした。

 ちなみに、一般に付与されるエンチャントは、小アップ一つが普通。一流の付与魔術師なら、中アップを二つほど。アーティファクト級で三つ、大アップが限界と言われている。

 にもかかわらず、レンは四つ付与して、しかも特大だという。


「あ、ありえないわ! やっぱり、あなたはやっぱり嘘つきよ!」

「失礼な。見せてやるから鑑定でもなんでもしてみろよ」

「え、なんであたしが鑑定持ちだって知ってるのよ!?」

「いや、知らなかったが……とにかくほら」


 レンにとって鑑定は、誰でも持っている――能力がなければ、鑑定のエンチャントが施された道具を持っているもの。

 なんてことは口にせず、聖女の杖と命名した杖をアイテムボックスから取り出して見せた。


「ふわぁ……綺麗な杖ですね」

「た、たしかに綺麗な杖なのは認めるけど、四つ付与して全部特大なんて――ほ、ホントに四つ、特大で付与されてる!? な、なによこれ、ありえないわ!」

「ありえないと言われても、現実にそこにあるだろ?」


 最初はどうなることかと思ったが、クリスの鑑定のおかげで能力が証明できた。

 この分なら、服のデザインが少し、少しだけレンの趣味に走っていたとしても、フィリアが身に付けることを強固に止めたりはしないだろう。

 そんな確信を持ったレンは、続いて服に込めたエンチャントの説明をする。


「服は上下にそれぞれエンチャントを施して、ブラウスは魔力回復速度アップ、物理ダメージ軽減、魔法ダメージ軽減、属性ダメージ耐性、すべて特大だ。でもって、スカートは状態異常耐性と赤外線カットが特大。それにウィンドとレーザー級のエンチャントを施してある」


 レンがつらつらと効果を並べ立てるが、二人には半分くらいしか理解できなかった。

 ただ、もしそれが事実なら、そしておそらくは事実で、アーティファクトを越えるエンチャント装備であることが分かり、二人は期待に目を輝かせる。


「そして、その服がこれだ。フィリア、あっちの部屋で着替えてくるといい」


 精魂込めて――欲望も一杯込めて作った服をフィリアに手渡した。なお、丁寧にたたんであるので、この時点ではその服の特異性は分からない。

 フィリアは物凄く嬉しそうな顔で、隣の部屋へと飛んでいった。



 そして、残されたレンとクリス。

 クリスはレンにきつく当たっていたので、なんとなく気まずい空気が流れる。一分、二分と沈黙が続き、耐えきれなくなったかのようにクリスが声を上げた。


「ね、ねえ、あの服も、本当にさっき言ったとおりのエンチャントが施されているのよね?」

「ああ、事実だぞ」

「そう、なんだ。えっと――ご、ごめんなさい!」


 クリスは深々と頭を下げた。


「あたし、フィリアから話を聞いたとき、そんなうまい話があるはずないと思って、あの子、純情で押しに弱いから、騙されてると思って心配で……とにかく、ごめんなさい!」


 フィリアを護りたいがために警戒して、フィリアを大切に想っているがゆえに、フィリアの味方になり得る相手に失礼な態度を取ったと反省しているらしい。


 そんな泣きそうな顔のクリスが可愛らしい。

 気の強そうな少女のこんな顔もありだな――と、レンは最低なことを考えた。


「もしクリスが望むなら、フィリアと同じような装備をつくってやっても良いぞ?」

「え? ホントに!? ……あ、でも、あたし、あなたに失礼な態度を取ったのに……」

「それは気にしなくて良い。それに、服を着てくれるのなら対価も必要ない」

「フィリアにもそう言ったのよね? あなたのいう服って――」


 クリスが最後まで口にすることはなかった。

 隣の部屋から、恥ずかしそうなフィリアが顔を覗かしたからだ。


「あ、あの、レンおにぃさん。この服って……これであってますか?」


 物凄く恥ずかしそうにしながら、フィリアが部屋に入ってきた。

 そんなフィリアが身に付けているのは、肩出しで胸元が大きく開いたブラウスと、後ろだけ長くて、前は物凄く短いスカートのセットだ。

 更には、ガーダーで吊したニーハイソックスで足を隠し、太ももの極わずかな部分だけを剥き出しにして、その白さを強調するようにしてある。


 レンが密かに付けたテーマは『押しに弱い女の子が、男に勧められたちょっぴりエッチな服を断り切れずに着用して、恥ずかしそうに頬を染める』である。

 そして、いままさに、フィリアがモジモジと恥じらっている。


(これぞ、これぞ俺の望んでいた光景だ!)


 レンはついに念願を叶えたと感動に打ち震えた。


「ちょっとあんた、お嬢様育ちのフィリアになんて格好をさせてるのよ!?」

「ちょっとエッチなお姉さんの格好だ! 大人しそうなフィリアが身に付けているギャップが最高だと思ってる!」

「真面目に答えてるんじゃないわよっ!」


 クリスはレンの襟首を掴み、ゆっさゆっさと揺すぶった。


「フィリアも、そんな服を身に付けなくて良いから、元の服に着替えてきなさい!」

「え、でも……」


 フィリアは少し困ったようにレンの顔色をうかがった。だから、レンは少し真面目な顔でフィリアに向き直る。……クリスに掴まれたままだが。


「フィリアが着たくなければ着なくてもいい。その場合でも、一切の対価は求めない」

「――ほら、こいつもこう言ってることだし、早く着替えてきなさいって!」


 クリスが捲し立てるが、フィリアは首を横に振った。


「ちょ、フィリア、どうしちゃったの? まさか、恥ずかしくないの!?」

「は、恥ずかしいよ! 私に、こんな大人びた服は似合わないと思うし……胸だって、こんな風に見せたことないから、凄く恥ずかしいよ」

「だったら、早く着替えてきなさいよ」

「そうなんだけど……でもね、この服を着てると、恥ずかしいだけじゃなくて、身体の内側から、物凄い力がわいてくるの。レンおにぃさん、試しても良いですか?」

「もちろん。ただ、ここじゃ危ないから、外へ出よう」


 しごく真っ当な提案をした――ように見えるが、攻撃魔術でも使わない限り、特に外に出る必要なんてない。

 にもかかわらず、あえて外に出るように提案したのは……


「そう、ですよね。外、出なくちゃいけないんですよね」

「ああ。ほら、大丈夫だからおいで」

「は、はい。レンおにぃさんがそういうのなら……」


 フィリアを説得して野外に連れて行く。

 フィリアは日の光に照らされて目立つようになった胸元を隠してモジモジとする。レンは野外ではまた違った羞恥を見せるフィリアの様子に感動した。


(ほらほら、手で身体を隠したままじゃ魔術は使えないぞ)


 レンの最低な心の声が聞こえたわけではないだろうが、フィリアは頬を染めながらも杖を構える。そして魔術を使うべく、魔力を練り始めた。


 ――刹那、風もないのにフィリアの長い髪がふわりと広がり、変形スカートの裾がパタパタとはためき始める。それに驚いたフィリアが魔術の行使を止めた。

 それを見届けたクリスがジト目を向けてくる。


「ちょっと、どうしてフィリアのスカートがはためいたのよ?」

「あれはウィンドの効果による演出だ」

「やっぱりあんたかっ。なんでそんな無意味なことしてるのよ!」

「男の目を惹いて隙を作る狙いがある」


 そして、恥ずかしそうなフィリアが可愛いと、レンは心の中で付け足した。


「ば、ばかなの!? 純情なフィリアになにさせてくれちゃってるのよ!」

「心配するな。下着は決して見えないように調整してある。ちなみに、レーザー級の効果で、謎の光が隠してくれる仕様だから万が一にも安心だ」

「そういう問題じゃないわよっ!」


 クリスが噛みついてきそうな勢いで怒り狂っているが、フィリアが恥ずかしそうにしながらも私は大丈夫だよと言ったことで、ひとまずは大人しくなった。


 もし、レーザー級の効果をレンだけは打ち消せることを知ったら、確実に収まりはつかずに殴りかかってきただろうが、レンもそれを教えるほど馬鹿ではない。

 ……馬鹿でない分だけたちが悪いとも言う。


 それはともかく、フィリアはあらためて魔術を行使した。

 スカートがパタパタとはためき、フィリアは顔を真っ赤に染めながらも聖女の杖を構え、真円の水の玉を三つ同時に生みだした。


 凄く基礎的な水の魔術だが、横で見ていたクリスが感心している。その呟きを拾ったところ、展開速度がいままでと段違いで、水球が真円なのも凄いらしい。


 威力も見せるべきだろう。

 そう判断したレンは少し離れたところに三つの土人形を生みだした。それを打ち抜くようにフィリアに指示を出す。


「わ、分かりました。――水よ、打ち抜け」


 フィリアが聖女の杖を振るった瞬間、水球が凄い勢いで打ち出され、三つのうち二つの土人形を打ち砕いた。


「うっそ……土人形を、あんな風に砕くなんて」

「威力だけじゃないよ。狙いも補正されたし、それに使った魔力が、周囲の魔力素子(マナ)を取り込んで一瞬で回復してる。凄い、凄いよ! この装備があれば魔術学校だって入学できるよ!」

「それは……そうでしょうけど、その格好で学校に行くつもり? ……あ、そうよ、上にローブを着れば良いんじゃないかしら?」


 クリスが名案だとばかりに叫ぶが、レンはそれが無理であることを伝える。


「杖と服はセットで、上に他の服を着ると作動しないようにしてある。それから、三日に一度は俺が魔石に魔力を込めないと、効果が大きく低下するようにもなっている」

「どうしてそんなに不便な仕様なのよ!?」

「そんなの、俺が定期的に鑑賞したいからに決まってるだろ」

「だから、なんで開き直ってるのよこの変態いいいいいいいいいいいいいっ!」


 まったくもって正論であった。

 だが、クリスもアーティファクトを凌ぐ装備であることが分かっているからか、レンを批難はしても、フィリアを止める言葉には勢いがない。


 クリスは結局、フィリアにどうしたいのかと問い掛けた。


「私は……えっと、レンおにぃさん。三つ質問しても良いですか?」

「もちろん、なんでも聞いてくれ」

「じゃ、じゃあ一つ目です。この杖と服のセット、本当に対価は必要ないんですか?」

「もちろん、最初に言った言葉に嘘はない」

「分かりました。じゃあ二つ目の質問です。三日に一度、おにぃさんが魔力を込める必要があるとのことですが、どうしたら良いんでしょう?」

「あぁ……そうだな」


 三日に一度。少なくとも、同じ街にいる必要はあるだろう。少し考えた後、レンはフィリアと同じ魔術学校に通うと言いだした。


「え、えぇ? レンおにぃさんも学校に通うんですか?」

「そうすれば、フィリアのその姿を毎日見られるだろ? それに俺、実は魔術学校を卒業してないんだよ。だから、ちょうど良いかなって」


 途中で封印されたので嘘は言っていないが、いまの学校の先生は、レンの足下にも及ばない。むしろレンに先生が泣いて教えを乞うレベルなのだが――レンは通うつもりらしい。

 もちろん、フィリアの側にいて着せ替えを楽しむのが目的だ。


「分かりました。レンおにぃさん、この装備、私にください!」

「もちろん構わないぞ。……でも、三つ目の質問は良かったのか?」


 レンが不思議に思って尋ねると、フィリアは「三つ目はの質問は、さきに答えてもらっちゃいましたから」とはにかんだ。

 レンは分からなかったのだが、クリスが「ちょっと、フィリア!?」と慌てる。


「ダメよ、フィリア、しっかりしなさい! それは気の迷いよ!」

「気の迷いなんかじゃないよ。それにり、クリスちゃんはどうするの?」

「え、どうするって、なにが?」

「さっき、レンおにぃさんに、装備をつくってやるって言われてたでしょ?」

「そ、それは、あたしだってアーティファクトを超える装備ならぜひとも欲しいけど……」


 クリスはフィリアと自分の胸元を見比べて頬を染めた。

 二人の胸を見比べて、レンはすぐに彼女の考えを理解した。


「胸のサイズなら心配するな。巨乳には巨乳の、貧乳には貧乳の良さがある。だからクリスにはクリスに会った衣装をデザインしてやるぞ?」

「え、それって露出が少ない?」

「そんなことはない」

「だと思ったわよっ!」


 クリスはなにやら不満気だが、レンはそういう趣味なので仕方がない。

 それに、別に衣装を着るように強要している訳じゃない。

 ただ、本人が絶対に断れないくらいの好条件を提示して、恥ずかしそうに服を着たいと、相手からお願いするように逃げ道を塞いでいるだけだ。

 ……余計にたちが悪いかもしれないが。


「で、どうするんだ?」

「え、それは、その……き、着ないわよ、こんな恥ずかしい服!」

「ホントに良いんだな?」

「え、それは、その……うぅ~~~っ。き、着ない、わよ? …… (いまは)


 堕ちるのは時間の問題のようだ。

 この様子なら、彼女が下乳を出したブラウスと、腰履きのハイレグホットパンツに、上からジャケットを羽織った姿で、真っ赤になりながら死神の鎌を振り回す日は遠くなさそうだ。


 ――既に、彼女に着せたい服のイメージを終えているレンであった。


「ところで、レンおにぃさん」

「うん? どうかしたのか?」

「この服を着た私の感想、まだ言ってもらってないです」

「あぁ、そうだったな。大人しそうなフィリアが、ちょっとエッチな服を着て恥ずかしそうにしている姿が最高だ」

「~~~っ。は、恥ずかしい、けど……その、う、嬉しい、です」


 クリスが「しっかりしなさい、フィリア! そこは喜ぶところじゃないわよ!」とか言ってるが、レンは無視して恥ずかしそうなフィリアを満喫する。


 レンは、ついに念願を叶えた。


 だが、これは夢の第一歩だ。

 背中だけが大きく開いた童貞冒険者を殺すセーターや、シースルーの布をふんだんに使ったゴシックドレス。レンがフィリアに着せたい服は他にもたくさんある。


 魔術学校でフィリアに様々な服を着せ、恥ずかしがるフィリアを鑑賞。その合間に魔術の手ほどきをして、最高の魔術師へと育てていく。

 それはとても楽しそうな未来に思える。


 300年前は阻止されてしまったが、今度こそ自分の野望を為し遂げる。そんな決意を胸に、レンは彼女に似合う、あらたな可愛くもエッチなデザインを思い浮かべた。

 

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