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大神 涙

涙視点から。

 ある日、突然の出来事から始まった。それはまだなにも知らない私の周りで、一歩一歩近づいていた。蝉が五月蝿(うるさ)く鳴き続ける八月中旬。

 私はいつものように朝日を浴びるために窓を開けた。太陽が目一杯に射してきて眩しい。それから、リビングに向かった。リビングでは母が寛いでいた。

「おはよう」

 私は母に挨拶の言葉を掛けた。

「おはよう、今日バイトあるの?」

 母に不意に問い掛けられた。

「いや、今日はないよ。休み」

 私は答えた。そこで会話は途切れた。

 次の瞬間あるニュースが耳に聞こえてきた。


『次のニュースです。昨夜、二十三時頃に都内の廃墟で火事があったとのことです。焼け跡からは一人の身元不明の遺体が発見され、』

 そのニュースを聞いた母がその場から去ってしまった。そんな事も気にせず、私が考え込んでいると、再び母の姿が現れた。何やら手に茶封筒を持っていった。母は私のほうを向き、こう言った。

「そういえば、涙宛てにこんな物が届いていたわよ」

 全く心当たりがない。

 母は就職活動している私が送った結果じゃないかと言っていたけど、そんな覚えは一切なかった。時間が経つにつれて気になった。

 そして、とうとう中身を開けてしまった。そこにあったのは二枚の紙だった。一枚には地図が記載されている。


 それからとはいうものの興味本位で地図を頼りにある場所へと足を向けていた。辿り着いた場所は『ビクターライフ』と書かれた看板があった。そこは事務所らしき建物だった。不気味さを少し醸し出していた。若干の恐怖を感じつつも勇気を振り絞って、中に入ることにした。

 そこで、私は玲央(れお)さんと(すい)さんに会った。二人にあることを聞かされた。過去に起きた事故を紫弦(しづる)という人物が仕掛けたという。それも少なくないって。そんな事を突然聞かされても信じ難いと思いつつも、二人の話す表情が真剣だったせいか、信じつつあった。

 そんな中、紫弦さんという男から電話が掛かってきた。私は何が起ころうとしているのか分からなかった。湊人(みなと)お兄ちゃんが危ない状態であることを聞かされるまでは。


「まさか、湊人お兄ちゃんが、そんな……」

 私は目の前が真っ暗になったのを感じた。


  ***


「よろしくお願いします」

「よろしく」

 私はこの日初めてのアルバイトだった為、緊張しながらもなるべく声を張って挨拶をした。

 仕事を少しした事のある私がなぜ緊張をするのか。それは久々に会う人が居る場所でもあったからかもしれない。

「涙ちゃん!」

 不意に聞き覚えの声が私の耳に届いた。私は声のするほうへと振り向いた。そこには小さい頃からよく面倒を見てくれた人、湊人お兄ちゃんがいた。湊人お兄ちゃんに会うのは本当に久しぶりだった。

 私が中学二年生になると、湊人お兄ちゃんは少し離れた高校に通い始めた。見かける事はあるものの次第に話す事が少なくなっていた。

「涙ちゃん、話すのかなり久々なんじゃないかな? 会ってなかったけど、元気だった?」

 湊人お兄ちゃんは私の姿を確認すると、私に微笑んで言葉を口にする。

「あ、うん。まあまあかな」

「またよろしくね」

 私は言葉を濁らせて、湊人お兄ちゃんの問い掛けに答えた。湊人お兄ちゃんは微笑んでいた。

 不意に視線を感じた。二人の女子に視線を向けられているのに気付いた。なんだか、ちょっぴり嫌な気分になった。もしかして、私と湊人お兄ちゃんの間に誤解が生まれたのかな。

「涙ちゃん?」

 私が黙っていたのを湊人お兄ちゃんは気にかけてくれた。

「あ、鳴海(なるみ)さんよろしくお願いします」

 私は少しの間を置いて、作り笑いをしながら口にした。湊人お兄ちゃんは沈んだ表情をしたけれど、それも一瞬の事で、直ぐに笑みを取り戻した。

 この状況分かっているのかな。


 それからも湊人お兄ちゃんは私が敬語を使っているのも気にせず、普段と変わらずに接している。それでも、なんとか私と湊人お兄ちゃんの関係が誤解されずに済んだ。

 そんな時だった。

 私の視界に映っている湊人お兄ちゃんの姿が痛々しい姿に変わり果てた。

『涙ちゃん、』

 誰かが私を呼んでいる。しかし、湊人お兄ちゃんではない声。聞いた事はあるはずなのに、誰なのか認識出来なかった。不意に視界に映る湊人お兄ちゃんの姿が滲んで歪み始めた。そして、その姿が徐々に薄れていく。最後には消えてしまった。


『涙ちゃん!』

 さっき、聞こえた誰かの声が再び聞こえてきた。さっきよりも大きく聞こえてきたと思えば、突如目の前が暗くなった。

 次の瞬間、目の前に玲央(れお)さんと(すい)さんの姿が映った。二人は私を心配そうに見ていた。なにが起きたんだろう。思い出してみる。

 あ、そっか。私は夢を見ていたんだ。それも、湊人お兄ちゃんと久々の再会の時を。本当の湊人お兄ちゃんは……。

(ウル)ちゃん、大丈夫か?」

 やっと今までなにが起こったのか全てを思い出した時、玲央さんが私の様子を伺いながら声を掛けてきた。

「大丈夫です」

 私はそれだけ言うと、言葉とは矛盾に不快になった。だって、玲央さんが。


「よかった。(うな)されていたようだったから心配したぞ」

 私の言葉に安心をしたのかな。玲央さんの表情が和らいでいた。

「魘されていた?」

 私は玲央さんの言葉に疑問を抱いた。

「きっと、湊人さんの事だろ。なにも出来なくて悪い。本当に、」

 玲央さんは湊人お兄ちゃんの事に対して謝っていたけれど、全然悪くない。それなのに、なぜか言葉が出なかった。

 その直後だった。

 翠さんが玲央さんの頭を叩く音が聞こえた。

「おい、空気を読め。本当にそこのところレオは、」

「何も叩かなくていいだろ。痛えんだよ!」

 翠さんと玲央さんは急に口喧嘩をするように言い争い始めてしまった。その様子に私はじわじわと笑いが込み上がる。喧嘩するほど、仲が良いのかな。

 二人を止めようとはせず、私はそっと『ビクターライフ』を後にして外に出ようとするけど、気づかれず、尚も言い争っている。

「だからそれはいいだろ」

「よくない」

 二人の声がどんどんと遠ざかっていく。そして、私は事務所の扉を開けて、そっと外に出た。扉を閉めると、二人の声は遮断されたように聞こえなくなった。私は扉に体を預ける。ズルズルと扉越しにしゃがむと目から自然と雫が零れた。

『湊人お兄ちゃん、助けられなくて御免ね』

 暫く涙が止まらなかった。

次話更新は11月18日(日)の予定です。

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