飛び交う質問と思わぬ訪問と
涙は戸惑っていた。翠は気まずさを感じた。なぜ、こんな状況になっているのかというと、それは少し前の出来事に戻る。
「そうだ。だから、次に狙われるのは涙ちゃんの身内かもしれない。いきなりで悪いと思っているが、俺たちに自宅と身内が行きそうな場所を教えてくれないか?」
「は、はい」
翠の問い掛けに涙は素直に返事をした。しかし、内心では個人情報を簡単に教えることに躊躇っていた。それなのに、翠は了承を得ると、真っ先にパソコンのメモ帳を開く。メモをするなら紙とペンが思いつくだろうが、パソコンを扱い慣れている翠にとっては打ち込むほうが早いと感じているからだ。
「一応聞くけど、この住所で?」
翠は茶封筒の宛て先に書いてある住所を見ながら、最初の質問をした。
「はい」涙は答える。
「兄妹はいる?」
「いません。ひとりっ子です」
「お父さんの仕事先は水川市内?」
「違います」
翠が遠慮せずに質問攻めをする。仕方なく、涙は答えられる限り答えた。そこまで聞く必要性があるのか、と疑問に感じるだろう。それは涙も感じていた。
「なるほど。お母さんは遠くに出掛ける事はある?」
いったい、どこまで答えればいいのだろうと涙は顔を顰めるが、答える限り答えなければと言葉を探す。
「な、ないです。近場で買い物とか友達に会いに行ったりとか。それぐらいです」
「買い物か。やっぱり、近くにあるスーパーとかにも行ったりするか」
「はい」
突然、翠が黙ってしまった。その様子に涙はなぜかホッとする。やっと、質問が終わったと思った。だが、翠は直ぐに顔を上げた。
「この後、レオが戻ってくるはずだ。涙ちゃんが良ければ自宅に行ってもいいかな?」
「えーと、それは……」
その言葉に涙は躊躇う。
会ったばかりの者に『自宅に行ってもいいか』と聞かれたら、戸惑うのが普通だ。ましてやまだ十代の女の子に聞くのは、寧ろ怪しまれるだろう。しかし、涙は翠を怪しく思っていない。それも変な話だが、大事な事実を知らされている涙にとってはそんなのは気にしていられない。それでも、個人情報でもある質問がある以上、結局のところ戸惑い言葉に迷ってしまうものだ。その時だった。
突如、電話の着信音が鳴り出した。翠の携帯からだった。
「レオ?」
翠は着信元を見ると、不思議そうな表情を浮かべた。なぜなら、玲央は兄の見舞いに行っている。数時間は連絡がこないと思っていたからだ。
「どうした?」
『なにか、分かったか?』
翠が電話に出ると、向こうから玲央の声が聞こえてきた。
「レオ、それよりも怜太さんの見舞いはいいのか?」
『あー、叔母さんが来ちまって、申し訳なくなって戻ることにした』だんだんとレオの声が小さくなっていく。
「そんな事、気にしなくていいだろ。怜太さんはレオに居てほしいんじゃないか?」
翠は励ますように言った。
『兄貴は俺のせいで、ああなったんだ。きっと兄貴は、』レオは言葉を詰まらせる。翠にとっては玲央の弱々しさが十分に伝わってきていた。
「あまり自分を責めるな。あれは御前の所為じゃない。紫弦が仕掛けた事故によってだ。もういい、今からこっちに戻ってくるなら情報を話すから急いで来てくれ」
『分かった』そこで電話は切れ、翠と涙は玲央が戻ってくるのを待つことにした。
数十分後、玲央が事務所に戻ってくると、翠が話し始めた。とりあえず、話だけをしてその日は解散する事にしたのだった。
________
翌日、涙のアルバイト先にて。
「ありがとうございました」
涙はレジを一旦終えた。ちょうど、涙に近付く人物が現れた。
「涙ちゃん、休憩に行ってきていいよ」
声を掛けられた涙は声のするほうへと振り向いた。そこには、一人の男が優しく微笑んでいた。
その男の名は鳴海湊人。涙より二歳年上で、好青年。実は、涙が小さい頃からお世話になっているお兄さん的存在でもある。しかし、涙と湊人だけではない、このアルバイト先で、親しい関係だと誤解されると面倒な事になる事を知っている涙。その為、涙はわざとオンオフを切り替えて、湊人と接している。
一方、湊人は普段と変わらず、普通に話している。それでも、誤解されないギリギリの関係でいられている。今、涙と湊人だけなのにも関わらず、涙は敬語を使って接している。
「湊人さんが先に、」
「はいはい、僕は後でいいから、いいから」
涙が湊人に言葉を返すも、途中で遮られ、背中を押されながら、休憩室前まで連れられてしまった。
「じゃあ、十分間の休憩ゆっくりしてね」
湊人は笑顔でそう言うと、店内へと戻っていった。
「仕方ないか。休憩しよう」
涙は独り言を呟くと、休憩室の扉を開けて、中へと入っていった。
________
それから十分後。
「湊人先輩。休憩終わったので、次休憩に行ってきてください」
涙は店内に戻ると、すぐに湊人に声をかけた。
「うん、分かった。これ、終わったら」
湊人はちょうど品出しをしていたところで、涙のほうを振り向いたが、すぐに作業に戻った。
唐突にそれは起こった。突然、扉の開閉のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
開閉音に涙が即座に反応し、咄嗟に言葉を口に出す。
店に入ってきたと思われるお客に目を向ける涙だが、意外な人物たちだった事に驚いていた。素早い勢いで、身を屈めて隠れた。そのおかげで、店を訪れた人物たちには気付かれなかった。
(なんで、ここに来るの?)
涙は身を屈めたまま心の中で呟いた。涙はそっと、レジのほうへと向かう。未だに品出しをしている湊人はこの事に気付いていない。
客である人物たちは話をしていた。数分も経たないうちにその人物の一人、金髪の男が品物を手にし、レジに向かってきた。
「すみませーん」
金髪の男はレジのところに涙が隠れていることを知らずに、大きな声を出して、店員を呼び出した。
「はーい、今行きます」
大きな声に気付いた湊人が作業していた手を止め、レジに向かう。さっきまで居た涙が居ない事を確認すると、辺りを見渡す湊人。
「え、涙ちゃん!」
湊人がレジに着いた時、不意に屈んでいる涙の姿を見つけ、驚きのあまり声を出した。すると、涙は立ち上がる。その瞬間、レジの前に立っていた金髪の男は目を見開いて驚く。
「やっぱり、ここに居たか。翠の言うとおりだ」
金髪の男はそう言いながら、一人納得していた。涙は店に訪れた男が来た理由をなんとなく知っているはずだが、その場をやり過ごそうと、湊人と同様になにもなかったような表情をした。
「あれ、涙ちゃん。どうしたんだ?」
涙の表情を見て、金髪の男は問い掛けた。相変わらず、名前の読み方が間違っている。
「涙ちゃんに何の用ですか? 帰ってください」
湊人が涙に話し掛ける男を不審に思い、直ぐ様レジを打つ動作に移り、追い返すような言葉を口にした。
「え?」湊人の言葉に涙は驚いた。
「えーと、実は、私の知り合、」
最悪な状況になってしまわないように、本当の事を言おうと、した時だった。
「待てよ、その言い方はねえだろ」
しかし、金髪の男が湊人につっかかるように言った。その所為で、涙の言葉がかき消されてしまった。金髪の男の声を聞いていたのか、それともその様子を見ていたのだろうか。もう一人の男がやって来て、金髪の男の肩を叩く。
「翠、こいつ」
金髪の男はまだ湊人に対して腑に落ちていない様子だ。どうやら、言葉を聞く限りでは二人の男は玲央と翠らしい。
「今はそんな事をしている場合じゃないだろ」
「じゃあ、何の為に来たんだよ。涙ちゃんから、」
「ここは店だ。買い物に来たんだろ。また後で詳しく聞けばいいじゃないか」
翠が玲央を落ち着かせようとする。
「なんだよ」
玲央は落ち着いたが、 ここに来た本来の目的を忘れてはならない。翠は涙に聞こえるようにわざと玲央に言うと、涙に目で合図を送るように視線を向けた。涙は下を向いてしまった。
それから、玲央と翠は店に出ていった。
次話更新が隔週に変更した為10月7日(日)の予定です。
よろしくお願いします。