試みる
*この小説はフィクションです。実在の事故・人物とは一切関係ありません。
玲央はある場所へと急いで向かっていた。頭痛などの症状が起きていても、必死に耐えていた。本当ならば、今頃倒れていただろう。それほどの症状が出ていた。今の玲央の状態は良くない。手術を受けていても、頭痛の症状は改善されていなかったからだ。もしかすると、手術が失敗か再発しているのだろう。
(ったく、なぜこういう時に限って起こるんだよ!)
イライラは募るばかりだ。それでも、向かう。自分が必要だと、自分がいないとダメだと感じて、ただある場所へと向かう。
十数分後、ようやく辿り着いたようだ。その場所は【ビクターライフ】だった。だが、直ぐに中に入ろうとはしなかった。走ってきたせいか息切れしていた。息を整え、ポケットに入っている処方箋の痛み止めの薬を手にした。そして、ドアノブに手を掛けた。玲央は中に入ると、ある人物を目にした。居るはずがない人物。柚葉だった。
「ここでなにしてんだ? アイツはどうした?」
玲央は車椅子に乗ったままの柚葉を睨みつけながら、声を掛けた。
「ニュース見ましたよね? 涙ちゃんは今、現場に行っています」
柚葉は冷静に答える。
「違えよ。アイツだ、アイツ。ほら、お前と一緒にいた奴だよ」
玲央はそう言いながら、水を飲むために水道に向かった。
「蒼お兄ちゃん? 涙ちゃんと一瞬に行きましたけれど……玲央さん?」
柚葉は答えるように言った。しかし、玲央の行動に疑問を抱いた。玲央は薬を飲んでいたからだ。
「そうか。今は仕方ねえか。こういう状況だからな。で、柚葉ちゃんはどうする?」
玲央はそう言って、柚葉に問い掛けた。柚葉は黙っている。
「玲央さん、どうしてここに? 入院しているんじゃ……それに今、薬を飲んでましたよね? 大丈夫ですか?」
柚葉は少し間を置いて、言葉を口にした。
「ニュースを見てきた。それに飲んだのはただの痛み止めだ。飲めば治る。外出許可が出たから大丈夫だ」
玲央は平然と言った。だが、実際は大丈夫ではなかった。外出許可も嘘だ。誰にも言わず、無理してここに来たのだと言えるはずもなかった。
「それで、状況は?」
玲央は気を取り直して、今の状況を確認した。いつの間にか進んでいる時間。病院に居て、状況を把握していなかった。
「あれから、蒼お兄ちゃんたちから連絡がなくて……」
柚葉はただそれだけ言うと、掛け時計に目を向けた。玲央も掛け時計を見やった。
「俺、現場に行ってくる。場所を教えてくれ」
玲央は言う。
「で、でも……」
「俺が居れば、なにか分かるかもしれねえ。お願いだ」
柚葉は迷っていたが、玲央の言葉に折れた。そして、玲央は二人がいる場所へと向かい、柚葉は事務所を任された。玲央に翠が居ないことを知らせずに。
***
翠は考えた。ここからどう出ようかと。しかし、それは難しかった。手足は縛られ、口も塞がれ、ハッキリしない視界になにがどこにあるのかさえ分からない状態だった。
(奴を甘くみていた。予想出来たはずだ。なのに、俺は……。なんとか逃げきれば、)
こんな状態にも関わらず、心はなんとか保てていた。それも、今までの精神力の強さが関わっているといえよう。そんな翠はぼやけている視界に眼鏡を捉えた。眼鏡はさほど遠くに落ちていなかった。しかし、拘束されているせいか、拾うのは難しかった。なんとか、取ることが出来ないだろうかと動こうとするが、上手く進めない。あと僅かのところで椅子ごと横に倒れてしまった。
(痛っ。けど、もう少しだ)
翠は身体を地面に打ち付けてしまうが、眼鏡が先程よりも近くにあることに気付いた。そして、漸く眼鏡を側まで近付かせることに成功した。手の拘束をなんとかしなければと意外にも容易く、自力で解いた。そして、眼鏡を掛ける。翠は視界が随分とハッキリになると、辺りを見渡した。
(ここはどこだ?)
隠れ家とは違うことに戸惑う。薄暗い場所で少しばかりひんやりとしていた。全く、人気がない。さっきまで居た、紫弦も今はいない。だが、油断は出来ないだろう。
翠は残りの縛り付けているモノを解こうともがいた。しかし、上手く解けないようだ。次第に翠の息が荒くなる。
(なんとか、なんとか抜け出さないとヤバいな)
翠は呟きながら、必死になって今の状況から抜け出そうと色々試みた。
その時だった。翠は遠くから足音が近付いてくるのを耳にした。
____
「あ? なんか物音するな。まさか、アイツ」
紫弦は作業をしていた場所を後にし、移動した。
五分もしないうちにある場所に着いた。そこはさっきまで居た場所だった。今は少しばかり明るかった。そこに、先程と同じ椅子に縛り付けられている翠がいた。がしかし、椅子ごと倒れている。なにがあったか紫弦は知らない。
「おい、なにしてる? 次、物音立てれば分かってるよな?」
紫弦は翠を睨みつけながら、威圧的に問いかける。
「なんの、ことだ?」
翠はわざと惚けて笑ってみせた。その笑みが紫弦を怒らせたようだ。紫弦は翠に近づくと、蹴り飛ばした。翠の表情が一変し、顔が歪んだ。
「何回も言わせるな。今度、物音立てれば、アイツと同じように殺ってやるからな。覚えとけ」
紫弦は言葉を残して、その場から立ち去った。翠は無言で紫弦の後ろ姿を睨みつけた。
次話更新は5月17日(日)の予定です。




