立ちはだかる壁に
*この小説はフィクションです。実在の事故・人物とは一切関係ありません。
物静かな一室。ここに人物が二人いた。一人はパイプ椅子に手足を拘束され、口にも喋れないようにされていた。身動き出来ない状態だ。そして、もう一人は余裕ですぐ側で歩き回っている。その人物はパイプ椅子に固定されている人物の方へと歩み寄った。
「最高だな。御前は今ここに居る。アイツは能無しだ。ガキも役立たず。この世界は終わりが近付いている。この意味が分かるか?」
言葉を口にするのは紫弦だ。紫弦はパイプ椅子の周りを回りながら不気味な笑みを浮かべていた。
椅子に固定されている人物は口をモゴモゴとさせていたが、紫弦が近付くと大人しくなった。なにをされるか分からない状況のせいか、恐怖が募っていた。
「そんな顔をするな。アイツら、いや、ガキが来れば、命は見逃してやる。来れればの話だがな」
「うあえうあ!」
紫弦が言うと、パイプ椅子に固定されている人物は叫ぶ。しかし、口を塞がれているせいか、言葉が上手く出せない。紫弦は固定されている人物を睨みつける。
「まだ、根性があるな。今すぐ殺りたいが、話す時間を与えてやる。少しの間だけだ」
紫弦はそう言って、口に縛り付けられているモノを解いた。その瞬間だった。
「ふざけるな! 涙ちゃんは絶対やってくれる。レオもだ!」
今度こそ大きな声で叫んだ人物。その人物は翠だった。
あの後、上手く隠れ家に忍び込んだのは良かったが、素早い動きで紫弦に捕らえられてしまった。そして、容易く手足を縛られ、隠れ家から離れたこの一室へと連れ去られてしまった。予想外の出来事で翠は混乱をしたが、なんとか逃げようと試みた。しかし、抵抗も無意味。拘束から抜け出そうとすると、蹴りを入れられる始末。
いったい、どうすればいいのか、分からなくなっていた。
「眼鏡、分かってねえな。教えてやる。一度、殺り損ねたが、それとは別に巻き込まれたらしい。玲央はこの世にいない」
紫弦は言う。
「なにを、言ってる! レオは、簡単に死ぬような、奴じゃない!」
紫弦の言葉を信じないというように、翠は声を張り上げて対抗する。限界がきているのだろうか、大きな声で叫んでいても途切れ途切れになっている。
一方、紫弦は翠の言葉を聞いても尚、顔色を変えない。寧ろ、嘲笑っているかのようだ。
「どうやら知らないようだな。俺が例の電話をしたら、誰が出たと思う? 玲央ではなく、ガキだ。玲央を出せと言ったら、黙りやがった。犠牲になっちまったんじゃないか。なあ?」
紫弦は問い掛けるように言う。すると、翠は頬を緩ませた。
「本当にそう思うのか? 御前の空想なんじゃないか? レオは生きている。絶対に」
翠は言い切った。それでも、紫弦は余裕の様子だ。嗤いが込み上げ、その様子に翠が表情を変える。まさか、本当に玲央は居なくなったのか、と次第に焦りを見せる。
「馬鹿か、御前は。玲央は居ない。死んだんだ。おりゃ!」
突然、紫弦は翠の髪を掴み、拳骨で翠の顔を殴った。その衝撃で翠の眼鏡が外れて床に落ちた。紫弦は躊躇わず、もう一発、二発と暴力を止めない。抵抗出来ない翠は頬が赤く腫れている。
「ったく、手間取らせやがって。だが、コレで終わりだ。いいか、俺が次来る時はアイツと同じように死が待っている。それを覚えておけ」
紫弦はそう言い残し、その場から立ち去った。その場に残された翠は気力と希望を失いかけていた。そして、死を悟った。あの時の茜音のようになってしまうのか、と。
***
事務所『ビクターライフ』にて。今から三人が事務所を出るところだった。あの時、蒼が調べたモノを見たあと、次に行くべき場所が見つかったのだ。なにを見たのだろうか。それはこの場に居る三人にしか分からない事だ。
蒼はふと柚葉に視線を向けた。
「柚葉、お前はここにいてくれ」
蒼は言った。しかし、柚葉は受け入れなかった。
「私も行く。私も役に立ち、」
「駄目だ。お願いだ。ここに残って帰りを待ってくれ。これが終わったら、俺たちはここで終わりなんだ。もう協力出来ないし、なにが起こるか分からない。今のお前なら介助がなくても大丈夫だろ」
柚葉の言葉を遮って蒼は言う。言葉の通り、なにが起こるか分からないのが、現実だ。命を失ってからでは遅い。不自由な身体になってしまった柚葉は尚更だ。
「それは、蒼お兄ちゃん、涙ちゃんも同じことだよね?」
柚葉は問い掛けるように言った。
「ハッキリ言って、足でまといだ」
険しい顔をして蒼は言い放った。本当はそうは思っていない。こうでも言わないと柚葉はついてくる。そうなれば、身体が不自由な柚葉に負担をかけてしまうのだ。
「そう、分かった。ここで待ってる」
柚葉は折れた。足でまといと言われ、相当ショックだったのだろう。
こうして、柚葉は事務所に残り、涙と蒼は事務所を後にした。
次話更新は5月3日(日)の予定です。




